第47話 蛇の足
チェーン店ではない個人経営の喫茶店は、年季が入っていた。
喫煙可能なブースがあるからか、大学前にしては、人入りはまずまずだ。
大学近辺には他にもチェーン店が多数あるから、みんなそちらにいくのかもしれない。
店に入ると、「お好きな席にどうぞ」と店員から声がかかる。
私は禁煙ブースの奥まった席を選んだ。
お冷を飲みながらメニュー表を見る。
待っている間おなかがすきそうだ。
ケーキセットを注文し、セットドリンクは紅茶を選択する。
私は注文が通ってから、品物が来るまでの間に、トイレの位置を確認しておくことにした。
男女兼用のトイレが一つ。その途上に、どっしりとした本棚が現れる。
自由に読んでもいい漫画本。
待ち時間の間に到底読み切れないくらいの長寿シリーズを中心に、有名作品がいくつか並べられている。
ぱらぱらと読んで、興味を惹かれそうなものを選んで、席に戻った。
ちょうど店員さんが、頼んだものを持ってきた。
「ご注文のケーキセットです」
ことん、ことん。
並べられていく。
私は急に、不安になった。
「あ、あの」
「はい」
店員さんは、動じる様子がない。
「人を、待ってて……あと二時間くらいかかるって言われてるんですけど、ここにいても、いいですか?」
店員さんは私をまじまじと見つめた。
少しだけ、居心地が悪くなる。
私より四十は上の男性店員は、にっこりとした。
「いいですよ。こうやって注文もしてくれているし、待ち合わせですもんね」
私はほっとする。
ダメだと言われたら、出会えなくなるところだった。
相変わらず、私たちは、少なくとも私には、向こうへの連絡手段がない。
「ただ、待ち合わせの相手が来たら、そのタイミングで一人一杯のドリンクでも注文してもらえると助かります。このままここでお店を続けていくために」
私は、はい、と小さくうなずいた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
店員さんは、去っていった。
ケーキをゆっくりと食べ、紅茶をちびちびと飲む。なかなか進まない時間を確認しながら、一思いにケーキを平らげて、棚から持ってきた漫画を読むことにした。
一冊、また一冊。
読んでいくうちに合間に飲む紅茶は冷めて、お冷は空になって。ときおり店員さんが、お冷を入れてくれる。
ケーキの皿は下げられたけど、紅茶のカップは残してくれていた。
たまにお客さんがやってきて、そのたびにどんな人かを確認する。
多くは喫煙席に直行し、至福の表情で一服をしていた。
――私はまとめて持ってきていた漫画を読み終えた。貴重品と漫画だけ持って、棚に漫画を返し、ついでにトイレを済ませる。
鏡の前で髪の毛を少し直し、自席へ戻った。
スマホの時計表示は、約束の100分が経ったことを示していた。
大丈夫、猶予はあと三十分ある。
清水さんは、どんなに早くても100分と言った。
だからまだ、可能性はある。
絶対に、約束した時間中は待つ。
時間に現れなくて、悲しい思いをしたくがないために、自分から逃げ出したりなんてしない。
紅茶のカップは空になっていた。
私はお冷を飲んで、カタンとテーブルに置いた。
コースターがないため、こげ茶のテーブルに直接置くことになる。
水の輪っかができていた。
カラン、と入店を告げる別が揺れる。
すっと入って来た黒髪の男性は、一人で、今まで入って来た人と比べて、若かった。
首を左右に動かして、人を探している。
目が合った。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
そうすすめられた清水さんは言った。
「連れが先に入っているので、そこに」
私の方を指し示し、店員さんが私の方を見る。
私はうなずいて、店員さんが「どうぞ」と案内した。
「――お待たせ」
清水さんは私の正面に座る。
「ホットコーヒーを一つ」
「ホットのカフェオレを一つ、お願いします」
私たちの注文を聞いて、店員さんは去っていった。
店内はわずかに、歌詞のない音楽が流れている。
「――久しぶり、森川さん」
口火を切ったのは清水さんだった。
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