第31話 うるさい
婚礼から四週間ほど経った。
アクセレラシオン様は、相変わらず、わたしに甘くて、魔力を行ったり来たりさせながら、キスを交わしている。
夜の営みも毎夜あり、甘い妖力と魔力に酔い、優しく、ちょっぴり意地悪なアクセレラシオン様に翻弄されている。
アクセレラシオン様と結ばれてから、アクセレラシオン様の心の声が聞こえるが、アクセレラシオン様は、制御できる術を持っているのか?
わたしのように、感情がダダ漏れになっているわけではない。
けれど、人の心の声まで聞こえるようになった。
国王陛下のお声も王妃様のお声も、デイジーお姉様のお声も、マローとメリアの声も。
その上、妖精達の声も聞こえるので、頭の中で混乱を起こし、頭痛が酷い。
アクセレラシオン様とキスを交わしているときだけは、アクセレラシオン様が、わたしの混乱を消してくれるが、それ以外は、絶えずうるさくて、心の中の心ない声まで聞こえることもあるので、混乱の上に、困惑も重なり、わたしは、殆どベッドから起きられなくなった。
とにかく、うるさいのだ。
この声を遮断させる訓練をしているが、習得できない。
わたしは魔力と妖力の区別もよく分からない上に、不器用なのだ。
わたしが発狂しそうになると、アクセレラシオン様が部屋にやって来て、暫しの静寂をくれる。
「アクセレラシオン様、辛いです」
「妖力のコントールを上手くするのだ。魔力ではないぞ。妖力は妖精の力の方だ」
何度も言われているが、その妖力が分からないのだ。
魔力なら、動かすことができるようになったが、妖力の存在を体の中にあまり感じられない。
これかな?と思える物はあるにはある。けれど、それを自力で動かすことができない。
わたしの妖力が安定しないので、妖精のフラウは、わたしの近くで眠ってばかりいる。
わたしから上手く妖力を吸えないようだ。
ぐったりしていて、とても可哀想。
このままでは衰弱して、死んでしまいそうだ。
なんとかしなくてはならない。
わたしの中で、妖力らしい物は、森のような緑色をしているような気がする。
それを体内に循環させようとしても、妖力は固まったまま動こうとしない。
フラウが可哀想だし、わたし自身も発狂しそうなので、どうにかしたい。
けれど、妖力のコントロールが上手くできない。
ウイルが、フラウの前に屈んでキスをしている。
妖力を与えているのだと言うが、本来はわたしの妖力を与えた方がフラウは元気になるらしいが、わたしとアクセレラシオン様は、キスを交わし、体も重ねていて、魔力も妖力も交換しているので、わたしとアクセレラシオン様の妖力は、今は同じだと言う。
アクセレラシオン様から妖力をもらっているウイルからの口づけで妖力を与えても、フラウの糧になるらしい。
眠り姫が目を覚ますように、フラウは目を開けて、ウイルにしがみついている。
口づけを強請っている姿は、わたしと同じだ。
情けないが、自分で妖力を使いこなせないと、この頭痛と大勢の声は聞こえ続けるのだ。
アクセレラシオン様は、わたしの中にある妖力を、キスで引き出して、わたしの手の届くところまで持ってきてくれる。
魔力の練習の時と同じだ。
自分で妖力を絡め取り、体内に循環させなければ。
舌先に触れた妖力が甘い。
魔力も甘かったが、妖力も同じように甘い。
妖力が甘いのか、キスが甘いのか、もはや分からない。
アクセレラシオン様とずっとキスをしていたい。
頭痛も声も消えている。
この静寂が続けばいいのに。
唇が離れて、わたしはアクセレラシオン様にしがみつく。
「キスをして」
「自力で妖力を循環させなければ、頭痛も声も聞こえ続けるよ。自分で乗り越えるしかないんだ」
「うん」
それは分かる。
アクセレラシオン様は、わたしを優先して、仕事の手を止めて、来てくれているのだ。
これは、わたしがアクセレラシオン様に出会って知った、甘えだ。
「妖力は分かるだろう。それを魔力と同じように循環させるのだ」
「やってるけど」
「コツは魔力に妖力も混ぜてしまうんだ」
「やってみる、でも……」
わたしは頭を抱える。
悲鳴が聞こえる。
たくさんの悲鳴が。
泣き声も、悲鳴も、止めどなく渦巻いている。
「泣いているの。悲鳴も凄いの」
アクセレラシオン様は、不思議そうな顔をした。
「泣き声だと?悲鳴など聞こえないよ?」
「聞こえるの。大勢の人の声も妖精の声も聞こえるけれど、悲鳴がすごいの」
アクセレラシオン様は、少し考えてから、わたしの額に額を重ねた。
じっと動かない。
声も悲鳴も消えていない。
妖力を与えられているわけではないようだ。
「この声は何だ?悲鳴もすごいな?」
「そう言っているでしょう」
「これは、どこから聞こえる声だ?」
「そんなの分からない」
発狂寸前になりながら、アクセレラシオン様にキスを強請る。
けれど、アクセレラシオン様は、わたしの額から額を離さない。
「少し我慢していろ。声の方向を探している」
わたしは頷いて、無駄だと知りながら、自分の耳を塞ぐ。
アクセレラシオン様は、わたしの中に聞こえる声を追っている。
だんだん、泣き声と悲鳴だけが聞こえるようになってきた。
体が熱いのだ。
甘い熱さではなくて、まるで業火の中に入っているような熱さを感じる。
「どこの国だ?」
アクセレラシオン様と触れあった額が熱くなり、映像が見えてくる。
建物も人も燃えている。
嵐のような風が舞い上がっている。
まるで、火の魔術師と風の魔術師が合わせて攻撃しているような様子だ。
母国で、わたしは訓練を覗き見た事がある。
あの時は建物だけだった。
火の魔術師が魔術で火を放ち、風の魔術師が燃え上がる建物を吹き上げて、竜巻の中に閉じ込めて、粉々にしてしまうのだ。残されるのは灰だけだ。
わたしは目を開けて、映し出されている風景を見る。
あれは、お兄様?
よく見ると、術者が立っている。
お兄様と他の風の魔術師が魔法を放っているのだ。
お母様の姿も見える。
これは、ヘルティアーマ王国の魔術師が攻撃を行っているのだ。
いったいヘルティアーマ王国に何が起きて、こんな攻撃をしているの?
壊している建物に見覚えはない。
「これは、リバール王国だな。仕掛けているのは、どこの国だ?」
「ヘルティアーマ王国よ。お兄様とお母様の姿が見えたわ」
「これは、戦争だ。いや、一方的な攻撃だ。これは侵略だ。ヘルティアーマ王国からリバール王国までは、かなり距離があるが、歩いて移動をしているのなら、日付が合わないであろう?ヘルティアーマ王国からリバール王国まで、約一年以上かかるはずではないか?」
「確か、土の魔術師が、土を動かして、移動する魔法があったわ」
「なんだと?では、方向的に我が国を目指しているのではないだろうな?姉上の元婚約者が、何か言ったのだろうか?今更、死人に口なしではあるが」
わたしが助けてきた、デイジーお姉様の婚約者は、王家を邪険にし、国王陛下とデイジーお姉様を侮辱した罪と妖精神を否定し国民を不安にさせた罪で、処刑を言い渡された。
彼の家族は、爵位剥奪された。
国王陛下は平民として市井に下りるように命じた。
デイジーお姉様を悪く言う者はいなかった。
むしろ同情的で、騙したエリン・マスタード侯爵令息に国民は、石を投げつけた。
王家の姫に結婚を申し込んでおいて、結婚をする気もなく、自分が教祖、新たな神の使いになろうとした恥知らずの侯爵家と呼ばれ、マスタード侯爵家は、当主自ら、責任を取り、搬送中のエリンの首をはねた。死刑囚を殺した罪で、マスタード侯爵は、永久的に鉱山へ送られたと聞かされた。
わたしがたくさんの声に、発狂しそうな時に、起こった事件だった。
わたしの耳にも、その時の声が聞こえていた。
やっと口づけされ、頭痛と声が聞こえなくなった。
「ミルメル、この国が狙われているかもしれぬ。ゆっくり妖力に慣れさせるつもりであったが、強引に魔力と妖力を混ぜてもいいか?」
「そんな手立てがあるなら、さっさと楽にして」
これほど頭痛と声に悩まされ続けていたのに、治す手立てがあるなら、さっさと治して欲しかった。
ベッドに座っていたわたしは、いきなりベッドに押し倒されて押さえつけられた。
ベッドのスプリングが、跳ねて、わたしの体も跳ね上がる。その体を押さえつけて、強引に激しい口づけが始まった。
アクセレラシオン様は、わたしのネグリジェを脱がしていく。
「今から、ミルメルの魔力と妖力が正しく循環するまで、抱き続ける」
「へ?」
「ミルメルの魔力と妖力を俺の中に入れて、強引に俺の魔力と妖力をミルメルに流す」
「お手柔らかに」
と、しか言えなかった。
唇が合わさると、わたしの中から、魔力と妖力が吸われていく。
体から力が、なくなっていく。
呼吸も苦しくなってきた。
あ、死ぬかも……。
心拍も落ちて、頭に靄がかかる。
意識が飛ぶ寸前で、維持されている感じだ。
その状態で、アクセレラシオン様は、わたしを抱き始めた。
最初は苦しいだけだった。
いつもの優しく甘い余韻の残る抱かれ方ではない。
このままでは、死んでしまう。
生と死の境目を行き来している。
すると、今度は、茹だるような熱い魔力と妖力が、体の中に一気に入ってきた。
苦しい、苦しい。
これは、これで、心臓が爆発しそうだ。
今度は、熱い魔力と妖力が体の中をグルグル回り出した。
これも、これで苦しい。
体中が熱くなって、発熱しているような怠さに包まれながら、アクセレラシオン様の楔で一つになり、魔力と妖力がわたしの体の隅々まで行き渡り、血管にのって移動しているような感覚がしている。
これが、魔力と妖力の循環なのね。
アクセレラシオン様の魔力と妖力の循環は、わたしの魔力の循環とも違っていた。
もっと壮大で、体の隅々まで行き渡る魔力と妖力で、わたしの体は、変化していく。
時間の感覚はない。
どれくらい抱き合っていたのかも分からない。
ただ、音が消えた。
もううるさくはない。
けれど、わたしは発熱していた。
指先を動かす力もないほど、疲労していた
「ミルメル、すまない。無理矢理循環させれば、発熱することは分かっていた。だが、緊急事態だ。側にいたいが、父上と相談せねばならない。ヘルティアーマ王国が攻めてきたのならば、こちらも応戦しなくてはならない。マローとメリアを呼ぼうか?」
「いいえ、眠りたいの。お母様とお兄様は風の魔術師よ。お父様とお姉様は、光の魔術師よ。貴族は皆、魔術が使えるわ。軍事国家だったから、いつも訓練をしていたの。テスティス王国を守らなくては」
わたしは眠りに落ちそうで、必死に目をこすり、起き上がろうとしたけれど、起き上がれない。
「起きなくてもいい。起きられるはずもない。今は眠りなさい。もううるさくないはずだ」
「はい」
「おやすみ」
優しく唇が重なり、そのままわたしは眠りに落ちた。
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