第24話 明日には忘れてしまいそうな話

 カフェで話す。控えめな空調が心地いい。

 私たちは公園でモルックを何回か楽しんだ後、休憩を兼ねて徒歩で行ける距離のお店に入っていた。

 すでにテーブルには、全員分の飲み物がそろっている。

 私たち四人の場に、他者が介在する余地はもうない。

 頼んだミルクティーの減りは早い。沈黙を誤魔化すように、飲み物を飲んでやり過ごしているためだ。隣に座っているひかると、ひかるの正面に座っている霜越さんの飲み物はあまり減っていない。

「進学するにあたってなにを重視したんですか?やっぱり、大学でなにか資格をとったほうがいいですか?」

「俺の地元で頭のいい女の子は、薬学部いったな~、薬剤師になるって。なんか結婚とかしても、資格があったらまた働きやすいってさ。あとは保育士、看護師、理学療法士、作業療法士……俺の地元マジで職ないから、大体は資格職に就くために動くよ。でもまあ地域性はあるんじゃない?このあたりに実家があったら、けっこう大きめの会社に働きに行くのもできるでしょ?」

 自分の中で、大学を飛び越えて就職なんて、まだ先だと思っている。

「けれど、なりたい職業のために大学を選ぶなら、そろそろ考えておかないといけないよね。それこそ薬剤師になるために薬学部に行きたいんだったら、理系選択しないといけないわけだし。文理選択はまだ?」

「はい!私の学校だったら一年の終わりごろには決めて、二年から文系理系に分かれます!」

「なるほどな~。文理選択迷ってるなら、一年の夏休みにオープンキャンパス行くのも全然ありだと思う!このへんだといっぱい大学あるし、今の自分には難しいかなって思うところも目標に設定したら頑張れるきっかけになるし」

「えー本当ですか~?あたし頑張っちゃおうっかなあ」

 ただ、時間は待ってくれない。私の通う学校も、文理選択はひかると同じタイミングのはずだ。

 今の自分が足踏みしているのに、将来のことをもう考えないといけないなんて、荷が重い。

「霜越さんたちは、どうして今の大学を選んだんですか?今後の参考にしたくて!」

 無邪気なひかるの問いに、一瞬、空気がぴりついた。

 けれどすぐに、霜越さんがへらりと笑う。

「俺さー、地元から出たくてぇ」

 そしてごそごそと、財布からカードを取り出す。

 学生証だった。顔写真入りで大学名と学部、生年月日が書かれている。

 髪色は今より大人しいし、アクセサリーもつけていないけれど、写真の顔は学生証の持ち主と一致していた。

「わー、ほんとにかくかくしかじかの人だったんですね!」

「なにげに失礼ねー?で、偏差値高めでー、大学行ったらとれる資格をとってくるなら下宿してもいいよって言われたから、ここに決めたわけ」

「でも文学部ってどんな資格とれるんですか?英語の先生?とか?」

「俺がいるのは文学部の心理学科だから、心に関する資格かなあ」

「心に関する?」

「カウンセラーって、聞いたことない?悩みや問題を抱える人の相談に乗って、心の重しを軽くしたり、解決をサポートしたりする仕事なんだけど、その資格をとるための勉強をしてるんだよね」

「資格がいるんですか?」

「正確には、なくても名乗れるんだけど、仕事にしようと思ったら資格がないとね。だからもし将来的にカウンセラーのお世話になることがあれば、『臨床心理士』か『公認心理士』の資格持ってるかを確認した方がいいよ」

「へえー、覚えておきます!」

 少しだけ心が動いた。

「清水さんも、霜越さんと同じ学科なんですか?」

「うん、そうだよ」

 清水さんが、学生証を見せてくれる。

 デザインが全く同じものだった。生年月日を見ると、私より四歳年上だった。霜越さんと同じ。大学二回生、だと思う。

「僕も公認心理士を目指して勉強してる」

 それはどうして。

 私の疑問をひかるが口にするまえに、清水さんは立ち上がった。

「ごめん、ちょっとお手洗い」

 誰の反応を待つまでもなく、清水さんは席を外す。

「あ、ごめんなさい、私も!」

 私が引き留める間もなく、ひかるも追いかけるように行ってしまった。

 あとには私と霜越さんだけが残される。

 霜越さんの笑みが消えた。


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