第27話 ミルメルが消えた
「ミルメルはどこに行ったの?」
わたくしはマクシモムの胸ぐらを掴んで、のんびりソファーに座っているマクシモムを怒鳴った。
淑女らしくはないが、今はそんなことを構っていられる場合ではない。
王太子だとしても、国の大事だ。
いくら、マクシモムがミルメルに甘くても、二人きりにするべきではなかった。
部屋から追い出されたわたくしは、国王陛下を呼びに行ったのだ。
今日は一時的に領地から戻ってきて、領地の様子を国王陛下に伝えに来たのだ。
そのついでと言ってはなんだが、婚約者として、マクシモムとささやかな時間を共にしていた所だった。
マクシモムとは、生まれた直後に婚約者にされて、物心ついた頃から、共にいるのが当たり前になっているが、マクシモムの心は、わたくしに夢中になっているわけではない。
どちらかというと義務だ。
愛とか恋とか、甘い恋愛ごとは、マクシモムからは伝わってこない。
マクシモムは本心を隠している。
マクシモムは隠しているが、密かにミルメルを想っている。
だから、わたくしは余計にミルメルが嫌いなのだ。
マクシモムはどちらかというと無口で、国王陛下の指示でわたくしを妻に召し上げると、決められたことを忠実に守っているだけのようだ。
そんなマクシモムの事を、わたくしも同じように、熱い想いでは見てはいない。
愛とは何?
恋とは何?
どちらも何か分からない物だ。
マクシモムを凄く恋しく想った事は、今まで一度もない。
一緒にいても、手を繋いだり、口づけをしたりすることもない。
そんな相手と結婚しなくてはならないなど、本当はしたくはない。
けれど、これは、わたくしが光の魔術師で、魔力も強く、ヘルティアーマ王国の後継者であるマクシモムと結婚の末に生まれてくる王家の子が、光の魔術師として、強い力を持つためである事だけは理解している。
二人の間にあるのは、やはり義務なのだ。
義務だから、わたくしは、次期王妃として、ヘルティアーマ王国を守る義務がある。
全て、義務なのだ。
話しをするのも、お茶を飲むのも、いずれ結婚するのも。
国王陛下を呼びに行ったのも、義務だ。
わたくしがきっと、どんな言葉で聞いたとしても、マクシモムははぐらかす。
真実を聞き出すには、悔しいが、国王陛下から聞き出してもらうしかない。
わたくしは、明日には領地に戻らなくては、全ての農作物が枯れてしまう。
時間の猶予がないけれど、国王陛下は、何が起きているのか知りたくて、いてもたってもいられない。
王家からは、定期的に使いがやってくる。
報告するようにと。
裕福だったヘルティアーマ王国が、現在進行で危機に襲われている。
誰の仕業が分からないが、国中の水が涸れそうになって、食べ物も殆どが枯れている。
このままでは、国民達も自分達も食糧難になり、今年の冬を越すことも難しくなる。
この周辺の国で、一番裕福だと言われている国だったのに、このままでは貧困国となってしまう。
この十年以上、農作物も豊富に収穫でき、水も溢れるほどあったので、我が国は、特別な産業はしていなかった。
水を売り、農作物を輸出すれば、金銭に困ることもなく、ヘルティアーマ王国の王族は、魔力の研究に没頭していたのだ。
軍事力ばかりを磨いて、売れる物は水と農作物だけだったので、その水と農産物がなくなったら、我が国の民は、生きる術を失う。
貴族、王族にしても、食べる物がないのだ。
多少の備蓄はしているが、この状態が長く続けば、貴族であろうと王族であろうと、食べ物は平等になくなる。
死んだと思われていたミルメルが、何か知っている気がしていたのだ。
そのミルメルの姿が、もうない。
マクシモムが、逃がしたとしか考えられない。
「マクシモム、ミルメルはどうした?」
とうとう、国王陛下がマクシモムに問いかけた。
「彼女は森に戻りました。不思議な森らしく、入るなと忠告されました」
「話したのは、それだけか?」
「はい」
マクシモムは、胸を張って答えた。
わたくしは、よく思い出す。
確か、山の中を彷徨っていたら、どこかの国に出て、施しをもらったと言っていた。
食べている物は霞だと言った。
霞を食べて生きていけるはずもない。
昔と違い、顔色も良く、肌つやも良くなっていた。
不健康に痩せた姿ではなく、健康そうな姿になっていた。
明らかに、誰かに保護されて、生きているとしか思えない姿であった。
「大変です」と開けられた扉の中に、騎士が一人、駆け込んできた。
「どうした?」
闇属性の魔術は知られていない。
国王陛下もミルメルに会って、直接尋問したかったのだ。
万が一、ミルメルが魔法を習得して、今まで蔑ろにされてきた報いをヘルティアーマ王国に向けてきた可能性はないとは言えない。
その確認をするために、ミルメルに会って、確かめたかったのだ。
「牢屋に入れていたテスティス王国から来た男が逃げ出しました。監視していた騎士達は倒れていました。今、治療を受けております」
「何だと?牢屋は開いていたのか?」
「鍵が開けられておりました」
騎士はハキハキと答えている。
「マクシモム、ミルメルに教えたのか?」
「聞かれたので、テスティス王国から男が一人来て、牢屋にいると話しただけですよ」
マクシモムは、ゆったりソファーに座ったまま、何が悪いのだと平然としている。
「ミルメルは魔法が使えないのではないか?」
そう、マクシモムは言った。
そうだった。
ミルメルに、魔法の素質はなかった。
生まれてから一緒に暮らしてきたが、ミルメルが闇の属性を持っていても、何一つ魔法を使った事もなかったし、できるとも聞いた事がない。
ミルメルがこの部屋に現れたときの事を思い出す。
確か、突然立っていた。
まさか、魔法が使えるようになったのか?
闇属性の者は、転移の術を使えるのか?
ヘルティアーマ王国には、闇属性の者はいないので、詳しい資料がないのだ。
わたくしは考えたが、分からないことは、どうしようもない。
国王陛下もミルメルは魔法を使えないと、ずっと報告されてきたので、困惑している。
ミルメルが一人で騎士を倒したなら、これからミルメルは、今まで以上に危険物質だ。
ヘルティアーマ王国に危害を加える、第一級の犯罪者とされる可能性がある。
「消えたのは、闇属性しかいないと言われているテスティス王国の男であったな?」
「そうでございます」
「まさか、その男を助けに来たのか?だが、テスティス王国と我が国は、行き来に約二年の時間がかかる。瞬時に時を超える術が使えなければ不可能だ」
国王陛下の言うとおりなのだ。
牢屋に監禁されていた男は、二年の歳月を旅して、ヘルティアーマ王国までやって来たと聞いた。
それならミルメルは、どのように時を超えたのだ?
どうして、捕らわれていた男は、時を超えずに、二年もかけて歩いてきたのだ?
不思議な事ばかりだ。
国王陛下もそう考えたのか、報告に来た騎士に問いかけた。
「倒れた騎士に話しを聞こう」
「案内致します」
騎士は綺麗なお辞儀を披露した。その後は、先導していく。
国王陛下は、マクシモムの部屋から出て行く。
「マクシモムも来なさい。おまえは、危険物質に国の秘密を漏らしたのだぞ?次期国王となるのに、その自覚はあるのか?」
「国の秘密ですか?」
マクシモムはソファーから立ち上がると、国王陛下の後を着いていく。
わたくしの前を素通りして行ってしまった。
なんだか、わたくしは、存在を無視されたような気がした。
マクシモムにとって、わたくしは、何なのでしょうか?
愛情の欠片も向けられない事が、悲しくなるなんて、わたくしも一体どうしたのでしょうか?
今まで、マクシモムの心がどこにあっても、気にもしたことがなかったのに。
国の危機になり、毎日のように、源水や田畑に魔法をかけ続けていて、疲れてきたのかしら?
沸々と湧き上がる怒りは、ミルメルに対する怒りだ。
みそっかすのミルメルが、こんなに注目されて、次期王妃のわたくしが蔑ろにされるなどあってはならない。
わたくしは、握りこぶしを作って、マクシモムの後を着いていった。
それは、ただの意地だ。
負けたくはないし、何が起きたのか、知らなくてはならない。
わたくしがマクシモムの妻になり、次期王妃となるのだ。
ミルメルに、何一つ奪われてはならない。
治癒魔法を受けた騎士達は、救護室に寝かされていた。
意識は戻っているようだ。
「何が起きたのか分かりません。気づいたら、今の状態でした」と、騎士達は答えた。
これでは、ミルメルがしたという証拠は一つも無い。
マクシモムは、どこか嬉しそうにしている。
その事が腹立たしい。
「医師の見立てはどうだ?」
「三人とも意識を失っていただけでございます。少し、光の魔術を当てたら、目を覚ましました」
「そうか」
国王陛下は、戻って行った。
証拠が一つも残されていない状態で、ミルメルを指名手配することはできない。
「テスティス王国と戦う事になれば、今の我々では負ける」
国王陛下は、そう告げた。
どんなに光の魔術師が強くても、二年も陸路を歩いて、戦いに行くには無理がある。
食料も水もない今、ヘルティアーマ王国に残された道はそれほど多くはない。
国民と共に死に絶えるか、近隣の比較的安定した国を攻めて、その国を我が領地にして、水と食料を我が国の物にするか。
そう略奪を起こすかだ。
他国は黙ってはいないだろう。
他国に攻められて、戦いが続く可能性が高い。
国王陛下は、どの道を選択するのだろう?
わたくし達貴族は、国王陛下の命令の下に動くことになる。
「アルテア、そろそろ戻りなさい。遅くなる。領地に戻ったら、頑張ってきなさい」
マクシモムは、そう言った。
「僕は、明日から近隣の村の視察に向かう。互いに国の為にできることをしよう」
「はい」
わたくしは、マクシモムにお辞儀をした。
「では、またな?」
「またですわ」
わたくしは、なんだか強制的に王宮から追い出されたような気持ちを抱きながら、王都の邸に戻っていく。
邸に戻ったら、お父様にミルメルの事を話さなくてはならない。
その名を口にするのも嫌なのに……。
ミルメルなど森で死んでしまえばよかったのに。
まったく厄介なみそっかすだ。
今度、その姿を見たら、光の聖魔法をかけて、ミルメルの闇を真っ白く塗り替えてやろうと思う。
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