星空と瓶ラムネ
パ・ラー・アブラハティ
流星群と君
夏の背中は気付いたらすぐにそこにやってきて、太陽は自分の季節が来たと言わんばかりに暑くなっている。アスファルトから昇る陽炎は揺らめいで、額の汗は煌めく。
横に座っていた君は「喉が渇いた! 暑い!」とだけ言い残してどこかへ行ってしまった。
このうだるような暑さだ。突拍子もない行動を始めた君を追いかける元気なんて僕にはなかった。
一人公園のベンチに取り残され、申し訳程度の木漏れ日で暑さを凌ぎながら、朦朧とした頭で空を仰ぐ。少しすると、ヒヤッとした感触が頬に触れた。
僕は君が帰ってきた、とそれだけでわかった。
「……なに」
「さて、問題です。いま頬に当ててるこれはなんでしょう?」
「こんな暑いのに頭を使わせるの? え〜冷たい飲み物」
こんな暑いのに頭を使わせようとしてくるなんて、君は鬼かなにかなのだろう。
僕は朦朧とした脳みそを回転させて、それっぽいことを答える。
「まあ、正解は正解か。はい、これ。暑いから瓶ラムネ買ってきたよ」
「え、神?」
後ろに立っていた君は僕の横に座って、瓶ラムネをプシュッと開ける。ぶくぶくと溢れ出る泡を口に抑えて、美味しいそうに瓶ラムネを飲む。
僕も貰った瓶ラムネを開けて、ゴクッとひとくち飲む。乾ききった喉に炭酸のシュワシュワが染みていく。キラリと中に入っているビー玉は転がって、星のような輝きを放つ。
「このさ、ビー玉いつも取ろうとするけど取れないよね」
「取ろうとしてるの? これを?」
君はビー玉を転がしながら取れないことを嘆く。
「え、取ろうとしないの?」
「瓶ラムネはこれがあるから瓶ラムネなんだよ。取ろうとするわけが無い」
「……変なの」
君は引いた目で僕を見ながらそう言う。
瓶ラムネはこのビー玉があるから美しいのに。瓶の中で転がって、太陽の光を反射して。瓶の中に閉じ込められた小さな小さな星、それがこのビー玉なのに。
「あっ、ねぇねぇ! 今日、流星群って見れるんだって、行こうよ!」
「流星群?」
飲んでいた瓶ラムネを口から離して、君の真っ直ぐで疑いのない真珠のような瞳を見る。
瞳で「行こう」と語っていて、どうせ断っても首根っこを掴まれて連れて行かれる事だろう。
僕は浅く息を吐く。
「はぁ……いいよ。行こう」
「ほんと!? やった! じゃあ、夜の八時にまたここ集合ね!」
ぱあっと嬉しいそうに君は笑って、瓶ラムネを一気に飲み干す。カラカラと中で転がるビー玉も、愉快で嬉しそうな音を奏でる。
僕は水滴が付いた瓶ラムネをゆっくりと飲み干す。
夜が深まった八時。太陽は月に交代して、空には満天の星が輝いている。暑さも昼ほどではなくて、そこそこ過ごしやすい気温になっていた。
辺りを見渡しても君らしい人の姿は見つからなくて、僕はまた一人ベンチに座って待つことにした。
昼とは対照的なほどに静けさが町を覆っていた。僕が息を吸えば、それだけが鮮明に聞こえる程に。
夜だなあ、としみじみしているとピタッと頬に冷たい感触が触れる。僕は「またか」と思い、君に声をかける。
「昼の再現?」
「さあ、どうでしょう?」
「また瓶ラムネ買ってきたの?」
「今回はそれだけじゃないよ」
そう言って、君は手に持った沢山の袋を見せる。
「そんなたくさん何持ってきたの?」
「お菓子、やっぱり流星群にはお菓子でしょ!」
「聞いたことないって、そんなの」
流星群にお菓子なんて聞いたこともない。映画にはポップコーン、みたいな感覚で言われても、君の思考は一般のそれには絶対当てはまらないのは確かだ。
でも、君がどれだけ流星群を楽しみにしているのかは凄くわかる。
「ピクニック気分だね、貸して、持つよ」
「あら、お優しいのね」
「何その喋り方。というか、どこで見るの?」
「裏山、綺麗に見えるんだって」
「こんな夜に山登るの? 危なくない?」
「それが大丈夫なんだなあ! じゃーん、お父さんの書斎から盗んできたライト〜。それに、登ると言ってもすぐに拓けた場所に出るから危なくないよ」
自慢げに君は袋の中から懐中電灯を取り出して、空に掲げる。
僕は知っている。君のお父さんがその懐中電灯をどれだけ大切にしているかを。
しかし、持ってきてしまった以上、もうどうにもならない。言いかけた言葉を飲み込んで、僕も持ってきた共犯者になるしかないのだ。
「うわあー、これで安心」
「でしょ? それじゃあ、出発ー!」
元気のいい掛け声とともに僕らは裏山に向かう。
閑静な住宅街を抜けて、人通りの少ない一本道を通り過ぎた先に裏山への入口はある。入口と言っても、国や市が整備したものではなくて僕らが勝手に見つけて入口と呼んでいる場所。
足を一歩踏み入れるとそこは闇に染った森。
「ねえ、本当に大丈夫? 危なくない?」
「大丈夫だって、さあ、行こう!」
「ええ……無謀というかアホというか……」
君はビビる僕を他所に元気よく懐中電灯をつけて歩く。
君には怖がるという感情が欠如しているのだろうか、ずんずんと何も恐れることなく足を進めていく。
そして、五分ぐらい歩くと拓けた場所に出る。草木が生い茂って、周りには何も無い。ポツンと出来た空間には星だけが輝いていた。
「裏山にこんなところあったんだ……」
「凄いでしょ、私の秘密の場所なんだ。だから、大丈夫だって言ったんだよ」
「もっと早く教えてくれたら良かったのに」
「そうしたら、秘密の場所じゃなくなるよ。ほら、見る準備しよ」
君は袋の中からレジャーシートまで取りだして、地面に敷き始める。僕はそんなものまで用意していたのか、と驚く。
けど、いま考えたら君はずっとそういう人間だったなと振り返り、別に不思議なことはしていないかと謎に納得してしまった。
レジャーシートを敷き終わって、その上に持ってきた瓶ラムネとお菓子を並べて流星群を待つ準備が整う。
僕らは静かに今かと今かとその瞬間を待った。燦然と輝く星は藍色の空を埋め尽くさんほどに散らばっていて、君のビー玉のような瞳も空を見上げている。
そして、その時はやってきた。
空の彼方から降り注ぐ星の往来。ひとつ去っては、またひとつ去って。星は町に降り注ぎ、闇に染った森を照らしていく。
「わぁ……綺麗」
「うん……綺麗」
僕らは呼吸を忘れて流星群を見上げた。命が巡るように、星々も地球を駆け巡っていく。
星の輝きはやがて流れなくなり、僕らはまた呼吸を思い出す。
「綺麗だったね」
「見れてよかった」
「だね。さてと、私は行かなくちゃね」
「まだ居たら?」
「そうしたいけど、もう無理で。んじゃ、またね」
「……また一緒にみれる?」
「見れるよ、きっとね」
生暖かい風が肌を撫でて、開けられていない瓶ラムネが一本、僕の傍にそっと置いてあった。
星空と瓶ラムネ パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482
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