第7話 兄弟離れ

1533年  阿波・芝生城 奥御殿


障子の向こうから、風に揺れる竹の音が微かに響いていた。

座敷には、三好兄弟とその母・お春が揃っていた。


正面に座るのは、まだ十二歳ながら凛とした空気をまとい始めた三好長慶──千熊丸。


その左右に控えるのは、年の近い弟たち。


──八歳、眉目秀麗で冷静な実休。

──七歳、やや線が細いが父譲りの目元を持つ冬康。

──六歳、声も態度も大きく勝ち気な一存。


彼らの目の前で、長慶が静かに口を開いた。


「……母上、そして愛しい兄弟の皆。お集まりいただき、ありがとうございます。」


その口調は、もはや少年というよりも若き当主のものだった。


「この1年、京は混乱の中にあります。一向一揆が広範に拡がり、晴元様も手を焼かれており──」


一瞬、長慶は言葉を切って目を伏せた。


「……ついには、我が三好宗家が“仲裁”の役を任じられました。」


「晴元が……兄上に頼るのか?」


口を挟んだのは実休だった。落ち着いた声だが、年齢には不釣り合いな洞察を含んでいた。


「うむ。それほどに畿内は乱れている。そしてこの役目を果たすためには、我らが地盤をさらに固めねばならぬ。──それゆえに、今宵は皆に、そして母に大事な話がございます。」


長慶は、弟たち一人ひとりの目を順に見つめた。


「まず、実休。」


「……はい。」


「お前は阿波に残り、本家の中枢を支えてもらう。私に何かあったときには、お前が宗家を継ぎ、家を繋ぐのだ。」


実休は深くうなずいた。

母・お春も、静かに目を閉じる。


「次に……冬康。」


冬康は背筋を伸ばした。

長慶と視線が合った瞬間、微かに笑みを浮かべた。


「お前は、淡路・洲本の安宅家に養子として入る。水軍を確保するためにも、そなたの働きが欠かせぬ。」


「……はい。」


冬康は答えた。

ただその声は、兄の言葉に期待していたものとは少し違っていたようにも聞こえた。


「一存。」


「うん!」


明るく返事をした末弟に、長慶は微笑を返した。


「お前は、讃岐の十河家に養子に入る。武に秀でたお前なら、あの地の気風にも合うだろう。」


「任せて! 一番に名をあげる!」


一存は胸を張った。

母もまた、小さく笑みを浮かべた。


長慶はそこで、一息ついた。


「これで、我ら兄弟が一堂に会すことは、少なくなるでしょう。

だが、それぞれが三好の柱となり、役目を果たすことが、再び天下を見据えるための道と信じております。」


母・お春は、三人の息子たちにそれぞれ視線を送りながら、言葉をかけた。


「……実休。お前の冷静さは、宗家にとっての灯じゃ。

……一存。そなたの勢いは、家に新しい風を呼ぶであろう。」


言葉をかけられた弟たちは、嬉しそうに、あるいは照れくさそうに頭を下げた。


しかし──そのあと。


母の言葉は、途切れた。


冬康は、静かにその沈黙を聞いた。


長慶は気づいていない。

実休と一存にはかけられた「言葉」が、自分には届かなかったことに──


いや、気づいてはいるのかもしれない。


冬康はそっと手元の畳を撫でた。

指先が、乾いた温度を伝えてくる。


「……母上、ありがとうございました。」


絞り出すようにそう言ったときの声は、幼くも、どこか遠くへ向けたものだった。

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