第12話

 今日もいつもと同じように授業が終わり、図書室に向かう。

 図書室に来てカバンから教科書や筆記用具を出していると隣に姫木さんが座ってくる。丁寧に「こんばんは、今日もお隣失礼しますね」と小声で言ってきた。それだけでなく、耳元に近づいて「あと、今日は『あれ』もよろしくお願い、します……」と恥ずかしそうに伝えてきた。

 私はこそばゆさとぞくぞくとした感覚を覚えつつも、平静を装って彼女の発言に対してうなずいた。姫木さんは顔を赤らめているが、私に対してお辞儀をして勉強の準備を始めた。


 今日は木曜日、姫木さんと約束した『吸血』をする日だ。

 月曜日のこともあってか、あの行為を冷静に行えるとは思えない。

 もちろん、私がしたことに関しての恥ずかしさもまだ消えていないが、それ以前に姫木さんを意識しすぎている気がする。

 私はあくまで姫木さんに噛まれる――血を吸われることが嫌なことではないと伝えたかっただけで、あそこまでする必要はなかったと後悔している。まだ会話し始めてから一週間ほどしか経っていない相手にすることではない。それでも、彼女との繋がりが消えることが、彼女が苦しみ続けることが嫌だと思って、何かできることはないかと考えた結果があれだ。冷静になって振り返ると自分でも意味が分からない……。しかし、こんなことを考え続けていても何も生まないし、来週のテストにも響いてしまうからしっかり勉強しなければいけない。そう思って頭を切り替えるためにも教科書を開いて勉強を始める。

 勉強は好きとは言えないが、苦手ではない。ただ、それなりにレベルの高い高校に入ってしまったせいで一年の最初の中間テストでもそこそこ範囲が広く、出てくる問題も難しそうだ。


 教科書や参考書の問題を解いていてわからないところが出てきたので、昨日のように姫木さんに教えてもらおうかと考えて隣を見てみる。

 彼女の綺麗な横顔が目に入る。入学当初から思っていたが、姫木さんの容姿はかなりレベルが高い。正直モデルだと言われても疑うことはないレベルで綺麗な人だと思う。

 そんな風に改めて彼女の容姿に見とれていたら姫木さんも視線に気づいたのかこちらを向く。そしたら昨日のように筆談が始まった。姫木さんはこんなにも真面目に勉強に取り組んでいるのに、私というやつはどうして集中できていないんだろうか。姫木さんと関わる前はこんなことなかったのに……。




 下校を促すチャイムが学校中に鳴り響く。

 それを聞いた生徒たちは開いていた教科書や筆記用具をカバンに入れて続々と帰宅していた。

 私たちもみんなと同じように帰る準備を終え、図書室から出る。唯一違うことは、みんなが向かう正門ではなく、屋上につながる階段に向かっていることだろう。

 屋上は基本的に鍵が閉まっているから入れないが、ここまで来ればさすがに人気はなく、『吸血』をするには最適な場所だと言えると思う。

 姫木さんは屋上につながる扉の前に立つとこちらに振り返る。ここは電気もついていないため薄暗く、表情は見えづらいが、少し恥ずかしそうにしている気がする。


「それでは、よろしくお願い、します……」


 姫木さんは「失礼します」と言いながら私の肩に手を添える。これからされることを想像して体が大きく反応してしまった。


「す、すみません! 変なところに触れてしまいましたか……?」


 私の反応があまりにも大きかったからか姫木さんは申し訳なさそうに謝ってくる。

 姫木さんがおかしなところを触ったわけではない。あくまで私が彼女に対して意識しすぎているだけなのが原因だと思う。


「だ、大丈夫、だよ……ちょっとくすぐったかっただけ、だから……」


 姫木さんに心配されないようにできる限り平静を装う。正直彼女が肩に手を置いてこんなに近くにいる時点で心臓がうるさいくらいにドクドクと脈を打っている。この鼓動が彼女に届いていないと良いんだけどな……。

 彼女の唇が、歯が私の首筋に近づいていき、吐息が触れる距離まで来た。ぞくぞくと反応してしまう自分の体をできる限り抑えながらもうすぐ来るであろう痛みに備える。

 姫木さんの唇が首筋に触れ、歯が突き刺さる。ちうちうと血が吸われていく感覚にもそろそろ慣れ始めてきたが、姫木さんから漂う香りやさらさらの髪の方に意識が持っていかれそうだ。

 何となく彼女の髪に手を伸ばしてしまう。見た目通りさらさらとした触り心地だ。ずっと触り続けられそうにも感じてしまう。

 そんなことを考えていたら姫木さんが私の首筋から離れていく。今回は理性を保てていたからか、私のことを考えてか、吸う時間は短めだった気がする。


「あ、あの……もう終わりました、よ?」


 姫木さんが照れたように私に『吸血』の終わりを告げる。どうしてそこまで照れているのだろうか。


「か、髪……気になりますか……?」


 姫木さんの発言にハッとして手を離す。姫木さんが離れてからも私は髪を触り続けていたようだ。


「ご、ごめんなさい、つい……」


 彼女の髪に見惚れていたし、触り心地が良いとは思っていたけど、まさか無意識に触る続けてしまっていたとは思わなかった。

 姫木さんと出会ってから明らかにおかしくなっている気がする。


「それじゃあ、帰りましょうか」


 そう言って姫木さんは階段を下りていく。私の顔は火傷しそうなほど熱くなっていた気がしたが、わからないふりをして姫木さんの後に続く。階段を下りる直前の彼女の顔も、『吸血』をする前以上に赤くなっている気がしたが、これも見ないふりをすることに決めた。このことに目を向けるには、まだ私の心の準備ができていないと思うから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

揺れた水面は止まらない あまがみ @Amagami_kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ