第42話 ミルメルの目覚め

 寝返りを打つと、アイとフラウがわたしを見ていた。


 わたしはいったいどうしたのでしょうか?


 瞬きをすると、アイとフラウは「おはようございます」と笑顔を向けてきた。


「おはようございます」


 体を起こすと、少し頭がクラクラした。


「なんだか、ずいぶん長い間、寝ていた気分よ?」


「気分は如何ですか?」


 フラウが可愛らしい声で聞いてくる。


「気分は良好よ。寝過ぎて、頭がふらつくくらいね」


 周りを見ると、部屋の中には妖精がとても多くいた。


『ミルメルが起きた』


『元気そうよ』


『わーい』


『わーい』


 カラフルな花を舞あげて、妖精達が喜んでいる。


 まるでお祭り騒ぎのようで、わたしは嬉しくなってくる。


『ミルメル、お食事は?お腹は空いていませんか?』


 今度はアイが聞いてきた。


 アイも愛らしい姿に、声も可愛らしい。


「そうね、お腹は空いているわね」


『ベルを鳴らして、メイドが来るわ』


『ベルを鳴らして』


『ベルよ』


『食事の時間よ』


 フラウの声の後は、妖精達が騒いでいる。


 ベルは、ベッドの横にあるテーブルの上に載っていた。


 手を伸ばして、ベルを鳴らすと、マローとメリアが慌てて、部屋に入ってきた。


「奥様、お目覚めですね?」


 慌てたマローが、わたしの顔色を見ながら、体調などの異常がないか確かめながら聞いてくる。


 でも、聞き慣れない言葉で尋ねられて、わたしは首を傾ける。


「奥様?」


 わたしは考える。


 この前までは、お嬢様と呼ばれていたような気がするけれど。


「アクセレラシオン王太子殿下と婚礼を済ませましたから、正式にミルメル様は王太子妃になられました」


 そうだったわね。


 わたしはアクセレラシオン様と正式に結婚をしたんだわ。


 声がうるさく聞こえて、寝込んでいたんだったわ。


 そうしたら、アクセレラシオン様が声を消してくださって、もう頭は痛くありません。


 でも、何か忘れている。


 何だったかしら?


「思い出したわ」


 わたしは悲鳴や泣き声を聞いていた。


 アクセレラシオン様は、わたしの額に額を合わせて、その正体を探して、わたしの故郷であるヘルティアーマ王国が無差別に攻撃していることを知ったのだった。


 こんな所で、ゆっくりしている暇などないはずなのに。


 役立たずなわたし!


「お食事の支度をお願いしてきます」


 メリアが部屋から出て行った。


「どれくらい寝ていたのかしら?」


「五日目の朝です」


「五日も寝ていたなんて、お風呂に入りたいわ」


「お食事ができる前に、入りますか?」


「はい、直ぐにでも」


「直ぐに準備を致します」


 マローは浴室に入っていった。


「ねえ、どうしてアクセレラシオン様は、わたしが目覚めたのに、来られないのかしら?」


 わたしとアクセレラシオン様は、繋がっているはずだ。


 アクセレラシオン様の気配も分からない。


「ただいま、隣国に国王陛下と共に出掛けています」


「公務なの?」


「はい」


「そっか、会いたいなと思ったのに、残念だわ」


「新婚ですものね。王太子殿下も会いたいと思っていらっしゃいますよ」


『おはよう、ミルメル。やっと目覚めたか?』


「アクセレラシオン様だわ」


『心の中で話せば伝わる』


『はい、アクセレラシオン様。早くお目にかかりたいです』


『もう暫く、時間がかかる。一人で寂しいだろうが、待っていてくれ』


『隣国とは、どちらの国ですの?』


『ヘンデル王国だ。国が攻められ、助けにやって来た』


『まさか、ヘルティアーマ王国ですか?』


『隠しても、心を読まれたら、分かるだろうから話すが、相手国はヘルティアーマ王国だ。


 ヘンデル王国で、ヘルティアーマ王国の戦いを終わりにしたいと考えている。地下神殿に、母上と姉上、王都に住む人々、ヘンデル王国の国王陛下、貴族達を避難させておる。少々、うるさいかもしれんが、我慢してくれ』


『わたしもアクセレラシオン様の元に参ります』


『駄目だ。先ずは食事と風呂だな。ゆっくりしていなさい。また、話しかける』


 ドカンと大きな音がして、アクセレラシオン様の心の声は消えた。


「ミルメル奥様、今は大勢の者が避難をしております。お風呂に入り、食事をしたら、わたし達も避難を致しましう」


「いやよ」


 マローはわたしの拒絶の言葉をさらっと無視した。


「では、先ずはお風呂にどうぞ。お背中を流しましょうね」


「どうしたら、アクセレラシオン様の元に行けるかしら?」


 マローは微笑んで、わたしの体を脱衣所に入れると、ネグリジェを脱がしていく。


 少し汗っぽくて、このままアクセレラシオン様の胸に飛び込むことは失礼になることに気づいた。


 急いでお風呂に入ると、マローがゆっくりわたしの体を洗う。


「もっと急いで、貸して」


 ソープで泡立っているスポンジを奪うようにもらうと、自分でさっさと洗っていく。


 きっと、アクセレラシオン様は、自分で制御をしてわたしに戦争の状態を見せないようにしているはずだ。


 それならば、わたしはアクセレラシオン様の目になろう。


 頭からお湯を流されて、目を閉じたときに、その考えが浮かんだ。


 そのままお風呂から出て行こうとすると、マローが出してくれない。


「湯船に浸かり、100数えてください。外は冷えています」


「寒いの?」


「ええ、もう冬ですからね」


「王太子殿下が、白狐の上着を贈ってくださいました」


「分かったわ。100ね」


 わたしは湯船に浸かり、100数えていく。


 これは時間稼ぎだと分かる。


 アクセレラシオン様は、マローとメリアに、わたしがアクセレラシオン様の元に行かないように、なんとか誤魔化せとか言ったのだと思った。


 けれど、わたしは自分の心のままに動く。


 アクセレラシオン様は、わたしの片割れなのだ。


 体の中の魔力と妖力は、以前とは違う動きをしている。


 理想的な無駄のない動きだと分かる。


 アクセレラシオン様が、わたしの体の魔力と妖力の循環をよくしてくださったから、声に苦しむこともない。


 きっと暴走をすることもない。


 わたしは意識を集中する。


 聞こえていた声が聞こえなくなったのなら、再び聞こえるようにすることも可能なはずだ。


 アクセレラシオン様の視界と聴力を探す。


 闇の中で、火花が散っている場面が脳裏に浮かぶ。


 音よ。


 聞こえて。


 すると、大勢の声が聞こえてくる。


 その音じゃない。


 きっと地下神殿にいる人々の声が聞こえたのだろう。


 その音は遮断した。


 わたしにも制御ができるようになっている。


 眠っていた時間に、わたしの魔力と妖力の循環が良くなり、制御の仕方も教わったのだろう。


 100を数えると、湯船から上がった。


「100数えたわ。出てもいいでしょう?」


「暖まりましたね?」


「ええ、暑いくらいだわ」


「でしたら、着替えましょう」


「はい」


 マローは大きなタオルで体を包み込むと髪を拭って、その後に、体も拭ってくれた。


 下着を身につけると、クロークルームにわたしを連れて行った。


「どのドレスをお召しになりますか?」


「赤いドレスにします」


 わたしにとって、赤いドレスは戦闘服だ。


 血が出て拭っても目立たない。


 幼い頃に学んだことだ。


 未だに夢に見る辛い記憶だけれど、わたしは誰も恨んではいない。


 愛されたかったけれど、今は愛する人がいる。


 信頼できる夫がいる。


 アクセレラシオン様も私を信頼してくれていると思う。


 愛とは無限だ。


 どれほど想っても、想いすぎることはない。


 会いたい。


 キスをしたい。


 抱きしめたい。


 わたしを抱いて、アクセレラシオン様。


『ミルメル、挑発するな』


 わたしは微笑んだ。


 やはり繋がっている。


「奥様、お食事の支度ができております」


「ありがとう」


 部屋のテーブルに、普段より質素な食事が並んでいる。


 避難してきた者達への食事の支度や備蓄の関係なのだろう。


「いただきます」


「奥様、今は備蓄で生活しておりますので、お肉などございません」


「ええ、分かっています。こんな時に、たくさん用意してくださって、感謝しております」


 スープとパンと卵料理だけれど、十分に豪華だ。


 きっと避難している者は、もっと質素な物を食べているのだろう。


 わたしは有り難く、食事を食べた。


 後片付けが終わり、マローが温かな紅茶を淹れてくれた。


 精神を集中させて、アクセレラシオン様の意識を探す。


 ふと思い出した。


 ダークホールは、行きたい場所に行けるのだった。


 いい事を思い出した。


 わたしはマローに微笑んだ。


「いけません、ミルメル様」


 焦ったマローの言葉を聞きながら、『アクセレラシオン様の所へ』と願った。


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