第35話 新しい婚約者

 道が動いている。


 かなりの速度で、景色が流れて行く。


 土の魔術師が、そこら中に立って、同じ魔術を唱え続ける。


 その集中力は凄まじい。


 誰も術者に声をかける者はいないが、同じ姿勢で、同じ魔術を唱え続ける事もかなりの訓練が必要だろう。


 移動は楽だが、風景を楽しむ事は不可能だ。


 行き先は、テスティス王国の隣の国だ。


 名はハンデル王国だ。


 どこも弱いので、一気に飛ばすことに国王陛下が決めたのだ。


 纏めてかかってこられても、一気に倒せるとの判断だ。


 この国を倒せば、いよいよテスティス王国に到着する。


 俺の隣には、新しい婚約者であるアルテアが立っている。


 アルテアは、婚約者が変わっても、表情さえ変えない。


 兄上は愛されていたのだろうか?と疑いたくなる。


 感情が欠如しているのかもしれない。


 俺の心は、暴風が吹き荒れている。


 俺は泣き出したジュリアンを振り返ることができなかった。


 どんなに甘い言葉を並べて、夜は抱き合っていたのに、いざ、王太子と呼ばれたら、もう自分の立場を考えるように意識的に感情を遮断した。


 そうするより、俺に生きる術はない。


 ジュリアンが泣こうが、喚こうが、縋ろうが、振り切る覚悟はしていたが、実際に泣き出したジュリアンを置き去りにした俺は、罪悪感と寂しさに打ちのめされた。


 どんなに愛していても結ばれない相手であったのだ。


 宥めた言葉に嘘偽りはないが、全て不可能だと俺は諦めていた。


 俺にはあの非情な父上を説き伏せるスキルなど持ち合わせてはいない。


 温かなジュリアンを抱きしめて過ごした一夜が、俺にとっての最後の夜なのだ。


 これから、心が休まる夜は来ないだろう。


 義務という鎖にがんじがらめにされて、俺の意思は、きっと何も通らないだろう。


 飾りの王太子。


 父上の人形にされるのだ。


 光の魔術師を持つ子を産むための種なのだ。


 牧場にいる馬や雄牛と変わらない。


 昨夜、ジュリアンを抱いてしまえばよかった。


 子供ができていたら、もしや、妻にできた可能性があったのか?と、自分に問いかけた。


 いや、父上とアルテアならば、赤子だけを取り上げて、育てるという可能性もある。


 護衛に案内された場所は、父上がいる場所だ。


 今日から王太子となり、父上の後継者となった。


 父上はアルテアを気に入っているようで、俺の婚約者にしてしまった。


 アルテアからは「よろしくお願いします」とお辞儀をされただけだ。


 後は、父上と雑談をしている。


 恐怖政治をしている父上と笑い合って雑談できる等、どんな神経をしているのか?


 父上の側近達は、皆、口を真一門に結び、目を充血させている。


 相当のストレスがかかっているのだろう。


 俺ですら、朝の挨拶を交わしただけだ。


 ジュリアンを泣かせたのだから、俺はヘルティアーマ王国の王太子として、立派に父の跡継ぎにならなくてはならない。


 この野蛮なアルテアを愛することは、できないかもしれない。


 顔立ちだけはいいが、性格が破綻している。


 ジュリアンは顔立ちも心根も優しかった。


 移動の間、俺はジュリアンの事を考えていた。


 光の魔術師で、公爵家のお嬢様のジュリアンなら、縁談は山ほどあるだろうが、どの男がジュリアンの伴侶になっても許せないのだ。


 心が狭く、身勝手な自分に呆れるが、やはり、俺はジュリアンが好きで、愛しているのだ。


 隣に立つ顔だけのアルテアの心は、一生愛せないだろう。


 逃げ出した兄上が、とても羨ましい。


 俺も、ジュリアンを連れて逃げ出してしまおうか?


 父上に愛された事もあったが、それは光の魔術師だと分かったからだ。


 もし、俺に魔術師の素質がなければ、王宮から追い出されていたかもしれない。

 


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