E01-03 謎の少女と最強魔術師
月の精霊の化身――そんな形容すら、この少女の前では陳腐に響くかもしれなかった。
陶器のような滑らかな肌は白く、透けるようだ。
月の光を凝縮したかのような銀色の髪は淡く光を放ちながら、腰まで流れ落ちている。
何より印象的なのは、その眼だ。
『宝石のような』という表現がこれほどしっくりくる瞳も珍しい。
紅玉のような薔薇色の双眸が、長く濃い睫毛に縁取られていた。
少女の非現実的な容貌に、一瞬意識を持っていかれそうになるが、レイヴは内心の動きを隠して問いかける。
「おまえは誰だ。ここで何をしている?」
「おまえじゃなくて、エルだよ」
のんびりとした口調で、少女――エルは名乗った。
薄絹でも纏わせれば、まさしく精霊と見紛うだろう。
だが少女が身につけているのは、平凡な
歳の頃は十六、七というところか。
細い腰には護身用と思しき短剣を帯びていた。
森に迷い込んだ村娘かと一瞬思った。
だが、漂う空気が違う。
少女の周囲には濃密なマナの波動が満ちているし、何よりその瞳に宿る魔気が尋常ではない。
それに年頃の娘であれば、男の前で多少なりとも戸惑ったり、はにかんだりするものだ。
しかし、この少女は妙に肝が据わっている。
その儚げな外見と中身のちぐはぐさが、かえって警戒を煽った。
こんな村娘がいるはずがない。
レイヴは無言でフィロに視線を送る。
――『探れ』。
その意図を正確に読み取って、
精緻な魔法陣が、フィロの目の中に浮かぶ。
だが次の瞬間、驚いたように毛を逆立てた。
『だめ、失敗。読めない、この
レイヴの眉がわずかに動く。
フィロの瞳に浮かんだ陣は『
相手の魔力特性や戦闘能力を解析する固有の術だ。
『フィロの力、遮られちゃう!真っ暗。見えない』
「おいおい、本気かよ?」
魔力遮断は高度な技だ。やはり只者ではない。
そこまでを素早く判断し、警戒度を一段階引き上げたレイヴだったが、エルと名乗った少女はいたって気楽な様子である。
「ねぇ、この隠れ家にはいつからいるの?あなたをずっと探してたのに、まさかノーラにいたなんて……。灯台下暗しってこのことだよ。まあ、こんなに厳重に結界で囲んでたら見つけるほうが難しいかぁ。ねぇ、大陸最強の魔術師、レヴィアンさん?」
少女には屈託がない。
それなのに、形の良い唇からは見過ごせない台詞が次々と紡がれていく。
「あ、今は『レイヴ』って名乗ってるんだっけ。さっきは驚いたよぉ。あんな廃墟みたいな家の中に
「…………」
険しくなるレイヴの表情とは裏腹に、少女はどこか楽しげである。
「それにしても、怪しげな裏路地に入って行ったから何かと思ったよ。もしかして、わざわざその子にあげるパンを買いに
『主ぃ……』
フィロが心配そうに主人を見上げた。
「目的は何だ?」
レイヴの声が低くなる。
だが内心では舌を巻いていた。
この少女はレイヴの後を、ノーラの都からここまで
それも、気配すら悟らせずに。
もはや達人の域の追跡術である。
改めて、レイヴは少女をまじまじと見やった。
こちらへの敵意は微塵も感じられない。
その瞳に浮かんでいるのは純粋な興味だけである。
「なんで自分の正体を知ってるんだ!……なんて訊かないんだね。そりゃそうか。『レヴィアン』の名なら、ノーラの赤子ですら知ってるもんね。ううん、大陸中の赤子でも知ってるかも?」
再び、レイヴはフィロに視線を送る。
『……主、駄目。この
フィロはいまだにこの少女の解析ができていない。
それどころか、かなり手こずっているようである。
こんなことは滅多にない。
「『レヴィアン』の過去の功績って、本当にすごいよね。有名どころだけでも『名持ち《ネームド》』の魔物討伐があるし、
エルは言葉を重ねる。
「
「……何が言いたい?」
「凄いなぁ、って言いたいだけ」
エルはいたずらっぽく微笑んだ。
「それにしても……あなたって、いくつなの?歴史に残る偉業をいくつも成し遂げた人が、どう見ても若いっていうのは反則だよ」
レイヴはその質問には答えず、静かに問い返した。
「もう一度訊く。何が狙いだ?俺を追ってここまで来たって、どうやって
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