第28話 結婚式

 ゆっくりお風呂に入り、マローとメリアに手伝ってもらって、わたしは、黒いウエディングドレスを身につけた。


 髪を結い上げ、お化粧も綺麗にしてもらった。


 部屋の中に、妖精達が集まってきている。


『綺麗ね』


『可愛いわ』


『ミルメル、おめでとう』


 妖精達は口々に、わたしに声をかけて、宙に浮かんでいる。


『精霊王はまだかしら?』


『花嫁を待たせるなんて』


『足音が聞こえるよ』


『軽やかだ』


『ミルメル、もうすぐ妖精王が来るわ』


 妖精達が騒ぎ出した。


 色とりどりの花を舞わせて、妖精達はわたしを祝福してくれている。


 なんて幸せだろう。


 今まで孤独に暮らしてきたのに、テスティス王国に来てから、人だけではなく、妖精達がいつもわたしの側にいてくれる。


 話しかけてくれる。


 ノックの音がするとマローが扉を開けに行った。


 妖精達も扉の方に飛んでいく。


 扉が開いたら、花のシャワーが降り注いだ。


 アクセレラシオン様は、笑顔で、花のシャワーを受けて、わたしの方に歩いてくる。


 部屋中が花に覆われている。


「ミルメル、綺麗だよ」


「アクセレラシオン様も素敵です」


 アクセレラシオン様は、黒いテスティス王国の正装を着ていた。


 勲章を幾つも付けた正装は、式典などで着られる物だという。


 アクセレラシオン様は、比較的、普段から黒い服を着ているが、今日は一段と素敵に見えた。


 わたしが、テスティス王国に来てから、式典などは行われていない。


 なので、アクセレラシオン様のこのお姿を、初めて拝見したのです。


 素敵で、格好よくて、わたしは本当にアクセレラシオン様を好きになってしまったのだと、改めて自覚しました。


「ミルメル、では行こう」


「はい」


 アクセレラシオン様は、そっとわたしの手を取った。


 わたしは椅子から立ち上がると、アクセレラシオン様にエスコートされて、部屋を出て行く。


 マローとメリアは、深く頭を下げている。


 妖精達は、わたし達と一緒に移動しながら、花を舞わせている。


 廊下に出ると、国王陛下と王妃様とデイジーお姉様が並んでおりました。


「二人とも、末永く仲良くしなさい」


「父上、ありがとうございます」


「貴方達の幸せを祈っていますわ」


「母上、感謝致します」


「おめでとう。クレラ。おめでとう。ミルメルちゃん。幸せになってね」


「姉上、ありがとうございます」


 アクセレラシオン様は、一人ずつ言葉を返した。


 わたしは、一人ずつ頭を下げた。


 感謝しかない。


 ここに来たときは、泥だらけで、汚いわたしを快く受け入れてくれた皆さんにお礼を言いたい。


「こ」


 スッと姿が消えて、そこは地下神殿だった。


 わたしは、国王陛下と王妃様、デイジーお姉様にお礼を言うつもりだったのに、言えたのは『こ』だけだ。


 あまりに情けない。


 隣に立つアクセレラシオン様を、わたしはジロッと睨んだ。


「アクセレラシオン様、わたしはまだお礼が言えていませんわ」


「お礼は、俺が言った。気にするな、父上も母上も姉上も、気にはしていないだろう」


 本当に、この人は、待つと言うことを知らないのだ。


「アクセレラシオン様、わたしもお言葉を返したかったのですわ。少しくらい待ってくれてもいいでしょ?」


「これからは、待とう」


「約束ですからね?」


「ああ、約束だ」


 地下神殿にオレンジの灯りが点り、暗闇が吸い込まれていく。


 あっという間に明るくなった地下神殿で、くだらない言い合いをしていると、二体の妖精が仲良く笑っていた。


 アクセレラシオン様の妖精とわたしの妖精だ。


 わたしの妖精は、フラウという名前だと最近知った。


 今までその姿を見られなかったのは、わたしの妖力も魔力も安定していなかったから、フラウに妖力を供給してあげられなくて、わたしに触れていることで、少しずつ妖力を吸い取っていたと言う。


 お人形に話しかけて、返事を返してくれていたのは、わたしの妄想ではなくフラウだったようだ。


 フラウは、わたしに触れて眠ることで生きてきたという。


 わたし同様に痩せぽっちにさせて、本当に申し訳がない。


 わたしの闇の魔力と妖精の妖力が増してきて、起きている時間が増えてきたようだ。


 闇の魔力をあまり吸えていなかったフラウは、他の妖精より白っぽい。


 アクセレラシオン様の妖精が近くに来ると、目を覚まして、一緒に浮かんでいる。


 アクセレラシオン様の妖精は、真っ黒な体に羽も他の妖精達よりも黒い。


 強そうに見えるけれど、フラウは小さくて、白くて、今にも消えてしまいそうだ。


 地下神殿には、他の妖精の姿はない。


「では、始めるか?」


「はい、どんなことをするの?」


「こちらに来て欲しい」


 アクセレラシオン様は、わたしの手を握ると、手を引いて歩き出した。


 神殿の真ん中には、魔方陣があるが、そこを通り過ぎて、神殿の端に寄ると、水の流れる音がする。


 よく見ると、水が湧き出ている。


「地下神殿から湧き出した水は、我が国の全土に流れていく」


「はい」


「この地下神殿の水は、妖精の水と言われている。その妖精の水は、我が国の民の飲み水になり、民を健康にする。そして、この水は土に吸い込まれて、肥沃の土壌へと替えていく。作物はよく実り、魚もよく育つ。山に生きている動物や他の生き物もよく育つ」


「なんて、素晴らしい水でしょう」


「妖精神の始まりの場所だ。この国の神は、妖精だ。妖精に愛された者は、幸せになれる。各地には、妖精神を奉った教会がある。そのうち、見に行こう」


「はい」


「結婚式は、この場で誓い合う。俺とミルメルの血を混ぜて、この川に流すのだ。血は、ほんの僅かだ。そんなに痛くはない。我慢できるか?」


「できます」


「俺は妖精王で、ミルメルは妖精の申し子だ。二人の血が混ざれば、以前より豊かな国になる」


「それは、素敵な事ね。国民が幸せになれます」


「ああ、病気もなくなるであろう。この水は、万能薬となるだろう」


「光の魔術師みたいよ」


「光の魔術師は、光の魔術をかけなければ治療はできないが、これからのこの水は、飲めば病は治るだろう。民も健康になり、土壌も以前より肥える。豊かな大地となるだろう」


「はい」


「では、始める」


「はい」


 アクセレラシオン様は、わたしから手を離した。


 向かい合って、わたしを見つめる。


「ミルメル、生涯を共に過ごして欲しい」


「はい、わたしは生涯をアクセレラシオン様と過ごします」


「俺を生涯、愛して欲しい」


「わたしは、今も未来もアクセレラシオン様を愛しています」


「俺の子を産んでくれ」


「頑張ります」


 アクセレラシオン様は、ニコリと微笑んだ。


 アクセレラシオン様は、微笑むと右頬に小さなえくぼができるのだ。


 本人は知らないかもしれないけれど、とても格好いいのに、可愛く見えてしまうのです。


 わたしは、アクセレラシオン様の笑顔が、すごく好きです。


 アクセレラシオン様は、掌に収まるほどの剣を取り出した。


 ナイフと言うより剣のような気がします。


「これは、聖剣という。小さいが妖力も魔力も増幅させる力がある。俺が生まれた時に、握っていたそうだ」


「王妃様、お産は大変だったでしょうね?」


「それが、安産だったらしい。妖精の力だろうと後で、父上が話していた」


「そう、妖精って、凄いわ」


「この聖剣で、指に傷を付ける。先ずは俺からだ」


 アクセレラシオン様は、聖剣で指先に少し傷を付けた。


 ポタポタと血が流れている。


「次は、ミルメルだ」


「はい」


 わたしは両手を差し出した。


「利き手でいい」


「はい」


 わたしは片手を下ろした。


 アクセレラシオン様は、わたしの手を包み込むように持つと、指先に少しだけ傷を付けた。


 わたしの指先からも血が滴り落ちている。


 アクセレラシオン様は、聖剣を片付けると、わたしの手とアクセレラシオン様の手を合わせた。


 二人の血が混ざり合い、湧き水の中に落ちていく。


 水面が少し赤く染まると、アクセレラシオン様は、二人の指を口に含んだ。


 舌が、傷を舐める。


 暫く傷を舐めていると、口から出した。


 傷は消えていた。


 アクセレラシオン様は、わたしを抱えるように抱きしめると、キスをした。


 血の味のするキスだ。


 体が熱を帯びてくる。


 魔力を注がれた時よりも、もっと熱く、もっと官能的だ。


 思わず、足をすり寄せてしまうほど。


「ミルメル、こちらに来て」


「はい」


 アクセレラシオン様は、わたしの手を引くと、そのまま抱き上げた。


 落ちそうで、首にしがみつくと、アクセレラシオン様は、歩き出した。


 地下神殿の中央にある魔方陣の真ん中にわたしを寝かせた。


 どうするのだろうか?


 不安で、アクセレラシオン様を見ていると、アクセレラシオン様は、わたしの横に一緒に横になった。


「今から、ここで夫婦の契りを交わす」


「ここで?」


「怖ければ、目を閉じていなさい」


「はい」


 わたしは言われるまま、目を閉じた。


 アクセレラシオン様は、魔力の交換をするときのようにキスを始めた。


 気持ちのいいキスだ。


 二人の魔力を行ったり来たりさせて、魔力を捏ねる。


 そうすると、とても甘い魔力が出来上がっていく。


 わたしの大好きな、甘い、とっても甘い魔力だ。


 黒衣のドレスを脱がされていることに気づかないほど、夢中でキスをしていた。


 そうして、わたし達はいつの間にか繋がっていた。


 体の中にアクセレラシオン様がいると思うと、恥ずかしく、そして嬉しかった。


 その行為は、キスで魔力の交換をするより、もっと体を熱くし、もっと魔力も妖力を甘くした。


 アクセレラシオン様の甘美な魔力を体中に注がれて、わたしはいつの間にか、意識を無くしていた。


 目を覚ますと、黒衣のウエディングドレスを着たまま、アクセレラシオン様のお部屋のベッドで横になっていた。


 アクセレラシオン様の視線が、わたしを見ていた。


「痛むところはない?」


「ないわ」


「結婚式は、これで終わりだ。今日から、ミルメルの寝室は、この部屋だ。このベッドで共に寝よう」


「わたしのお部屋は?」


「部屋は、客間から、隣の部屋に移動になった。荷物も移動されたであろう」


「そんなに早くに?」


「早くはないよ。一晩経って、今は翌日の午前中だ」


「わたし、そんなに眠っていたの?」


「ミルメルの体が、変化したのだろう。俺も起きたばかりだ」


「アクセレラシオン様も?」


「ああ、もう不老不死だ。見た目もこのまま生涯変わらぬ。俺達は俺達の子供より長生きする。精霊王の勤めだ。ミルメルの命も俺と共にある。俺が死ぬまで、ミルメルは死ぬことはない」


「同時に死ぬの?」


「ああ、ほぼ同時であろう」


「それは嬉しい事ね。好きな人と一緒に死ねるなんて」


 凄くロマンティックだ。


 けれど、我が子よりも長生きをすることは、きっと悲しいことだと思う。


 愛する子供を見送り、孫も見送り、その次の世代も見送るのだろう。


「我が子を見送ったら、妖精の国に行こうか?」


「妖精の国へ?」


「ああ、今はまだ場所は、よく分からないが、たぶん、覚醒してくるだろう」


 わたしは頷いた。


 悲しみは続かない。


 幸せの方が、きっと多くなるはずだ。


 二匹の妖精が、手を繋いで飛んできた。


 フラウとアクセレラシオン様の妖精だ。


 二人は、仲がいい。


「目を覚ましたな?」


「ミルメル大丈夫?」


「大丈夫よ」


「クレラは乱暴者だからな」


「黙れ、ウイル」


「ウイル?」


「ああ、俺の妖精の名だ」


「ミルメル、俺はウイルだ。よろしくな」


「よろしくお願いします」


 いつの間にか、アクセレラシオン様の妖精の声が聞こえる。


 わたしは人から、たぶん、きちんとした妖精になったのだ。


 精霊王のアクセレラシオン様も、正式に神となったのだ。


『ミルメルの思った通りだ。俺の体もミルメルの体も妖精になった。俺は正式に妖精王になり、ミルメルも王妃となった。これ以上、老いることはなく。同等の力が使えるようになるだろう』


『そうなんだ』と思って、初めて、アクセレラシオン様の心の声も聞こえた事に気づいた。


 驚いて、アクセレラシオン様を見れば、アクセレラシオン様は微笑んでいた。

 


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