第49話 王妃の苦悩
「肌が傷むの。目が見えないの」
夜になると、闇が肌を蝕む。
「ジュリアン、しっかりするのだ」
「闇が視力を奪うの。肌を焼くの」
日が昇っている間は、ジュリアンは目も見えているようだが夜が来ると、目が見えなくなるようだ。
闇が深くなればなるほど、肌が闇色に染まっていく。
闇の色は、日中も出ているが、夜になればなるほど、ジュリアンは苦しむ。
日中、漆黒になっていない場所まで、漆黒に染まっていく。
それは痛みを伴うようで、できるだけ早めに夕食を終わらせて、お風呂も終わらせても、ベッドの上で苦しみ悶える。
ヘルティアーマ王国に戻り、ジュリアンを邸まで送った。
ご両親がいる方が落ち着くだろうと思って、国に戻って直ぐに帰った。
顔や腕、体、足、全てに闇の痕跡が残っていた。
視力が戻っただけでも奇跡だと思った。
体は、炭のようになっていたのが、滑らかになっていたから、このまま落ち着くと思っていた。
ジュリアンのご両親は、穢れた姿になった娘を見て、ずいぶん悲しんだ。
俺は責任を持ち、早い段階で結婚をしたいと申し出た。
落胆していたジュリアンのご両親は、俺の言葉にホッとした表情を浮かべた。
慌ただしい中で、俺はジュリアンをご両親に預けて、王宮に戻った。
先ずは、亡き父の身柄をどうするか考えなければならない。
父上がこの戦争を考え、行わなければ、たくさんの国が滅亡することはなかった。
数え切れない命を奪うこともなかった。
父上は犯罪者だと、言い出す者が多くいた事もあり、父上は戦争犯罪者という汚名を与える事で、たくさんの命の償いをさせることにした。
葬儀は、してはならないだろうと思った。
会議で、いつもマクシモム兄上が座っていた席に座って、俺はやったこともない会議を行っていた。
王太子は兄上だったから、会議など出たこともなかった。
たくさんの視線に晒されて、責任者として、俺は一つずつ決断しなければならなかった。
父上は速やかに埋葬するように指示を出した。
顔も見たこともない第一夫人が、怒りだした。
「王太子は、マクシモムです。それなのに、第二夫人の子、シャルマンが指示を出すなど許せません。マクシモムはどうしたのですか?」
第一夫人は吠えるように喚き散らして、生還した父上と同じくらいの年齢の貴族に宥められた」
「今、ここにいないことが全てではありませんか?戦死したのです」
第一夫人はよたよたと倒れそうになって、侍女に支えられていた。
「王太子の座は、最終的にシャルマン王子に変更されておりました」
第一夫人は崩れ落ちた。
「マクシモム、マクシモム、何故?」
「この戦いで、命を落とした者は、国王陛下とマクシモム王子だけではありません。筆頭貴族もずいぶん亡くなり、ここには若い後継者が集まっておりますが。その若い後継者さえ亡くした貴族も多くいるのです。この戦争で、命を落とした者は、敵国だけではありません。我が国の者も同様に亡くしたのです」
とうとう第一夫人は泣き出してしまった。
侍女が何人か付き添って、やっと落ち着いて話しができると思った時に、ジュリアンの父上が駆け込んできたのです。
「ジュリアンが危険だ」
何が危険なのだ?
最低限生きられる体にしてもらえたではないか?
「シャルマン王子、どうかジュリアンをお助けください」
「父の遺体は、密葬にしてくれ」
俺は、まずしなければならない父の遺体の処理を部下に頼んだ。
それから、ジュリアンの父上と共にジュリアンの元に急いだのだ。
ジュリアンは、ベッドの上でもがき苦しんでいた。
肌は夜空のように漆黒に染まり、瞳もどこを見ているのか分からない状態だった。
滑らかな肌になっていたのに、まるで炭のようにひび割れ、ジュリアン自体が暖炉の中の炭のようになっていた。
「これは、一体どうなっているんだ?」
「シャルマン、助けて、目が見えないの。体が痛むの」
「ああ、分かった」
生きられる体にされただけだったのだ。
俺はテスティス王国の王太子に試されたのだろう。
愛せるのかと聞かれて、愛せると答えた。
俺はジュリアンを愛している。
この闇を祓わなければ、ジュリアンは闇に染まって死んでしまう。
生きながら死んでしまうのならば、最初から殺された方が何倍もマシだ。
俺はジュリアンに生きていて欲しかった。
俺の光魔法で、ジュリアンの闇を祓う。
一晩中、光魔法を当て続けて、日の出の頃にやっとジュリアンは眠りに落ちていった。
ジュリアンの腕に触れると、滑らかな肌に戻っている。
毎日、毎晩、ジュリアンを助けるために光魔法を当て続けなければ、ジュリアンは闇に飲まれてしまうのだ。
疲労で疲れた体を、椅子に預けて、ジュリアンのベッドに体を伏せて、眠りに落ちる。
目を覚ますと、ジュリアンのご両親に呼ばれた。
ヘルティアーマ王国での戦いについて、ご両親に話し、今後もこの様な事が続くと伝えると、ご両親は俺に責任を取ってくれと申し出た。
俺は目覚めたジュリアンを連れて、王宮に戻った。
ジュリアンには、侍女が一人付けられ、荷物は順に運び込む手筈になっている。
その日も会議があり、俺は会議に出た。
決めなくてはならないことは、山ほどあるが、会議は夕方には済ませるようにした。
ジュリアンを連れて、食事をして、お風呂も明るいうちに済ませてもらう。
俺も、素早く風呂に入り着替えると、ジュリアンの部屋に行く。
やはりジュリアンは、暗くなると、ジュリアンの肌が闇に侵されていく。
肌が傷み、目も見えなくなり、美しい肌は炭化したようになる。
治療を受けなかったアルテアの事が気になった。
アルテアも同じように、苦しんでいるのかもしれない。
生きてはいるが、視力を失い、炭化したような肌をしている彼女は、ジュリアンより重傷に違いなかった。
ジュリアンは最低限生きられるようにしてもらった。
これは罰なのだ。
他国を攻めて、大勢の命を奪い、テスティス王国を狙い、隣国のヘンデル王国で、テスティス王国の戦士と戦った。
ない物を強請って、攻め続け、父上は何処までも貪欲だった。
兄上のように、戦争を反対することなく、父上の言いなりになり、転がり込んだ王太子という役目に、ほんの僅かだが、嬉しく思えたのだ。
父上に期待された事はあっただろうか?
父上は、母上を愛していた。
夜は母の元で暮らし、食事も父上としていた。
父上は俺を後継者として見てはいなかった。
それが少し不満だったが、父上はよく『私の息子』と俺の事を呼んでいた。
愛されていたのだ、あの父上に。
俺にできることは、あの父上の尻拭いだけだと思った。
先ずは、婚約者になったジュリアンを助けることだ。
それから、ヘルティアーマ王国を立て直すことだ。
父上のように欲張らずに、ある物を大切に育てていこうと思う。
俺は決断すると、その夜も、ジュリアンに光の魔術を当て続ける。
闇が広がらないように、全力でジュリアンの中にある闇と戦う。
やはり明け方になると闇は、静まり、ジュリアンは眠りに落ちていく。
俺も椅子に座って、ジュリアンのベッドに体を預けて、眠りに落ちていく。
ジュリアンの侍女に起こされて、会議に出掛ける。
「アルテアの元に光の魔術師を派遣してくれ。アルテアの闇を少しでも晴らして欲しいと伝えてくれ。必ず毎日、通うように」
ジュリアンがあれほど苦しむのならば、アルテアはもっと苦しんでいるに違いない。
それでも、一晩中、光の魔術を当て続けてくれとは頼めなかった。
一時でも安らかな時間を過ごして欲しい。
アルテアは、父上同様に、戦争犯罪者の汚名を与えられている。
戦争前は、我が国一番の光の魔術師と呼ばれて、次期王妃と期待されていた身である。
人は、身勝手な生き物だ。
あの戦いの場で、アルテアとジュリアンが攻撃し続けていなければ、帰還した者はもっと少なくなっていたはずだ。
最後の力を出し切って倒れた彼女に対して、あまりにも失礼な言葉だ。
アルテアより魔力の弱い光の魔術師が、派遣されていく。
指名まではできないのが悔しい。
アルテアの妹のミルメルは、ジュリアンの体を治すために、一生懸命に動いてくれたと言うのに、俺ができることは、あまりに少ない。
結婚式も挙げずに、ジュリアンを王宮に招きいれた事で、俺とジュリアンは結婚をした事になっている。
毎夜、ジュリアンに光の魔術を当て続け、明け方眠りに落ちるジュリアンと、もうどれくらい、普通に会話をしていないだろう。
やっと眠りに落ちたジュリアンの手に触れる。
滑らかな肌に戻っていることに安堵をする。
闇が勝つか光が勝つか、毎夜繰り返される戦いである。
ここで、少しでも光が弱まれば、ジュリアンは全身闇に覆われて、肌がひび割れてくる。
アルテアの肌のように、焼かれた炭のようになるのだ。
ひび割れた肌からは血が滴り、涙も血の涙を流す。
まるで呪いだと思った。
子作りなど無理だと思った。
ジュリアンは未だに処女だ。
会議に追われて、今はお茶会やダンスパーティーは行われないが、国が落ち着けば、そういった行事も出てくる。だが、ジュリアンも俺も出席できないだろう。
本当に最低限、ただ生きているだけだ。
俺からの愛情がなくなれば、ジュリアンは死んでしまうのだろうか?
ジュリアンは『夜が怖い』と、侍女に話したという。
俺も夜が来るのが恐ろしい。
体力が衰えてきている。
きっと疲労だと思う。
きちんと寝たのはいつだったであろう。
けれど、ここで光の魔術を弱めたら、ジュリアンは闇に飲まれる。
視力も失われて、きっとアルテアのようになってしまうのだろう。
部屋の明かりは煌々と点けたまま、ジュリアンに光の魔術を当て続けるのだ。
一晩中、魔術を使い続けるのは、俺も苦しい。
愛は苦しいのだろうか?
お世継ぎも望めない国王陛下と王妃は、どこかで交代した方が未来のヘルティアーマ王国の為かもしれないと思うようになった。
それともこのまま俺の死と共に、国も沈んでいくのも悪くはないかもしれない。
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