第12話 次の予定の話をしよう
「あ~、美味しかったっ!」
食事を終え、店を後にする。
最後の方は他のお客さんもやってきて、忙しい雰囲気だったけれど、店員さんは「ぜひまた来てください」とわざわざ声を掛け見送ってくれた。
魚介の効いた醤油スープ。
合わなかったらどうしようと思っていたけれど、結果大正解だったな。
「今日は本当に素晴らしい体験をさせてもらったわっ!」
「まさかこんなに喜んでもらえるとは思わなかったよ。いや、本当に……」
「私もずっと尻込みしていたのが馬鹿らしくなるくらいだった。ああ、今も口の中にスープの味が残っているわ。私、これから好きな食べ物を聞かれたときはラーメンって答えることにする」
「大げさな……これまではなんて答えてたんだ?」
「そうね、気分によって変動はあったけれど、基本的には……ラザニアかしら?」
ラザニア……食べたことないなぁ。イタリアの料理だっけ。
なんかお嬢様っぽい料理のチョイスだ。偏見だけど。
「ありがとう、綿貫くん。良かったら、これからも付き合ってくれると嬉しいわ」
「え? てっきりもう真宮さん一人で行くって思ってたけど……もう苦手意識はなくなっただろうし」
「苦手意識は、そうね。ただ、貴方と一緒に食べた方が美味しい気がするから」
「へ……!?」
「それに私達、疑似恋愛の契約中でしょう? 必要だから一緒にいるんじゃなくて、一緒にいること、それだけで価値があるのが恋愛というものでしょう?」
そう得意げに笑う真宮さんに、僕は虚を突かれた気分になった。
確かに彼女が言ったのが正しい恋人のあるべき姿なのかもしれない。
でも、僕は加恋に対して、そうあれただろうか。僕は加恋に喜んでもらおうと努力してきたつもりだったけれど……でも、今回の真宮さんみたいにこれ以上無く喜ばせられたって手応えを覚えた思い出は、すぐにパッと浮かんできてくれなかった。
僕にとって、加恋は物心ついたときからずっと一緒にいる相手で、だから多分新鮮さとかそういうのは全く無くて、それできっと――。
「んぎゅっ!?」
いきなり鼻をつままれた!?
「また何か、つまらないこと考えていたでしょう」
「え……あ、いや……自分の半生を振り返ってて、つい」
「今、このタイミングで?」
「自分でもどうかと思う」
加恋がチラつかないように選んだデートスポットなのに、加恋のことを考えてしまう。あまりに未練がましく、でも、彼女を取ったら僕の人生に何が残るのかという気持ちもあって……。
「……なんて、私も、もしも宗一とこういうところに来ていたらって考えなかったって言えば嘘になる」
「真宮さんも?」
「ええ、どうしたってね……。けれど、きっと今日は、綿貫くんとだったからこんなに美味しかったっとも思っているわ」
飾りっ気の無い、どこか恥ずかしげな笑顔。
それは確かに、加恋のものとは全く違って……比べられるようなものじゃなくて。
疑似恋愛。結局それは似てるかも疑わしいくらいに、偽物だ。
僕は彼女と知り合ったばかりで、彼女も別に僕のことを好きってわけじゃなくて。
でも、だからこそ……一緒にいるこの時間が、軽く、心地良い。
息苦しさなんかなくて、ダメで元々なんて気安さがあって――まるで、休みの日に何の予定も無いからって昼過ぎまでダラダラ寝ててしまうような、そんな幸せな停滞感に似ているかもしれない。
だからだろうか――。
「……そうだな」
今日食べたラーメンが、今まで食べたどんなものよりも優しく、心に染みこんできたのは。
「次のデートが楽しみだ」
「今度は私がプレゼンする番ね。思わぬ反撃を食らって、私のハードルが上げ返された気がするけれど」
「ははは、そんなの気にしなくてもいいよ。ちょっと肩透かしだなーって思っても、それはそれで面白いだろうし」
「ぐ……失敗パターンでシミュレーションするのやめてくれる!? そんな余裕な顔していられるのも今の内よ!」
なんて、怒ったように言いながらも真宮さんの口元は楽しげに緩んでいる。
多分僕もそうなんだろう。
こんなやりとりの中身に、特別な意味なんか無かった。
何の意味も、目的も打算も無く、ただ無駄に軽口を交わし合う。
それだけで、心にできた生傷を――長い時間掛けて積み上げ、そして崩れ去ってしまった想いを、忘れることができた。
もちろんそれは今だけで、一人になったら不意に湧いてきては苦しくなるんだろうけど……でも、今だけでも、今はいい。
いつか、きっと前を進めるようになる。
そんな希望を、真宮さんとだったら叶えられるかもしれないって、そう思えたから。
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