第7話

 吸血鬼という単語がずっと気になっていた。

 そもそも、吸血鬼と言えば西洋の物語とか、フィクションの映画でよく出てくる人の血を吸う悪者のイメージが強い。そんなフィクションの存在である吸血鬼を名乗るなんて正直子供のおふざけかと思う。しかし、目の前の姫木さんはその子供のおふざけのような存在を自称している。

 昨日と今日の姫木さんの態度を見る限り、吸血鬼であるという部分に嘘には見えない。だからこそ直接聞きたい。


「吸血鬼って言うとさ、もっとこう、『日光を浴びちゃダメ!』とか、『十字架がダメ!』とかのイメージが強いけど……姫木さんはそんなこともなく普通の人に見えるんだよね。それ以前に、そういうのって映画とかドラマの中でしか聞いたことないしさ」


 私が話し終えると、姫木さんは少し考えてからハッとした様子で話し始める。


「そ、そうですよね! 普通吸血鬼が現実にいるなんて思わない、ですよね……」


 姫木さんの顔が段々と赤くなっていく。


「い、いや……別に姫木さんが嘘をついていると思っているとかじゃなくて……ただ吸血鬼が本当に現実にいるとか考えたことなくて……」


「い、いえ……私の説明不足が悪いんです……と、とりあえず吸血鬼について説明した方が良いんですね」


 まだ顔が少し赤く、恥ずかしそうにしているが、ひとまず説明してくれるそうだ。


「私の祖母が純血の吸血鬼で、私はいわゆるクォーターなんです。吸血鬼、と言っても物語のように誰彼構わず血を吸うわけではありません。今はそれなりに環境も整っていて、正規の手段で血や代替品などを手に入れることができるので、それを使って生きています。おばあ様は純血ですのでまた違いますが、私やパパ——、ち、父や母は普通の食事もします」


 今姫木さんお父さんのことパパって言ったよね。そしてお父さんって言い直した? そういうところ可愛いな。いや、真面目に話を聞かなきゃ姫木さんに失礼だよ。せっかく恥ずかしさがなくなってきてしっかり話せてるんだから。


「しかし、私にも少なからず吸血鬼の血が流れていますので、週に一度くらいのペースで血を飲みます。飲まないと元気が出ないと言うか……ちょっと体調がわるくなるんです……」


「ふーん……つまり、私の血を飲んだのは体調が悪かったから?」


 言ってから失言だと感じた。姫木さんの表情が見てわかるほど青ざめてる。昨日ちゃんと会話するまで姫木さんは孤高の美少女みたいなイメージだったけど、今ではすぐに想っていることが顔に出る表情豊かな可愛い女の子に思えてきた。


「い、いや! 別に姫木さんを責めてるとかではなく……説明を聞いてどういうわけか何となく想像ついたから確認したかっただけというか……」


「わ、私の体調不良、正確には日光を浴びすぎたのが原因なんです……」


 本当に申し訳なさそうに原因について説明してくれる。日光と言えば、確かに昨日はよく晴れていて、5月にしては暑いと思えるような日だった。


「その……今はメイドの方もいなくて、自分一人でいろいろやらなきゃいけなかったんですけど……あの日は寝坊してしまい、準備や対策もしっかりできていなかったので、あなたに迷惑をかけることになってしまったんです……」


「対策って言うと具体的にどういうことをするの?」


「えっ!? あぁ、えと……そんなに大したことではないのですが、日焼け止めや日傘を使ったり、あとはちゃんと血を飲んだりするとか、ですね」


「日焼け止めって効果あるんだ……」


「いや、そんなに効果があるわけでは……実際はちゃんと吸血鬼に必要な栄養が足りてるかどうかですね……」


 姫木さんのこと、そして吸血鬼のことについてかなり理解できた気がする。しかしよく考えると一番聞いておきたいことを聞いていないことに気が付いた。


「そういえばさ、吸血鬼と言えば血を吸った相手を眷属にするみたいな話もあるけど、私って昨日のあれで姫木さんの眷属になったりするの?」


 吸血鬼と言えば「お前を眷属にする」みたいな話、映画やアニメとかではよくあるよね。


「あっ、いえ……そういうのは迷信みたいなもので、実際にそんなことができる吸血鬼はいないっておばあ様が言っていました」


「そうかぁ、迷信かぁ……」


 姫木さんの眷属になりたかったとかそういうわけではないが、ファンタジーの醍醐味みたいな部分がなくてちょっとがっかり、かも……。


「でも、仮に眷属になるのだとしても、私なんて、嫌……ですよね……」


 姫木さんが自信なく告げる。どうしてかは分からないけど、姫木さんはずっと自分に対して自信がなく、人とのコミュニケーションが苦手なように見える。


「私、別に姫木さんのこと嫌いじゃないよ? 確かに急に血を吸ってきたし、実は吸血鬼でしたなんて言われてびっくりしたけどさ。初めて見た時からきれいな子だって思ってた、し——」


 ん? なんか私結構恥ずかしいこと言ってる気がする。自覚してくると姫木さんから目を背けたくなってきた。姫木さんの方も耳まで赤くして、今にも頭から煙が出そうに見える。


「い、いや……あの、今言ったことは嘘じゃ、ないんだけど、その……もっと軽く捉えてもらってほしい、かな……」


「い、いえ、その……はい……あ、ありがとう、ございます」


 かなり照れてるように見える。やっぱり姫木さんってちゃんと見ると本当に可愛いしきれいだ。顔も整ってるし、髪もさらさらだし。吸血鬼の血が影響してるのかな……。

 そして、そんなきれいな子が昨日私に……。改めて思い返しているとまたまた恥ずかしくなってくる。私そんな子の部屋に二人きりなんだよ!? 


「はぁ、はぁ」


 姫木さんの呼吸が少し荒いように見える。


「姫木さん、もしかして調子悪い? 大丈夫?」


「はぁ。だ、大丈夫、です……」


 姫木さんは大丈夫と言っているが、正直大丈夫には見えない。体調が悪いなら寝かせてあげた方が良いかもしれない。そう思って姫木さんの方へ行こうとしたら——。


「ち、近づかないでください!!」


 姫木さんが大声をあげる。


「今は、だ、ダメです……私、何かおかしくて……み、水瀬さんのこと、襲っちゃうかもしれないです……」


「へ?」


 何を言っているのかよくわからない。姫木さんが、私を襲う? 昨日みたいなことしそうってことかな……。

 姫木さんの発言をいまひとつ理解しきれないでいると——


 ドン!!


 姫木さんの顔が目の前にある。

 背中にはカーペットの柔らかさを感じる。

 表情を見ればわかる。これが襲われる直前の光景なんだってことが。


 そして姫木さんの口が、歯が、私の首筋に近づく。

 私も目を閉じて覚悟を決める。


「ただいま帰りましたよ! お嬢様!! って、あら……」


 突然知らない女性が部屋に入ってきたのと同時に、昨日とは逆側の首筋に痛みが走った。

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