第3話
姫木さんの発言は私の予想をはるかに超えたものだった。
せいぜい個人の趣味か何かだと思っていたあの行為はファンタジーでしか聞いたことのないようなものが理由だったのだ。
予想外の情報に私の頭が追い付かないのを察したのか姫木さんが口を開こうとする。しかし、その前にスマホの音が保健室の中に鳴り響く。
突然の音で私たち二人は飛び跳ねるように驚いてしまった。
音の方向からすると、おそらくベッド脇の私のカバンに入っているスマホが鳴っている。
「ごめん、多分私のスマホだ」
私はそう言って自分のカバンからスマホを取り出す。
予想通り、鳴っていたのは私のスマホで、志穂からの電話だった。
スマホを見てようやく思い出したが、私は志穂たちと駅前のカフェへ行く約束をしていたのだった。
スマホに映る時刻を見るとすでに十九時目前になっており、志穂たちと別れてから二時間近く経っている。
今の状況を説明する面倒臭さと約束を破ってしまった罪悪感で電話に出たくない。しかし明日になって教室で問い詰められるのもまた面倒なため今説明する方が楽だと結論付けて電話をとることにした。
「もしもし凪! やっと電話とってくれた! メッセも見ないから何回か電話かけたのに一回も出ないんだから心配したよ!」
志穂は思った以上に私のことを心配していたらしいのが電話越しでもわかる。
「ご、ごめん志穂……忘れ物取りに行った後……き、急用ができてさ! それで少し忙しくってスマホ見る余裕もなかったんだよ!」
姫木さんに血を吸われて貧血で倒れたとは言えないため、雑ではあるものの電話に出られなかったそれっぽい理由をでっちあげる。
「急用って、何かあったの……?」
志穂から当たり前の疑問が飛んでくる。
適当にでっちあげた理由なのだから何かあったわけではない。しかしここで言いよどんでしまえばさらに疑われるため誤魔化しに徹することにする。
「ほんとに志穂たちには関係ないからさ。今回の埋め合わせはまた今度するから! それじゃ、また明日ね!」
「ちょっ、まだはな——」
志穂が何か言いかけていたが、これ以上の追及をしのげる気がしなかったため強引に話を終わらせて電話を切る。
そしてその様子を見ていた姫木さんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら話し始める。
「わ、私のせいで友達との約束まで破らせてしまって、申し訳ないです……」
「別に良いよ、姫木さんだって悪気があってしたわけじゃ、ないんだよね……?」
先ほどの『吸血鬼の末裔』という発言と教室での反応を踏まえると私を困らせるための行動ではないと思われる。
「それでも……あなたを困らせたのは事実、ですから……」
私が何を言っても姫木さんの表情は晴れない。
このままお互いに気まずさを感じ続けるのも居心地が悪い。
そんなことを考えていると下校を促すチャイムが学校中に鳴り響く。
「とりあえず今日はもう遅いし帰ろっか。さっきの話の続きは、また後日でいいかな……?」
もちろん姫木さんの話は気になるがこのまま学校に居続けることはできないためひとまず帰る提案をする。
「そ、それなら、明日の放課後、今日できなかったちゃんとした説明をしますので……その、わ、私の家に来てくれませんか……?」
これまた意外な提案が姫木さんから飛んでくる。
「姫木さんが大丈夫ならそれでも構わないけど……」
「な、なら、明日ちゃんと説明します。放課後待っていますので」
まさか姫木さんの家へ呼ばれるなんて思いもしなかった。学校では話しづらそうな内容だったため最適解ではあるかもしれないが……。
その後お互いカバンを持って保健室を出て帰路に就く。
お互い気まずさも相まって会話はほとんどなかった。私自身姫木さんにあんなことをされたため気にならない方がおかしいと思う。
会話こそできないが私の頭の中は姫木さんでいっぱいだ。明日教えてくれると言ったし、私もそれで納得したが気になるものは気になる。しかし、何を話せばいいかもわからないため沈黙を続けるしかない。もやもやとした感情がいっぱいのまま駅に着く。
「私はこっち方面だけど姫木さんは?」
ひとまず駅に着いたのだから相手の帰る方向を確認する。
「わ、私は反対方向ですので、これでお別れですね……」
姫木さんはそう言って帰るための電車が待つホームに向かい始める。
もしも同じ方面だったらこの気まずさを抱えたまま帰ることになっていたため少しほっとした。
しかし、このまま別れるのももやもやする。そう思うと自然と口が開く。
「姫木さん!」
既に私から離れ始めていた姫木さんを呼び止める。姫木さんも私の声に反応してこちらへ振り返る。
「水瀬凪、私の名前。あとスマホ出して……念のため連絡先、交換しとこ」
姫木さんは私の唐突な自己紹介を聞いて目を丸くする。
私だってこんな急に自己紹介をされて連絡先の交換を申し出されたら同じ反応をすると思う。それでも、万が一、姫木さんが今日みたいに逃げ出したら嫌だと感じた。だから姫木さんとの繋がりをきちんと作って、それが起きないようにしようと思ったのだ。
私の言ったことを消化しきったのか姫木さんがゆっくり口を開く。
「ちゃんと自己紹介できていませんでしたね。私は姫木真夜衣です。こちらこそよろしくお願いしますね」
姫木さんも私に倣って自己紹介をしてスマホを差し出す。
連絡先の交換が終わる。
「明日、ちゃんと姫木さんの話聞くから」
私は姫木さんとの約束を、繋がりをより強くするために明日のことを言う。
「……わかりました。待っています」
姫木さんはそう言って手を振りながら私とは逆方向の駅のホームへと向かう。
私はそんな姫木さんの後ろ姿を見送る。
今日の私は私らしくなかった。今までなら他人との繋がりを残したいなんて考えもしなかったと思う。
そんな自分と今日を、そして姫木さんのことを軽く振り返りつつ、私も駅のホームへ向かった。
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