盲目の整体師は異世界でのんびり過ごしたい〜僕の整合スキル、なぜか性豪って呼ばれています!?ゴッドハンドに群がって勝手にハーレムを作られて困っている〜

🔨大木 げん

第一章 ゼニス王国

第1話 異世界召喚

「あっ! そ……そこはだめ……」

「ここが良いんですか?」

「だめ! だめなの……あ、あ〜!!」


 僕が触れるたびに彼女の全身が心地良さに身悶え、やがてこわばっていた身体が、ふわりとほぐれていくのを両手から感じとる。


 うん、整ったね。


「はい、今日は終わりですよ、美咲みさきさん」


「はぁ、はぁ……あ、ありがとうございました。……あ、あの! たくみ先生……もし良かったら、私の専属になってボディケアをしていただけませんか?」


 時刻は夜の十一時。『徳本整骨・整体院』にて本日最後の個別施術の時間が終了した。


 そんな中、微かに発汗し、甘い匂いを漂わせた、人気女優の白石美咲さんから、思わぬ打診を受けてしまった。


「せっかくのお誘いですが……誰かお一人の専属になってしまうと、他の患者様やお客様の事をて差し上げられなくなってしまうので……お断りさせていただきます」


「そっか〜、だめかぁ」


 美咲さんからため息とともに、落胆の声がもれ出てきた。


「あ、その……美咲さんの事が嫌だというんじゃないんですよ。美咲さんのお知り合いなので、ここだけの話なんですが、俳優の西小路にしこうじ達也さんやグラビアアイドルの桜波さくらなみよりさんからも同じお誘いがあったのですが、お断りさせてもらっています」


「西小路さんはここを教えてもらった大先輩だから良いとして、ヨリヨリのやつ、せっかく私が巧先生を紹介してあげたのに……抜け駆けして巧先生を私より先に引き抜こうとするとは、けしからんやつです! あのおっぱい星人め……」


 小声でブツブツとお友達の文句を言っているが、耳が良いので僕には丸聞こえだ。

 

「あはは、そういうわけですので、今後も当院にてよろしくお願いします。次の予約はいつものようにひと月後で良いですか?」

  

 施術ベッドのカーテンをシャッと開き、隣に控えていた女性マネージャーの氷室ひむろ愛さんにも同時に確認する。

 

「そうですね。その日の同じ時間にスケジュールは空けてありますので問題ありません」


 手帳をめくる音がした後、氷室さんから返事がきた。


「それではいつものように予約を入れておきますね」


「はい。よろしくお願いします」


 お会計を現金で受け取ってレジにしまい、白杖はくじょうを手に取ると、お二人を院の外までお見送りする。


「フラれてしまいましたね」


「ちょっと! 愛さん! そういう言い方しないでよ!」


「施術を受ける度に毎回嬌声をあげているじゃないですか。カーテン越しなのでいったいナニをなさっておられるのかと、マネージャーとしては気が気じゃないんですよ?」


「ひどい! ……愛さんも一度巧先生のゴッドハンドを受けてみたらわかるよ。絶対に声が出ちゃうんだから……」


 二人は歩きながら小声でやりとりをしているが、ここでも僕には丸聞こえだ。うん、僕の施術を受けられた方は、老若男女関係なく、皆さんああいう声が漏れ出ていますよね。僕にとっては日常なので特に気にしてないけどね。


「私はそんな辱めを受けなくとも、肩こりとかなった事がないので必要ありませんので」


「辱められてないって! 全身を気持ち良く整えてもらってるだけだから!」

 

 徳本整骨・整体院の外に出ると、すぐにヒィンヒィンという音とともに車が近付いてきた。すぐそばに停まった車から、ガチャ、バタンと運転席のドアが開けしめされる音がなり運転手さんが美咲さんの為に後部座席のドアを開ける。


「お待たせしました。どうぞ」


 いつもの若い運転手兼、男性マネージャーさんの声が美咲さんをうながしたその時、僕は自分の身体に言いようのない異様な感覚をとらえた。


「きゃあ! なにこれ!?」

「怪奇現象!?」

「地面から光が立ち上がっている!?」


「うえっ! 気持ち悪っ!」


 僕もあまりの不快感に思わず叫んでしまった瞬間、身体が何かに引っ張られる感じがした後、空気の質・・・・が入れ替わった。なんというか、空気が、重力が軽くなったような不思議な感覚だ。




「え!? ここ何処?」

「ついさっきまで道路にいたのに!? 周りを知らない人達に取り囲まれていますよ!?」

「おいおい、これはまさか!?」


「王の御前でありますぞ。静粛にお願いします」 


 有無を言わせない、低く威圧的な声が僕達に浴びせられた。


「これより偉大なるゼニス王国の国王陛下からのお言葉があります」

「よくぞわが召喚に応えてくれた。異界の勇者たちよ」


 王様と紹介された年配の男性の声は、喜んでいるわけでもない、感情の乏しい無機質な声だ。


「今、我らが世界ヴァラリアは歪みヴァルに侵され、世界の存亡の危機となっておる。状況を打開するためにくだされた信託に従い、召喚の儀を行ったところ、そなた達が現れた」


「勇者? 勇者って言ったよな」


 漏れ聞こえた男性マネージャーの長谷川和正はせがわかずまささんの声が弾んでいる。


「――であるからして、そなた達にはさっそく適性を診断した後に、自身の強化を進めてもらいつつ、歪みヴァルを討伐してもらいたい。この説明で十分に理解できたであろうが、何か質問はあるかな?」


 うわっ。わけがわからない説明を、さも当たり前の感じで言われたけど、理解できないことだらけですよ!


「な、なんで私達なんですか!? 早く元のところに返してください……」

「そうですよ! 私に戦う力なんてありませんよ!」


 美咲さんと愛さんから抗議の声が上がる。


 僕はといえば周囲も見えず、戸惑うばかりで声もあげられない。身体の内側が、居心地の悪さでざわつく。


「戦う力を持っていないと心配されているようですが、過去の文献によれば、召喚者は必ず何かしらの上級職を発現しているはずです。さあ、まずは鑑定いたしましょう」


 一番最初に僕達に声をかけた人が、再び有無を言わせぬ声で僕達を誘導した。


「おお! 見たこともない程の強い光が!」

「素晴らしい!」


「発現した職業は『勇者』です! 初期ステータス値も申し分ない!」


「勇者! 俺が勇者! そうか、そうだよな! やっぱり俺は凄いやつだったんだ!」


 長谷川さんが歓喜の声をあげている。


「おお! 先程の勇者殿に匹敵する強い光が!」

「素晴らしい!」


「発現した職業は『聖女』です! ステータス値も素晴らしい!」


「そんな事よりも、日本に返してください……」


 美咲さんのかすれた小さな声が震えている。本当だよ。どうやったら家に戻れるんだろう。これが終わったら聞かなくっちゃ。


「おお! こちらも強い光が!」


「発現した職業は『大魔導士』です! 初期ステータスでこれ程高い知力と精神の値は見たことがありません!」


「素晴らしい! 今回の召喚は大当たりではないか!」


 愛さんは鑑定とやらが終わっても何も言わずにいる。何かを考えているのだろうか。


「さぁ、最後はあなたです」


 順番に押し出されて僕の番となり、嬉しそうな声に促され、ひんやりとした球状の何かを触らされた。


「こ、これは……『整合師せいごうし』……という職業が発現したようです。……初期ステータス値は、知覚と器用は高いですが、他はそれ程でも……」


「整合師? 初めて現れた職業ではないか?」

「いったいどのような職業なのか?」

「他の三人と違い、全く光らなかったな」


 ざわざわする中を、一人ポツンと待たされている。なんだか周囲の気配が嫌な感じに変化している。


「称号欄に『ゴッドハンド』、『神の眼を持つ男』というのも記載されています……」


 整合師ってなんだろうと考えていたけれど、僕はその言葉を聞いてピンときた。


「あのー、僕の仕事は柔道整復師や整体師として活動していました。お客様には好評でして、『ゴッドハンド』『神の眼を持つ男』なんて口コミでもち上げていただいていました。どんな肩こりや腰痛も一発で治せますよ。整合師って、多分そういう事なんだと思います」

  

 自分の仕事に誇りをもっていただけに、自信をもって発言することができた。


「なんと……」

「肩こりに腰痛とは……」


「肩こり……そのようなものは回復魔法で瞬時に治る。ところで、そなたはなぜずっと目を瞑っておる? 我に対して非礼であろう」


 王様の声には、落胆の色が濃く感じられる。


「僕は生まれつき目が見えません。幼少の頃に、瞳の色が気持ち悪いとイジメられた事がありますので、目は閉じたままでいさせてもらいます」


「さようか。……どうやらそなたは、勇者召喚の儀には相応しくないようであるな」

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