第4話
「これどこまで行くの?」
「もう少しだから頑張れ!」
彼は私の手を引きながらどんどん進んでいく。
あれから彼は公園の奥にあった山道みたいな所に私を連れて行き、そして躊躇する事なく私をそこに連れ込んだのだ。
どこに向かっているのか不安で私は彼の手を離すことが出来なくなっていた。
そんな私を見て彼は少し笑いながら
「心配するな。いざとなったら、おぶるから」
「おぶる!?」
急な発言に私は驚いてしまった。
この人は何を言っているの!
初対面の名前も知らない男の子におんぶされるとか恥ずかしいどころの話ではない。
「冗談はやめてよ!恥ずかしでしょ!」
「別に冗談じゃないけど。足、靴擦れしてるし無理そうならおぶるから安心しろ」
彼は平然とした様子でそんな事を言う。
確かに靴擦れしてるけど、それとこれとは別である。心配してくれるのはめっちゃ嬉しいんだけど!それでも私は恥ずかしさの方が勝ってしまい、黙ってしまった。そんな私を見て彼は何を勘違いしたのか、おかしな事を言い出す。
「大丈夫。こう見えて割と力はある方だ」
「そんな心配してないんですけど!」
本当にそんな心配などしていない!
さっき話を聞いて貰っていた時はすごく頼りになる感じだったのに、今はなんだか不安の方が大きくなってくる。私、無事に帰れるかな?
「まぁでも本当に無理はするなよ。怪我なんかしたら悲しい事が減るどころか増えるんだからな」
私はまた何も言えなくなってしまった。
どうして良いか分からなくなるから、急にそんな事を言うのやめて欲しい。
チラッと彼を見ると何てこと無いような顔をして、私の手を引きながら歩いている。さすが男の子だなぁなんて思っていると、ふとある事に気付いてしまった。
あれ?私、男の子と手を繋いでる?
男の子と?手を繋いでる?
それまで意識していなかったのに、急に意識したとたんに私の頭の中は慌ただしくなってしまった。
てか私、颯太以外の男の子と手を繋いだの初めてじゃない?
そもそも颯太とも中学生になってからは手なんて繋いだ事なんてなかったじゃない。
てか2人きりじゃん。男の子と2人きりじゃん!
そう考えると急に緊張してドキドキしてきた!
なにこれ?颯太とだってこんなドキドキしたことさないのに?めっちゃ緊張してくる!
てか知らない男の子と2人きりとか危なくない?私、本当に大丈夫なの?
何だか分からなくなって変な事をグルグル考え出してしまった。
「ほら!ついたぞ!」
「はっ、はい!」
おかしな思考になっていた所に急に話しかけられた私はうわずった声で返事をしてしまった。
「どうした?大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから」
私は平静を装って、なんとか取り繕おうとするが、動揺で目があちらこちらを向いてしまう。
「まぁいいか。ほら見てみな」
どうやら目的の場所に着いたみたい。
私は彼に促されてようやくきちんと前を見る事ができた。その瞬間、騒がしくなっていた私の思考は全て吹き飛んで、目の前に広がる景色しか見えなくなって思わず息を呑んだ。
「きれい!」
桜が辺り一面を埋め尽くしている。
少し狭い場所になっているので目に見える景色全てが桜なのだ。
こんなに桜が一箇所に集まっているところなんて見たことない。私は目の前に広がる光景をただ見つめていた。
「すごいだろ?」
「すごい!こんなの初めて見た」
「ちょうど今日が見ごろだったんだ」
「そうなんだ!すごい!」
まさかこんな景色を見れるなんて思ってなかった私は『すごい』しか言えなくなっていた。
それくらい目の前の景色はすごかったのだ。
「今日は休日だからおしゃれをして、街をブラついてたら、偶然この景色を見れた。そんな幸運な日だった」
彼は突然そんな事を言ってくる。
「なにそれ。私、すごいラッキーじゃん!」
「だから今日、おしゃれしたのも悪くなかっただろ?」
私は何も言うことが出来なかった。
彼は本当に何なんだろう。平気な顔してなんてことを言うのだろうか。
私は自分の感情を持て余してしましい、何だか分からなくなって、何か言いたくて、でもやっぱり何も言えなかった。それでもこの感情を伝えたくて、いまだに彼と繋いでいる手に少し力をこめた。すると彼も握り返してくれて、それが何だか嬉しくて、照れくさくて、彼が握り返してくれる事を期待しながら、また握り返すのだった。
「俺、少し写真撮るから自由にしてていいぞ」
しばらく私達は無言で景色を見ていたんだけど、彼はそう言って私から手を離して、カバンからカメラを取り出し写真を撮り始めた。
「あっ」
急に温もりがなくなってしまい寂しくなって、私は思わず彼に手を伸ばしかける。でもそれを彼に知られるのも、そんな事をしそうになった自分もなんだか恥ずかしくて私は自分の手首を握ってその行動も気持ちも誤魔化した。
写真を撮る彼を見ながら、やっぱりカメラを構える姿は大人っぽくてプロのカメラマンみたいだなんて思ってしまう。
彼が写真を撮っている間、私は景色を堪能したり、自分でもスマホで撮影してみたり、時々、彼をチラ見してみたり。そんな事をしながらこの空間を存分に味わった。そうしているとさっき感じた寂しさはすっかり無くなっていた。
「あんまり遅くなるのもあれだし、そろそろ帰るか」
カメラをカバンにしまいながら、彼が声をかけてきた。空を見ると少し暗くっていて、思っていたより夢中になってたみたい。
「そうだね。今日は本当にありがとう!こんな景色見れるなんて思ってなかった」
「気に入ってもらえた様でよかったよ」
「うん!めっちゃ気に入った!」
「1年で見られるのは今だけだからな。
たぶん来週にはもう花が散ってる」
「じゃあ本当に運がよかったんだ」
「言っただろ。幸運な日だって」
「うん!本当に幸運だった」
あんなに沈んでいたのに、それが嘘のようだ。
素敵な景色を見れて本当にいい日になった。
そんなご機嫌な私を見て彼は安心したような顔をしている。ほんと優しい人なんだな。
そんな彼を見ながらふと、本当の幸運は。。。
そこまで考えて私は頭からそれを無理やり押し出した。
それを考える事は、今の私にはまだ早すぎて、何だかいけない事ような気がしてしまう。
あの素敵な場所にさよならした帰り道、少し肌寒むさを感じた事でさっきの温もりを思い出してしまい、すっかり無くなったはずの寂しさが、むくむくと湧き上がってしまった。
手、また繋ぎたいな。素直にそう思った。
でも、それを伝えるのは何だか恥ずかしくて、私はただ彼の手を意識する事しかできないでいた。
「坂道危ないから。靴擦れもしてるしな」
しばらく山道を歩いていると、ふいに彼がそんな事を言い出した。私は何を言いたいのか分からず困惑しながら顔を上げる。そんな私に、彼は少し意地が悪そうな顔で
「おんぶの方がいいか?」
なんて言いながら手を差し出してくれたのだ。
それを見てようやく彼が何を言いたいのか分かった私は恥ずかしさを誤魔化しながら
「からかわないでよ!」
何て言いながらも彼の手を迷わず握った。
彼は笑いながらも私の手を握り返してくれる。
それが嬉しくて、でも何だか悔しい気持ちもあって私は抗議の意味とこの温かさを離したくなくて強く握り返すのだった。
そうして繋いだ手は結局、山道が終わっても離れる事はなく駅に着くまで繋いだままになっていた。
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新作になります。
完結目指して頑張ります。
連載中の他作品になります。
良かったら読んでください。
https://kakuyomu.jp/works/16818792436529928645
ブックマーク、いいね、コメントしてもらえると嬉しいです。
宜しくお願いします!
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