E02-03 アドリアンからの手紙と少女の正体

「で、用件は?」


酒場を営むダグラスは、冒険者街でも有数の情報通だ。


ノーラを長く離れていたレイヴにとってはまずは情報が欲しい。


「昨日、妙な女に絡まれた」


「なに?おいおい、情のもつれじゃねえだろうな?」


「そんな下手するか」


茶化したダグラスだったが、レイヴの表情を見て、冗談を引っ込める。


「命知らずな奴もいたもんだな。で、誰なんだだ?」


「それを知りたいのさ。しかも、こっちがやられた」


ダグラスは眼を剝いた。


「嘘だろ!?」


「やられたというか、化かされたというか……。いずれにせよ相当の手練だった」


「どういうことだ?」


レイヴは少し考えてから、慎重に言葉を発した。


「仕掛けてきた割に、こう……なんていうか殺気がなかった。まるでこちらを試してるような……。それで調子が出なくてな。まんまと出し抜かれちまった」


「天下の『レヴィアン』が情けねえなあ……。女と見て油断したんだろうが」


図星である。


レイヴには意外に甘いところがある。  


無言になった旧友に、ダグラスは低く笑いを漏らしたが、それ以上は追求せずに話を戻した。


「で、心当たりは?」


「ない。が、こいつを渡された」


差し出された手紙を受け取ったダグラスは、押されている封蝋を見るなり顔色を変えた。


「こ、これは……ノーラ大公家の紋章じゃねえか!」 


レイヴは頷いた。


「ああ。だからお前のところに来たんだ。大公家は今どうなってんだ?」


「お前なあ、そこからかよ!?アドリアン大公の逝去で、国中が騒然としてるってのに」


「だからそれを訊きにきたんだろうが」


第五代マルセリウス大公の嫡男は、アドリアン=ノーラである。


元冒険者という異色の人物で、冒険者の多いこの国では、歴代の大公の中でも絶大な人気を誇った人物だ。


「お前、アドリアン大公とは冒険に一緒に出てたよな?」


「少しの間だったがな。あいつは……俺の親友だった」


レイヴは遠い目になる。


「剛毅で豪放な野郎だったぜ。まさか大公家の跡取りとは知らなかったから、当時は随分無茶したもんだ」


「あの方はくぎりの公と呼ばれていたからな。ノーラでは男の中の男として絶大な人気を誇っていらしたのに、三月前に突然病死された。……そうか。お前がノーラに戻ったのは大公の墓参りか?」


ダグラスに問われて、レイヴは壁にかかったアドリアンの肖像画を懐かしげに眺めた。


「まあな。殺しても死なないくらい頑丈な奴だつだったからな。酒くらい供えてやろうかと思っただけさ。……ダグ、手紙を開けてみろ」 


「……中を見てもいいのか?」


「いいぜ」


ダグラスは慎重に中の手紙を取り出して広げる。


『我が友レイヴへ

十数年ぶりに筆を取ることとなり、まずはその非礼を詫びたい。

だが、今は時が迫っている。

かつてお前に貸した借り――

この命果てるに際し、返してもらう機会がようやく巡ってきた。

どうか、『自由』を守るのに力を貸してやってほしい。


お前に託す――


アドリアン・ノーラ』


「……これ、どういう意味だ?借りってなんだ?」


レイヴは一瞬、遠くを見るような目になる。


「……確かに、俺は奴に借りがある。この命くれてやっても良いと思えるほどのな」


「なんだと?」


「詳しくは言えないが、あいつは確かに、一度は俺の命を救ったのさ」


レイヴは赤い酒の瓶と空の席を見つめた。


まるでそこにかつての親友の姿を探すように。


「まあ聞かんさ。どうせ喋っちゃくれんだろうしな。で、手紙のほかの部分はどうなんだ?」


「わからん。自由を守るっていってもなぁ。あいつの言う自由は、いったい誰の、何の自由だろうな」


「……この国のことか……?ノーラを守れってことか?」


「さあな。それで、今ノーラを治めてるのは誰だ?アドリアンには、確か奥方がいたよな。息子もいたはずだ。ほかに、娘がいたか?」


特に、銀髪で薔薇色の瞳の――。


「隠遁生活もほどほどにしねえと、世間様に置いていかれるぜ。都には来てなかったのか?」


「……熊の野郎の店以外はな」

 

ダグラスは嘆息した。


「お前、俺の店には来ねえのに、パン屋には通うってどういう了見だ?」


「いいだろ別に」


無類のパン好きの言霊獣の存在については触れず、レイヴは目で先を促す。


「ったく。まあいい……教えてやるが、アドリアン大公の最初の奥方は、とうに亡くなられてる。息子のカシアンさまは宰相だ」


「息子が宰相?じゃあ、大公の座には誰が就いた?」


「後妻のエルシアさまだ」


「……エルシア?」


レイヴの眉がわずかに動いた。


あの少女の名も、『エル』だったはずだ。


「正確には戴冠式はまだだ。だが、大公の継承者として政務をされている」


「……その後妻って、どんな人物なんだ?歳は?」


「ご成婚は昨年。十六だった。今は十七になられてる」


「随分若いな」


またもやあの少女と外見年齢は一致する。


「逝去されたアドリアン大公は四十七。つまり三十も年の差があったが……」


「貴族の娘であれば珍しくもないだろう」


ノーラ公国には大公家のほかにも幾つか有力な貴族の家があったはずで、そのような家の娘であれば年若くして家の意向で嫁ぐのはよくある話だ。


だがダグラスは首を振る。


「エルシアさまは貴族じゃねえよ、平民だ。しかも元冒険者ときてる」


「おいおい、いくらノーラが冒険者の国でも、平民の元冒険者が未亡人として女大公に収まるのは無理がないか?」


「だから揉めてる。今じゃエルシアさまを廃して、カシアンさまを大公にという動きがある。公国大綱では継承権一位は配偶者のエルシアさまであるにもかかわらずな」


「ノーラの民は、平民出身の女大公は気に入らねえってことか?」


「そうさな。一部では、大公の血統っていう自分たちにはない高貴なものがあったほうがやっぱり安心って意見も確かにある」


レイヴは鼻を鳴らした。


血筋など冒険者にとっては腹の足しにもならない。


「待て待て、それで終わりじゃねえ。ほとんどの民の間ではエルシアさまは大人気よ。冒険者ギルドなんかは熱狂的なぐらいさ。だがそれが貴族共の反感をさらに買うのに繋がってる。だがな、お前が言ったようにこの国は冒険者の国だ。アドリアン大公が平民に絶大な人気を誇ったのだって、豪剣が自慢のくぎりの公としての名声があったからだ」


レイヴは静かに頷く。


「ああ、この国は良い。国が冒険者ギルドと連携して発展してるからな。で、未亡人どのの冒険者の等級ランクは?」


「そこまでは知らねえが……それほど高い等級ランクじゃないはずだ。青葉あおばか、赤銅せきどうってとこだと思うぜ」


「…………」


レイヴはそこで少し考え込んでしまった。


冒険者ギルドに所属する冒険者はその腕に腕章を着けて等級ランクを示す。


青葉は駆け出しの冒険者を意味し、赤銅はやっと独り立ちという程度だ。


それではあの少女の実力には遠く及ばない。


やはり人違いかと思った矢先にダグラスが付け加える。


「冒険者時代のエルシアさまを知る者があまりいなくてな。それに民衆の前に姿を見せられたのも、アドリアン大公と結婚された時と、次は葬儀ときやがるからお気の毒だぜ。肖像画も、あの方のは誰も持っちゃいねえ」


レイヴは改めて歴代の大公の肖像画に目を向ける。

第一代から順に、第五代マルセリウス、第六代アドリアンと続き、その隣がぽっかりと空いている。


「どんな外見なんだ?」


「それがなあ……結婚式でも葬儀でもずっとベールを被っていらしてな。顔がよくわからんのよ」


「ははあ……そりゃ、醜女ってことか?」


「レイヴ、何を想像してる?」


「アドリアンの女版」


ダグラスは吹き出した。


元冒険者の女大公という言葉だけを切り取り、屈強な女戦士が花嫁衣装を身に付けた姿が脳裏に浮かぶ。


だが笑いをおさめて言った。


「いいや、我らがアドリアン大公は面食いでもあらしたらしい。噂じゃ大層お美しいとさ」


「なんだよ。顔はわからないんじゃないのか?」


「城の女官に知り合いがいるのさ。その話によると、月も霞んじまうほどの見事な銀髪と、紅玉のような瞳をお持ちだそうだ」


レイヴの指先に力が入る。


「……なるほどな」


ダグラスの表情が曇る。


「エルシアさまには冒険者ギルドの後ろ盾があるが、大公が逝ってから三月、塞ぎ込んでるって噂だ。しかも城内じゃ味方も少ないと聞くから、民はもどかしく思ってる。おいレイヴ、本当にその手紙、襲撃者から渡されたのか?」


「ああ。俺にも訳がわからん。だが、『城に来い』とさ」


「はあ? なんでだよ」


「さあなぁ……。とにかく、行かなきゃならんらしい。礼を言うぜ、ダグ。あの襲撃者の正体も、城の事情も……もしかしたら、見えてくるかもしれないぜ」


レイヴは杯を置くと立ち上がった。

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