E11-03 脱出

「エル!その格好、どうしたの!?まさか、何かされたんじゃ……!!そ、それにその肩の呪印!!」


胸元を無残に破られたエルのドレスに、アンが血相を変えて駆け寄る。


フィロもふわふわの尻尾を下げて、心配そうにエルの足元に擦り寄った。


「アン、フィロ、大丈夫だよ。ちょっと汚れちゃったけど、何もされてないし……。肩の呪印も大分薄まってる……。解呪は必要だけど、とりあえず今は平気だよ」


エルが眉を下げると、アンは顔を真っ赤にして怒りを爆発させる。


「ううう〜〜っ!! もし指一本でもエルに触れてやがったら、この城ごと爆破してやるとこだったよ!!くっそぉ、間に合わなかったのが悔しい……ぼくがぶちのめして、挽肉にして、灰にしてやりたかったのに!!」


「アン、落ち着け。アスラドはもう報いを受けてる」


レイヴが静かにアンを制する。


「とにかく、ここから出るぞ。フィリオンとは合流できそうか?」


グラディウスを倒したことで、妨害魔術はすでに解除されている。


『主、いけるよ〜! さっきまで探知できなかったけど、今は平気。フィリオンは上階、北の通路の先!』


「わかった。……これ着ろ」


レイヴは手早く自分の礼服の上着を脱ぎ、エルに羽織らせた。


華奢な肩が大きな上着にすっぽりと収まる。


「前もちゃんと閉じるんだぞ」


「でも……指が震えちゃって……」


うまくボタンをかけられずにいると、レイヴが無言で前を閉じてくれる。


襟の一番上のボタンまできっちりと。


「……ぶかぶかだよ」


「いいから着てろ。……これ以上、他のやつに見せていいもんじゃない」


「…………」


『…………』


「アン、フィロ、何見てる。行くぞ」


「はぁ〜い……ぼくの服じゃエルには小さいし、まあ仕方ないけどさ」


『ねえねえ、上の方から……なんか騒がしいよ〜!』


地下の闇を抜け、エルたちは崩れかけた通路を慎重に進んだ。


瓦礫と血の匂いが濃く漂い、魔物の唸り声や兵士の怒号が遠くから断続的に響いてくる。


エルは、星色の魔力の反動でふらついていた。


レイヴの逞しい腕に支えられ、ゆっくりと歩を進めていく。


やがて、地上へと続く階段が見えてきた――そのとき。


「……右の通路、死角に敵。上階からも接近反応!」


『主〜!止まって〜! 上からの敵は、複数!数は五以下! 急接近中!注意して〜!」


「アン、おまえが殲滅しろ。フィロ、援護してやれ」


「了解」


そう言うなり、アンの姿はかき消える。


数秒後、階段の陰から兵士たちの断末魔が立て続けに響き、床に血が飛び散った。


手に硬質のマナをまとわせ、目にも止まらぬ速さで斬りつけたのだ。


『アン〜、早すぎ! 階段の上には四人だよ!二人は魔術師だよ〜!』


フィロが続けて報告する。


「問題ないね」


アンがひらりと跳ね、階段を駆け上がる。


現れた敵を視認すると同時に魔力の刃が閃く。


「いたぞ!エルシア=ノーラだな!貴様を捕らえるように命が出ている。おとなしく……っ」


みなまで言うことはできなかった。


音もなく接近したアンに喉を掻き切られている。


「ご愁傷様。その命を出した野郎はもう死んでるよ」


地上への階段を登り始めるが、エルはもう足が動かない。


無理をしていた身体が限界を訴えていた。


「地上まで結構距離があるぜ。おい、つかまれ」


「え?……わっ!」


エルの小柄な身体をひょいと抱き上げると、すたすたと階段を登っていく。


「ちょっ、わたし、自分で歩けるよ……!」


「無理すんな。もう少しで外だ。それよりもっとしっかりつかまっとけ」


「…………」


騒いだところできっと降ろしてもらえないだろう。


エルは観念してレイヴの首に腕を回した。


レイヴの腕の中は温かくて、安心感に満ちていた。


階段の先には、微かな光が見えていた。


暗闇を抜け、地上へ――そして再び、空の下へ。



 


階段を上がりきると、そこは城の裏手だった。


石畳はところどころ崩れ、火薬のような焦げた匂いが立ちこめている。


月明かりが、薄闇に沈む戦場を照らし出していた。


アンとフィロが先行し、その後ろを、エルを抱いたレイヴが警戒しながら進む。


『アン〜、前方に敵影、三つ!こっちに気づいたよ!』


「了解。今、片付ける」


アンが地を蹴る。


疾風のように距離を詰めると、兵士たちが声を上げる間もなく討ち取られていく。


光る軌跡だけを残し、倒れる音すら一瞬遅れて届くほどの速さである。


「済んだよ、急ごう」


その手際にレイヴは内心舌を巻いたが、アンは少しも満足していなかった。


「……ぼく、もっと早く着いてたらよかった。そしたらエルが酷い目に遭わずに済んだのに……」


悔しげに眉を寄せながら、手の甲でエルの頬の汚れをそっと拭う。


「もう大丈夫って言ったでしょ?でも、ありがとうね、アン」


エルは情けなそうに微笑んだ。


やがて、城壁が崩れた一角にやってきた。


慎重に城壁の外へ出る。


城外は鬱蒼とした雑木林になっており、道は良くない。


途中に空き地があり、手入れを試みた後なのか、花壇や石のアーチが雑然と置かれていた。


空き地に足を踏み入れた、その瞬間だった。


静かすぎる。


何かがおかしい。




『主!アン!か、囲まれちゃったぁ!』


フィロが警告を発する。


槍と甲冑がぶつかり合う音が、鋭く森の闇を裂いた。


モルテヴィアの騎士たちが、四方からエルたちを取り囲んでいた。

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