第15話 三好の願い
天文3年(1534年) 七月 摂津・越水城
越水城の北門に、塵ひとつない軍列が堂々と入城してくる。
槍の穂先は揃い、馬はよく調教され、陣羽織には阿波と讃岐の風が吹いていた。
――三好康長、三好長逸。
四国からの援軍、総勢八百。全て三好一族の精鋭である。
城の一室、迎えた長慶は穏やかに頷いた。
「ご苦労だった。四国は安定しているか?」
康長が胸を張る。
「はい。実休様と一存様、お二人の奮励に加え、他の一族の協力もあり、阿波・讃岐・淡路いずれも落ち着いております。今ならば、畿内へ全力を注げましょう。」
「……ありがたい。」
静かに言った長慶に対し、隣で肩をいからせる長逸が、抑えきれぬ感情をそのまま口にする。
「して、いよいよ晴元と政長に矢を向ける時が来たのですな?」
「そうだ。」
「して、長慶様。貴方様は“軽く一当てして講和を”と仰っていたようですが……」
長逸が一歩踏み出し、声を強める。
「その“軽く一当て”で、奴らの首を飛ばしてしまっても……よろしいですかな?」
康長も、笑いながら片眉を上げた。
「仇を目前にして、我ら血の気が多くなっておりますれば、誤って手が滑るやもしれませぬ。」
沈黙。
一瞬、場の空気が凍る。
だが長慶は、唇をわずかに歪めて言った。
「……それほどに弱っているのならば、問題はない。
晴元は名だけの主君、政長はかつての宗家を穢した仇。我らが引導を渡すべき存在だ。」
⸻
長慶は、立ち上がる。
背筋は伸び、声にいつも以上の熱が宿っていた。
「八月、出兵する。」
「……!」
「表向きは、本願寺との共闘による“民を守る戦”。
だが、実態は晴元麾下の勢力に我が三好一族の、そして四国の強さを思い出させてやり、隙を見て政長を討つ。」
康長が静かに問う。
「政長を……討つおつもりで?」
「うむ。政長を討てば、かつての三好宗家の威光は畿内に戻る。
義ではなく、実が我らに傾く。
だが、こちらも四国から主力を引き出している。長引けば、地は痩せ、人心は離れる。年内に決着をつける。必ずだ。」
その言葉には、普段の長慶の冷静な論理に加え、
父の仇、宗家再興の宿願――情熱がにじんでいた。
康長は、神妙な面持ちで深く頭を下げた。
「承知つかまつりました。これより三好は、本当に一つになりまする。」
長逸も、嬉々とした顔で「御意」と頭を下げる。
⸻
だが、その様子を少し離れて見ていた松永久秀は――
ただ一人、無言で目を細めていた。
(……珍しく、激情を見せられたな、当主様。)
(果たして、“短期決戦での政長の首取り”は本当に可能か。
あの政長と晴元が、ただで討たれるほど浅はかな者どもか?)
誰よりも冷徹に戦の裏表を読む久秀だけは、
まだ見ぬ「思惑の罠」を警戒していた。
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