徒花

美雲瀬 依

徒花

星峰 灯 ほしみね ともり

川浦 涼 かわうら りょう




灯M「今日も彼はやってくる」


涼M「今日も彼女に会いに行く」


 

灯M「徒花(あだばな)」



 

 

灯「はい、どうぞ。冷める前に」


涼「……ありがとう」


灯「今日はアールグレイにしてみたの」


涼「へぇ、珍しいな。でも美味いんだろ」


灯「どうだろ、好みによるけど」


涼「…はぁ」(飲み物を飲む)


涼「やっぱ、お前といると落ち着くわ」


灯「はは、そりゃどうも」


 

灯「ねえ、奥さんとは最近どう?」


涼「……変わらないよ。相変わらず、会話もないし」


灯「ふーん」


涼「……」


灯「じゃあ、離婚とかは?」


涼「……子どももいるしさ。簡単には……ね」


灯「……」


灯「私さ、別に1番になりたいとか、思ってないから」


涼「……え?」


灯「2番目でいいの。別に、名前もいらないし、約束もいらない」


涼「……それって、ずるくない?」


灯「……ずるいのは、どっちかな」


涼「……」


灯「私ね、1番でいたことがあるの。昔、何もかも期待されて、信じられて、特別にされた。でも……壊れたの。全部」


涼「……」


灯「1番って、誰かの全てになることじゃん? それって、すごく怖いの。重たいの。期待されて、持ち上げられて、そのぶん、落ちたときに、全部見捨てられるから」


涼「……そんなに、辛かったのか」


灯「うん。だからね、私は選ばれなくていい。選ばれないことで、壊れないようにしてる」


灯「でもね……それでも、誰かの心の片隅に残ることがあるなら、それでいいの。2番目って、きっとそういうことだと思うから」


涼「お前って……ほんと、強いよな」


灯「違うよ。強がってるだけ」


 

涼「……そろそろ、帰る」


灯「うん」


涼「また来るな」


灯「……うん、待ってる」


 

灯M「2番目でいいなんて、ほんとは言いたくなかった。

でも、1番を望むのは、もうやめたの。だって……誰にも選ばれないほうが、きっと楽だから」


灯M「……それでも、今夜も私は、あの人の温度を、胸の奥でずっと覚えてる」



 



灯「おかえり」


涼「ただいま。……今日は、家出る前にケンカしてきた」


灯「また?」


涼「もう何が地雷なのかも分からん。言葉の端っこまで気にしなきゃいけないって、疲れるな」


灯「ここでは、何も気にしなくていいよ」


涼「……お前って、不思議な女だよな。何も求めない。責めない。いつも笑ってる」


灯「求めたら、あなたはいなくなるでしょ?」


涼「……それって、ずるいと思う?」


灯「ううん。ずるいのは、私のほうだよ。選ばれない関係のほうが、きっと楽だから」


涼「……選ばれたいとは、思わないの?」


灯「……」


灯「昔はね。でも、1番になったとき、全部壊れたから。

それに、あなたはきっと、誰かを捨てる人じゃない」


涼「……」


灯「だから、私は2番目でいることを選んでる。傷つかないように。期待しないように。それでも、愛してるから。逃げ場所なんかじゃないよ、私は」


涼「……そんなふうに思ってたんだ」


灯「うん。……でも、知らないふりのほうが、お互い楽でしょ?」


涼「灯……俺さ、たまに思うんだよ。

もし、最初からお前に出会ってたらって」


灯「それ、言っちゃう?」


涼「ごめん……」


灯「最初が私だったら、なにか変わってた?」


涼「……どうだろう」


灯「わかんないのに、言わないでよ」


 

灯「ねえ、涼さん。

そうやって、たらればで優しさを見せるのって、1番残酷だよ」


灯M「でも、嫌いじゃなかった。

その残酷さも、やさしい嘘も。

本気じゃない愛を知りながら、それでも私は、ちゃんとあなただけを」


灯「今日はアッサムだよ」


涼「……」





 

灯「おかえりなさい」

 

涼「……この部屋、落ち着くな。静かで、あったかくて」


灯「それって、家が冷たいって意味?」


涼「ま、否定はしない」


灯「そんなに仲悪いの?奥さんと」


涼「まぁ灯が思ってるよりもギスギスしてると思う」


灯「そうなんだ」



涼「お前ってさ、なんで俺に何も求めないの?」


灯「……求めたって、困るでしょ? あなたは家庭がある」


涼「いや、そうじゃなくて。……普通、そういう関係になると、いろいろ言うじゃん。会ってくれないとか、私のことどう思ってるのとか」


灯「うーん、言ったら変わるの?」


涼「……変わらないかもな」



灯「前にも話したじゃん?私さ、1番でいるのが怖いの」


涼「うん」


灯「昔ね、学年でトップになったことがあるの。成績も、習い事も、親に褒められたくて、誰にも負けたくなくて、必死だった。

みんながすごいねって言ってくれるのが、誇らしくて、怖かった」


涼「……なんで、怖い?」


灯「期待されるって、息苦しいんだよ。失敗できないし、間違えられない。1番であることって、優しさよりも監視のほうが強くなる。

それに、落ちたら最後、全部なくなるの」


涼「……誰かに捨てられたの?」


灯「うん。親にも、友達にも。失敗した瞬間、なんだ、あんたも普通だったんだって。

……それ以来、私は1番になるのをやめたの。

誰かに期待されるくらいなら、最初から何も望まれない場所にいたほうが、ずっと楽」


涼「……それで、2番目?」


灯「うん。2番目は選ばれない。でも、その分捨てられてもしょうがないって思える。

どうせ私じゃないって思ってれば、失うときに泣かずに済む」


涼「……」


灯「……ごめん、重かったね」


涼「いや、……ありがとう。言ってくれて」


灯「やっぱり変な話でしょ? 2番目でいいなんて、バカみたい」


涼「……バカじゃないよ。強いと思う。怖さを抱えながら、ちゃんと人を好きになれるのって」


灯「でも、選ばれることはないんだよ、きっと」


涼「……」


灯「あなたも、選ばないでしょ?」


涼「……」


灯「……わかってるよ。だから大丈夫。

私、ちゃんと覚悟してるから」



涼「灯」


灯「うん?」


涼「……ありがとう。いてくれて」


灯「うん。……また、来る?」


涼「……ああ、また来る」






灯「はい、桃のハーブティー」


涼「ありがとう」


涼「……なんか、変わった?」


灯「そう?」


涼「部屋、少し空っぽな感じがする」


灯「断捨離ってやつかな」


涼「ふーん」


涼「あー、やっぱお前が淹れる紅茶、好きだわ」


灯「それ、もう何回目のセリフ?」


涼「ほんとに好きだなって思うよ。ここ来ると、安心する。なんか、全部許される気がするんだよな」


灯「……そっか」



灯「ねえ、涼さん。

今まで私といた時間、どう思ってた?」


涼「どうって?」


灯「居心地のいい場所だった? それとも、ただの逃げ道だった?」


涼「……そんな聞き方するなよ。

お前は、お前だろ。

そういう枠に当てはめるもんじゃないっていうか」


灯「ごまかすの、上手くなったね」


涼「いや、俺は……そんなつもりじゃ……」



灯「ごめんね。今日が最後なんだ」


涼「え?」


灯「引っ越すの。明日」


涼「……なんで、急に?」


灯「急じゃないよ。ずっと、考えてた。

あなたが来なくなった夜も、来て黙って座ってた夜も。

ずっとね、少しずつ、自分の心を箱につめてた」


涼「待てよ、それって……俺には何も……」


灯「言わなかった。言ったらきっと、泣いちゃうから。

あなたが引き止めないって分かってるのに、それでも望んじゃう自分を見せるのが、怖かった」


灯「2番目でいいって、ずっと言ってたけどね。

あれ、本当は違ったんだ。あなたに、選ばれたかった。

誰より、ちゃんと選んでほしかった」


涼(かすれた声で)「……灯……」


灯「でも、もういいの。選ばれなかったことが悲しいんじゃない。選ばれないって、分かってたのに、ずっとそれでも愛し続けた自分が、少しだけ、誇らしい」


涼「……戻ってきたり、しないのか?」


灯「うん。だって、ここにいた2番目の私は、もう終わりだから」


涼「……」


灯「あなたの中で私は、きっと忘れられていく。

でもそれでいいの。私の中では、ちゃんと終われたから」



灯「さようなら、涼さん」


涼「……灯」



 


灯「気づいてくれてたかな、紅茶の意味」



 

 

涼M「連絡がつかなくなって、どれくらい経ったんだろう。たぶん、2週間……いや、もっとかもしれない。


そのうち会えるって思ってた。

また笑って、紅茶を出してくれるって。


でも、お前はもうここにはいないんだな


逃げ場だったはずなのに。

いつの間にか、お前といる時間が、1番本当の自分でいられる場所だった。


優しいふりをして、期待に気づかないふりをして、お前の全部を、俺は受け止めなかった


俺はお前を選ばなかった。

だから、お前は去った。


当たり前のことなのに、こんなに喪失感があるなんて、遅すぎるよな……


お前は、逃げ道なんかじゃなかった。

お前は……俺にとっての、唯一の場所だった」


さようなら、灯。

さようなら、2番目なんて言いながら、誰より強く、俺を愛してくれた人」

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徒花 美雲瀬 依 @mimoseyolu000

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