てることみーたん

@yukiponny

第1話

誰かに嫌われたり、誰かを羨んだり、その人生で初めて小さいながら真剣に、素朴に人を好きになったりする頃には、答えを出すことが、それを見つける手段が、身体の構造として組み込まれていないことを知っていた。勝手に変わっていく季節のように眺めるだけで、雲の流れる速度を数える切なさとどこか似ていた。


「起きて。ねえってば」

最近よくみる夢の、忘れることも難しいくらい断片的な細い映像のなかに聞き覚えのある声が行ったり来たり、脳内を反復しながら渦を巻き始めたころ、必死に揺らしながらあたしを起こすみーたんが隙間から見えた。

「なにしてんの」

「なんでもないよ別に、」

「なんでもないなら起こさないで」

「ちがうじゃーーーん」

「…」

「起きてってば!」

「なんなの」

あたしの腕をぎゅっと掴んだままみーたんは長い睫毛を伏せて、握る手から感じられないほどの弱さで瞬きをした。揺れるカーテンが作る影に映し出されたみーたんは幼く感じた。

「振られたか」

「なんでもないことなんだよ」

「ほう」

「なんでもないの」

「へえ」

「…」

小さくなっていくみーたんはまだ何もかも知らない子供のようで、けれどその時にしかない鋭さを持っているようにも見えた。渋々身体を起こすと、太陽が最後の力を振り絞るので眩しくて、意思とは関係なく瞼が落ちていく。陽に透ける目の中はオレンジに染まっている。

床で寝ていたせいで体のあちこちが痛い。

思う存分輝かせた分の光を吸収し、淡く染まっていく夕空は全てのことを浮き立たせてしまうようだ。

金色の海を見させてくれたあの人。反射したあたしの目は何色だっただろうか。


「最近寝すぎじゃない?」

「なんだか眠いのよ」

「寝てるときって死んでるらしいよ」

「そうなの」

「だからてるこは今生き返りました」

「あらそう」

「もうなんでもいいんだけどさ〜どうにかしてよ」

「どうにかってなに」

「てるこならなんとかできそうじゃない」

俯くあたしの肩にみーたんは何度か頭を擦りながら預けてくる。

「あたしをなんだと思ってる?」

「お家」

「おうち」

起きたばかりの頭では言葉が上手く変換されない。

「そうえいば昔、てるこ、誰かに女神だって言われてた」

「ひゃ〜」

昔知り合った男に女神だと言われた。あたしは簡単に誰かの女神になった。あっけなく、とてもとても、簡単に。女神。神。めがみさま。

何もしていないし何をも成し遂げていないのに、1人の男の、ただ1人だけの女神になった。そうえいば彼は唯一のヒーローではなかった。

「そんなこともあったけど」

「てるこはずっと私の女神だよ」

「偉い存在になりたくない」

「煙草一本ちょうだい」

言うよりも少し早く一本取り出すみーたんは、あまりにも自然で、それはもともと誰のものでもないようだった。


みーたんはどうして出会ったのか、なにが作用して話すようになったのか思い出せない。何度思い出そうとしてみても、なんかこんなだったという気がするだけで、面白いくらいにはっきりと出てこない。意外と人間関係とはそんなものなのかもしれない。大事なのは、いまみーたんにとってあたしがおうちであるということ。あたしにとってみーたんは、夢から連れ出してくれている目覚まし時計のような存在だということ。

「今回の敗因は?」

「敗因ねえ」

「…負けたわけではないのね」

「駄目だったに近いね」

「だめ?」

「そう、駄目だった」

「ふーん」

「いい顔だったの、とても。彼の顔はそれだけで十分なものだった。態度が存在が私の体を喜ばせるの。それはきっと性別を超えたものね。でも確認をするやり方はあまりないものだから、結局男女としての方法を取ってしまってね。それは私にとって駄目なことだったの。違うことだった。抱かれたとき、見上げる彼の顔は本当に良かった。素晴らしかった。でもそれだけになってしまった。会話がなくても喜べていた私が、彼を彼として認識できてしまった。遠い街の光に憧れて行ったら、元いた場所と何も変わらなかったときみたい。寝てみて確認できたことはこれだけ。」

悲しいだけではない。みーたんの恋愛はいつも人生を繋ぐものだった。確認をする。人と人の在るべき一定の距離。言葉を聞きたければ会話をし、寝ることなら寝るだけ。いつでもシンプルなのだ。恋愛になると皆、普段からは想像もつかないエネルギーを当たり前に消費していく。知る行為を、知ってもらう行為を臆さない。みーたんは、知ることの怖さを備わった何かで無自覚に飛び越えている。そもそも彼女には怖いという感情があまりないのかもしれない。あたしはいつもそれに泣きそうになる。

「逃げたくなった?」

「私は逃げたりしない。通り過ぎたのよ。」

みーたんは手に持っていた煙草を噛み、目を細めながら、煙になのか、西陽が眩しすぎたのか、眉を寄せながら、細く少し乾いた手で、何度か失敗しながらあたしの咥えている煙草に火をつけた。

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