第40話 戦争開始

 道が凄いスピードで走っている。


 土の魔術師の魔術で、道が動かされている。


 念のために、大きなテントは片付けられているが、小さなテントはそのままの状態だ。


 国王陛下が、腕を上から下へ下ろした。


 目の前には、ヘンデル王国の美しい町並みと、立派な宮殿が見える。


 この景色は一瞬で、瓦礫と化すのだ。


 道が止まり、王都へ行く者と宮殿に行く者と別れた。


 わたくしは勿論、宮殿に行きますわ。


 ヘンデル王国の国王陛下を白く輝く風船のように膨らませて、爆発させるつもりなのよ。


 美しい王宮だ。


 白い大理石で作られた、立派な王宮だ。


 その王宮の中を、わたくしを含めた術者が走って行きますのよ。


 光の魔術師は、わたくしを含めて五人ほどいますが、後は風の魔術師と火の魔術師ですわ。


 移動はどうしても走らなくてはなりません。


 テントで、走りやすい靴に履き替えて来ましたの。


 国王陛下もご一緒しております。


 新しく婚約者になったシャルマン王子も護衛に守られて、走っておられます。


 けれど、何かいつもと違うような気がします。


 王宮の中が、とても静かで、誰もいないような気がします。


 それでも、国王陛下が国を明け渡すことは、敗北を認めることになりますから、万が一、我々が攻めることに気づいて避難したとしても、国王陛下は残っているはずです。


「誰もいないな?」


 走っていた風の魔術師が、走るのを止めて歩き出しました。


 国王陛下も既に歩いています。


「逃げたか?」


 皆が笑い出しました。


 我々は強い。


 戦うだけ無駄なのだ。


 他国は魔術が使える者はいない。


 唯一いるのが、テスティス王国だけだ。


 噂では闇の術者しかいないとか?


 闇と光は相性が悪い。


 光と闇は、表裏一体なのだ。


 まだ、この国には、魔術が使える者はいない。


 この国は、何も壊すこともなく、手に入れる事ができるかもしれない。


 国王陛下の部屋に到着したが、やはり国王陛下の姿はない。


「恐れて逃げたか?情けない国王陛下だ」


 我が国王陛下は、腹の底から笑い出した。


「念のために、全ての部屋を確認してくれ」


「はっ」


 皆は散り散りになって、王宮内を探し出した。


 わたくしもゆっくり歩いて、部屋を回る。


「シャルマン!」


 大きな声がして、振り向くと、ジュリアンが駆けてきている。


「ジュリアン、どうした?」


「私も一緒に戦うわ。私はどうしてもシャルマンが好きなの。国王陛下に認められる働きを致します」


 ジュリアンは、国王陛下にお辞儀をしてから、シャルマンに抱きついていった。


「ジュリアン、どうやら、誰もいないようだ」


「まあ、誰も殺す事もなく、戦争は終わったのね?」


「誰もいないか確かめているとこであった」


 いつも無表情のシャルマン王子は、ジュリアンの姿を見た後から、優しい面影をしてずっと笑顔だ。


 抱きついてきたジュリアンを、抱きしめている。


 そんなに好きなのならば、王太子の役目を辞退すればよかったのに。


 マクシモムが姿を消して、シャルマンまで後継を断ったら、国王陛下は、どうするかしら?


 お気に入りの、わたくしを国王陛下にしてもいいのよ。


 ダンスホールの扉を開けた瞬間、大勢の人が立っていた。


「何者だ?」


 国王陛下の側近が声を上げると、


「それは、こちらが知りたいな?おまえ等は何者だ?」


 よく通る男性の声がした。


 その顔をよく見ると、なかなか凜々しいお顔立ちをしている。


 パーティーが開かれていたのか、大勢の人がいた。


 ただ、正装をしているわけではないようだ。


 服装は様々だ。


 貴族のようなきちんと正装した者から、軍服を着た者。民間人のような者までいる。


 男性が殆どだが、その中に女性も混ざっている。


 どんな集まりのパーティーかしら?


 もしかしたら、わたくし達が攻めてくるのを知っていて、ここに集まって、こうして、油断をしている所を、狙い撃ちするつもりだったのかしら?


 手には武器の類いは、あら?ないわね。


 私達の足下に、大きな黒い丸が広がり、人が消えていく。


「黒い丸は危険よ。その丸の中に入っては駄目よ」


 わたくしは叫んだ。


 既に、半分近くの者が姿を消している。


 部屋の中が暗くなる。


 闇の術を知らないわたくし達は、戸惑い、焦り、逃げる。


 大きな猫のような物が、齧りついている。


 闇の手が伸びて、体をへし折る。


 見たこともない魔法が、繰り広げられて、国王陛下の側近は、国王陛下に光のバリアを張った。


 わたくしはホワイトゾーンを出して、そこから光を放った。


 ジュリアンもわたくしの真似をして、わたくしの作ったホワイトゾーンに光の魔術を送り込み、暗闇を明るくするように力を注いだ。


 ジュリアンの魔術もかなり強い。


 闇の術者は、ホワイトゾーンの中に、漆黒の闇を注いでいく。


 光が遮られる。


 ジュリアンの顔が、闇に染まっていく。


 その両手は漆黒に染まっている。


 その姿を見て、わたくしは自分の両手を見た。


 わたくしの両手も漆黒に染まっていた。


 美しいわたくしが、闇に飲まれていくなんて、考えた事もなかった。


 このままでは、わたし達は闇に飲まれてしまう。


 側近に守られていたシャルマンは、側近を押しのけて、前に出てきた。


 シャルマンもホワイトゾーンの中に光の魔術を放つ。


「シャルマン王太子、駄目です。危険です」


「危険だからと、見ているだけでは、ジュリアンを守れない」


 シャルマンはジュリアンを守るために、魔術を放っているようだ。



 闇は深くなり、部屋の中は、益々暗くなり、隣にいた風の術者が、手当たり次第に、風魔法を繰り返す。


 火の魔術師も同様に、魔術を繰り出すけれど、属性が合わないのか、風魔法も火魔法も我々の方に攻撃が当たる。


 このままでは、自国の術者に殺されてしまう。


「風の魔術師、火の魔術師、攻撃を中止しろ」


 暴風で飛ばされ、火に炙られた我々の術者は、少なく見積もっても、更に半分ほどだ。


 そこに、闇の魔法が飛んでくる。


 猫のような大きな生き物は、なんなのだ?


 猛獣のように、腕を噛み、体を貪る。


「助けてくれ」という断末魔が、そこら中で聞こえる。


 このままでは、全滅をしてもおかしくはない。


「国王陛下、どうなさいましたか?」


「これは、血か?」


「攻撃が当たったのか?」


 振り向くと、ホワイトゾーンの灯りで、よく見えないが、国王陛下が、倒れている。


「誰か、国王陛下に治癒魔法を」


 この中で、治癒魔法が使える光の魔術師は、わたくしとジュリアンとシャルマン王子だけだ。


「シャルマン王子、国王陛下の元へ」


「ああ、ここは頼む」


 そう返した、シャルマン王子も闇に染まっていた。


「浄化」


 光が輝き、シャルマン王子を包み込んだ。


 そんなシャルマン王子を目指して、闇の術が飛んでくる。


 何体もの獣が、向かってくる。


 シャルマン王子の側近は、剣を取り出し、それで応戦している。


 魔法が使える我々が、剣術など。


 剣の鍛錬もしてきてはいるが、我が軍は、主に魔法の腕を磨いてきたというのに。


 思った通り、剣は弾き飛ばされて、ついでのように闇の魔術が、体を裂く。


 術者は倒れていく。

 


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