第5話 初めての逃避行

 下駄箱で靴を履き替え、学校の外へ。

 警戒していたとはいえ、なんとか加恋達に出くわすに済んだことにホッとする。


 加恋の靴が残っているかどうかは確認していない。

 どうせ残っていてもいなくても、悪い想像をしてしまって落ち込んだだろうから。


 ただ、そうやって少し気持ちを軽くしたり、現実逃避をしたところで、問題は何一つ解決しない。


 結局僕は弱い人間で、加恋に、そして芝木……くん……いや、もう頭の中でくらい呼び捨てでいいや。

 芝木に会ったとして、何をどう言えばいいのか分かっていない。


 今はとにかく、気持ちを整理する時間が欲しくて……僕は多分、人生で初めて、加恋を避けていた。


「それで、叫んでも問題無い場所って? カラオケとか?」

「そんな不良みたいなことしないわよ」

「…………」


 別にカラオケは不良じゃないと思うけれど……学生の領分を超えないようにと注意書きがつくものの、うちの高校は放課後どこかに立ち寄るのを禁止していないし。


 僕はずんずん前を歩く真宮さんを追いつつ……気がつけば駅に、そして気がつけば電車に揺られていた。


「いや、本当にどこに向かってるのさ……!?」

「大丈夫。晩ご飯までにはちゃんと帰れると思うから。綿貫くんの家がどこにあるか知らないけれど…………もしも嫌だったら引き返す?」

「……行くよ。カラオケを不良って言うほどの真宮さんがどこに連れて行こうとしてるのか普通に気になるし」

「それじゃあ着くまでのお楽しみね」

「了解……」


 僕は溜め息を噛み殺しつつ、頷いた。


 電車に揺られながら、真宮さんは心なしか目を輝かせた感じに車窓の景色を眺めていた。

 今どきの学生ならスマホでも弄りそうな場面だけれど、そんなこと全くする気配が無い。


(ちゃんと見ると、やっぱり滅茶苦茶美人だよなぁ……)


 そんな彼女をぼけーっと眺めつつ、僕は改めてそんなことを思った。


 よくよく思い出せば、友達の何人かが彼女の名前を話題に出していた気がする。


 真宮幸歌。

 高校生らしからぬ大人の色香とか、生粋のお嬢様故の気品とかなんとか。


 僕は加恋がいたし、そういう話題も殆ど聞き流していたんだけど……。


(別にそれほど取っつきにくい感じはしないし、美人だし、芝木はどうして浮気なんて)


 僕はつい、そんなことを考えてしまう。


 そりゃあ加恋だって可愛い。

 幼馴染み、ないしは彼氏贔屓が無くても、普通に可愛いと思う。

 真宮さんとは違うタイプだけれど……いや、そもそも人の容姿なんて比べるものじゃないが。


 ただ、僕が加恋以外の女の子に何も感じなかったからか、真宮さんという婚約者がいながら加恋に手を出した芝木の考えが全く理解できなかった。


 ……まあ、結果としてそうなってしまったのだから、理由なんてもうどうだって関係ないんだけど。


 仮に芝木や加恋にやむにやまれぬ事情があったとして、それを僕らが受け入れられるかどうかは、全く別の話なのだから。


「何? 人の顔じっと見て」

「あ、いや……真宮さんはスマホとか見ないのかなって」


 今考えていたことをそのまま話すわけにはいかない。


 けれど、誤魔化そうとしたらそれはそれで訝しがられる気がして、僕は咄嗟にその前まで思っていたことを口にした。


 真宮さんはそんな僕の質問に、ちょっと馬鹿にした感じに鼻で笑う。


「もしも弁明のメッセージでも来てたら嫌でしょう? 来てないのもムカつくけれど。だから学校を出る前に電源を切ったわ」

「あー……」


 分かる。すごく分かる。

 僕はそこまで明文化できてなかったけれど、聞いた僕自身も無意識にスマホを触らずにいたのは、同じ理由――加恋を避けていたからかもしれない。


「それに、少しワクワクして」

「わくわく?」

「だって私、寄り道するなんて初めてなんだもの。だから新鮮で……まぁ、今日が厄日なのは変わりないけど」

「そう……だね……」

「「…………」」


 気を抜くと二人揃って暗くなってしまう。

 考えたくもないのに、加恋と芝木くんが今何をしているのか……とか、つい考えて嫌な気分になる。


 例えば、僕らのことは忘れて、さっき見た行為より更に先へ進んでいるとかだったら……うっ、吐き気が……。


「あっ、次の駅で降りるから!」

「わ、分かった」


 なんとか完全に深みに落ちる前に目的の駅に着いたらしい。


 助かった……けれど、この調子で本当に大丈夫なんだろうか。


 心電図の線が上下にうねるみたいに、気分が乱高下してしまっている。

 いや、ベースがめちゃくちゃ低いから上がってるというのは気のせいだろうけど。


 数分先の自分がどうなっているかさえも想像できない状況に、僕は改めて不安を覚えずにはいられなかった。

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