第37話 ハンデル王国の危機
「父上、隣国のハンデル王国の手前で、ヘルティアーマ王国の軍が停止したようです」
俺は妖精を、ハンデル王国の手前にある国境に、数体配置していた。
その妖精から連絡が入った。
「このまま攻撃体制に入るのか?」
時刻は、既に夕暮れ時であった。
このまま戦いになれば、戦いは暗闇の中で行われることになる。
我が国の軍隊、魔法が使える民は刑務官の訓練所にある建物や王都に集まっている。
父上の使い魔が、一つ咆吼すれば、即、皆が集まり総動員で戦いを始める手筈になっている。
「いえ、妖精達の話しでは、夕餉の支度を始めたそうです」
「では、報せに行くか?」
「それがいいかもしれません」
テスティス王国の国王と隣国のハンデル王国の国王は、友好関係にある。
国王陛下同士は、我がテスティス王国の学び舎で学び、親友の仲になり、現在も仲のよい関係が続いている。
万が一の為に、妖精を配置させたのも、父上の親友を守るためでもある。
ハンデル王国が倒されれば、次は我が国にやってくる。
「では、報せよう。王族、貴族を我が国に」
「はい、そうしましょう。建物は壊されても復興をすればいいことです。命があってこそ、復興ができるのですから」
「その通りだ」
父上は引き出しから、予め準備をしていた封書を取り出した。
今、どんな事が起きているのか、父上は隣国の国王陛下と打ち合わせをしていた。
万が一、直接、テスティス王国を襲えば、ハンテル王国は無事でいられるかもしれないが、時期を早めにするならば、調子よく国を滅ぼしているヘルティアーマ王国の国王陛下は、いきなりテスティス王国を攻めに来る可能性もあると、議会で話し合ったのだ。
その場合、いったん、休むためにヘンデル王国の手前で休んでから、攻め入るのではないかと考えていた。
ヘンデル王国は王都に住む民を田舎へと避難させて、貴族も領地へと戻るように指示を出した。
今、王都にいる貴族や騎士達は、国王陛下を守るための最低限の者達だ。
その者を避難させてしまえば、万が一、ヘンデル王国が襲われても、王都が壊されるだけに終わる。
父上の側近の一人も、父上と同期の友であった。
その者に封書を手渡した。
「頼む」
「しかと預かりました」
父上の側近は、ダークホールの中に入った。
もう、ヘンデル王国、国王陛下と会っているだろう。
「さて、我々も準備に取りかかろう。開戦は翌早朝であろう。日の出前に出立しよう」
「では、その様に。父上、俺はミルメルの様子を見て参ります」
「行ってきなさい。私もカミーノと話をしてこよう」
父上はダークホールを作って、消えた。
俺もダークホールを作って、ミルメルの元に飛んだ。
ミルメルは、まだ目を覚ましてはいない。
夢すら見ずに、ぐっすり眠っているが、そろそろ目を覚ます時期でもある。
今、戦いが起きるのは、ミルメルの安眠を邪魔する。
ミルメルの魔力と妖力を強制的に、俺の中に吸い込み、ミルメルは最低限心臓と呼吸ができる体にして、その間に、俺の中でミルメルの魔力と妖力を強制的に、俺の物と混ぜ合わせて、今度は、強力となった魔力と妖力をミルメルの体内に戻したのだ。
循環が苦手なミルメルに、強制的に魔力と妖力を血液に混ぜて、体の隅々まで循環させる。
この作業は、時間がかかるが、自力でできるようになるはずだった。
俺も幼い頃から、自分なりの方法で、制御できるよう努力してきた。
ミルメルにはこれから永久と言っていいほどの長い時間が与えられた。
一つずつ、乗り越えていくのも楽しいだろうと思っていたが、今は、そんなに悠長な事を考えている場合ではない。
万が一、ミルメルに何かあれば、俺はこの先、永遠に一人で生きて行かなくてはならない。
それが嫌ならば、ミルメルと共に眠りに落ちる。
精霊王が命を絶つ理由は、愛する伴侶を亡くして、生きる意欲を無くした時であろう。
前精霊王に何があって、命を落としたのかは知らないが。
ミルメルを抱いたときに、自分が転生をしてきたことを確実に思い出した。
どうして命を落として転生したのかは、今の俺には記憶はないが、理由としては、妻を亡くして絶望したのだろう。
転生して、生まれ変わり、もう一度、妻を探し、共に生きるためであると、俺はなんとなく感じている。
前世の記憶はなくてもいい。
今、愛するミルメルが、ここにいてくれれば、俺はミルメルと共に生きるために、俺に与えられた義務を果たし、いずれ、精霊の国に行こうと思うのだ。
俺がミルメルに行った行為は、ミルメルを死の淵まで追いやって、強引に魔力と妖力を与えるという強硬手段だった。
共に生きるために行った行為は、ミルメルに大きな負担をかけた。
もう三日も眠り続けている。
この戦が終わるまで、眠っていてくれ。
ミルメルに非情な戦いを見せたくはない。
あと二日待っていてくれ。
その頃には、ミルメルは目を覚まして、以前のように笑顔を見せるだろう。
そうして、以前より、力も増していて、魔力の暴走を起こすこともなくなる。
俺はミルメルの隣に横になり、ミルメルを抱きしめる。
温かい。
きちんと生きている。
それを確かめただけで、安心していられる。
『愛している』
そう囁くと、部屋にいる妖精達が、花を舞あげて、俺とミルメルに花のシャワーをかける。
ミルメルの妖精、フラウは不安そうな顔をしている。
『もうすぐ目を覚ます』
『はい』
フラウは頷いた。
ミルメルの枕元に、白っぽい妖精がいる。フラウだ。
ミルメルの事が心配なのか、元気がない。
妖力は吸えているようで、フラウの妖力は以前より強い。
俺の妖精のウイルが、フラウの前に舞い降りて、フラウを抱きしめている。
ミルメルの妖獣であるアイも部屋にいる。
眠っているミルメルは、しっかりと守られている。
『万が一、目を覚ましても、部屋にいるように言ってくれ』
『承知しました』
アイとフラウが返事をした。
俺はミルメルの頬にキスをして、ベッドから降りた。
俺の代わりに、アイがベッドに乗って、体を丸くした。
ミルメルが望んだ、仔猫の姿をしている。
仔猫の姿をしていても、変幻自在で、かなり強い力を持っている。
部屋にいる妖精達を見て、ここは安全だと確信した。
ウイルはフラウにキスをして、俺の元に戻ってきた。
ふわふわと俺の前に浮かんでいる。
『では、行くか?ミルメルを頼む』
『行ってらっしゃい』
『気をつけてね』
妖精達が手を振る。
いつの間にかウイルが俺の肩の上に立っている。
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