天涯孤独なエルフ、世界を越えて稲荷の子を託される⁉

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

稲荷の子

「うっ……うぅぅ…………」


 とある日のこと、空は清々しく晴れ渡っているというのにそれとは真逆に森には泣き呻く声がこだましていた。

 森の外れにある大木の根元にエルフの女が1人、泣き崩れて大木に縋るようにしてガックリと項垂れ跪いていた。

 女は両の手で自らの腹をさすりながら自らを責め、空虚となった腹の内を認めたくないとばかりに地に目を落として失った未来を嘆くしかなかったのだ。


「私の……私のせいで……。あぁ、私の……私の可愛い、赤ちゃんが……」


 零れゆく女の涙はポタポタと根元に落ち、大木に悲しみを吸われていく。


『汝よ。悲しみに暮れる汝よ』


 突然聞こえてきた声に女はハッとした。


「ご神木様……。私に、呼び掛けてくださって、いるのですか?」


 泣き続けていたのと驚きと困惑で唇を震わせ、上手く喋れないながらも目の前の大木に問いかけた。


『左様。汝、辛いか? 悲しいか?』


「えぇ……ご神木様。私は寂しく、辛い』


『汝、何があった?』


 その問いは心配からであったが長く生きる大木もひとの感情には疎く、冷たいともとれる実に淡々とした聞きようであった。


『私たちエルフは長寿と引き換えに妊娠しずらい種族です。そんな中で奇跡にも私は身籠ることができたというのに……あの子はこのお腹から生まれる前に消えてしまいました。また、私は一人になってしまったのです」


『一人……か。父は? どうした』


「流れてしまった子供の父親は病に倒れ、この世から既にいなくなってしまっているのです。両親とは唐の昔に生き別れになりましたし……。この腹にいたはずの子供だけが私の家族だったのです」


『寂しい、か?』


「一人は……一人なのは寂しいです。友はいますが殆どが人間です。私と違ってあっという間に年を取り、この世から消えていく――。そんな友なんて儚い、幻や夢のような存在です。この世に確かに居たと私が感じられる、確かな存在と人生を笑い合いたい……」


『ふむ……』


「同種族も少ない私にとって子供は愛する人が私にもいたという証明でもあり、そんな風になりえたかもしれない存在だったのです」


『そうか……。汝にとって子供とは尊いものだったのだな』


「もう一度……。叶うことならばもう一度あの子に帰ってきてほしい」


 その強い思いからボタッと流れ出た大粒の涙は大木の根元より上の方へと吸い上げられ、翡翠色の葉をザワザワと揺らして優しく光らせた。


「――えっ?」


 不可思議なその現象に、女は目を見開いて思わず天を仰いでいた。


『この世に生まれ落ちることもできずに消えてしまった命を戻すことは叶わぬ。どうすることもできぬ。だが、汝のそこまでの悲しみを思うと儂も何かしてやりたいという思いはある』


「そんな――」


 言い終わらぬ内に、木の上の方からは女のもとに人間の赤ん坊ほどの大きさをした実がふわりと落ちてきた。

 女がそれを抱きかかえて受け取ると実は割れ、中からは銀色の毛並みをした狐の赤ん坊が出てきたのであった。


「あの……この子は?」


『汝の人生の友に――。母代わりとなって育ててやってはくれんか』


「狐なんて……人間よりも更にあっという間ですよ?」


『狐に見えるがその子は稲荷じゃ。異界の神の子なのじゃよ』


「か、神様の子供⁉」


『汝の髪色と同じ銀の毛並みを持つその子は、神の子として生まれ落ちはしたが親を亡くしての――。

世界の狭間を越え、汝の涙と強き思いに呼応しておったのよ。くわえて稲荷は豊穣の神ゆえに愛情深い者に惹かれやすい。ほれ――』


 そう言われて女は抱きかかえている腕の中を見ると、稲荷の子供はスリスリと頭を擦りつけて女の体をよじ登ろうとしてきていた。

 顔からはいつの間にか止まっていた涙に代わり、その姿を見た女の頬は緩んで微笑が漏れていた。


『ホッホッホッホッホッ。よー懐いておる。汝は選ばれたようじゃな』


「――選ばれた?」


『その子の母親にじゃ』


「でも――」


『大丈夫。神の子じゃぞ? 心配せずとも、汝よりも長く長く生きる』


「私よりも⁉」


『愛情深き汝のもとへと置いてはくれぬか? これもなにかの縁というものじゃ』


「縁――」


『そう、縁。きっと汝の幸せへの道標ともなってくれるであろう』


 女は黙って少し考えこみ、それから覚悟をしたようにスッと顔を上げてまっすぐと大木に目を向けた。


「私は子供が流れてしまったことが信じられずに長らくふさぎ込み、周りの人たちを心配させてしまってました。ひと月、ふた月と経ってようやく泣けるまでになりましたが……まだ辛いです。友らをこれ以上心配させたくなくて、救いを求めて泣く為にご神木様の所へとやってきましたが、これが答えなのかもしれません。この子を抱いて、ぽっかりと空いた部分に確かに温もりが灯ったのです」


『では――』


「はい。私がこの子の母となって育てたいと思います。この子がそれを望んでいるのなら」


 女は決意を新たに決め、愛おしそうに微笑んで稲荷の子供を撫でたのだった。

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