第26話 デイジーお姉様の婚約者(2)

 お部屋に戻ったわたしは、テーブルにチョコレートの詰め合わせの箱を置くと、アクセレラシオン様に短い手紙を書きました。




 アクセレラシオン様へ


 ほんの少しだけヘルティアーマ王国へ行ってきます。

 デイジーお姉様の婚約者であるエリン・マスタード侯爵令息様を探してきます。

 すぐに戻ります。

 ちゃんとアイと一緒に行きますので、安心してください


                          ミルメル





「アイ、手伝って欲しいの」


「ミルメル、どうなさったの?」


 可愛い、仔猫の姿で出てきたアイを抱きしめた。


「少し、故郷に戻りたいの。少しだけ危険かもしれないの。わたしを守ってくださいますか?」


「それは、勿論。守りますよ」


「ありがとう。お願いね」


「いいえ」


 わたしはアイを抱きしめたまま、ダークホールを作った。


 行き先はヘルティアーマ王国のマクシモム王太子がいる場所だ。


 アルテアお姉様の居場所を考えたが、アルテアお姉様の性格は、とても非情ですもの。


 協力してくださった事など、一度もありません。


 まだマクシモム王太子の方が、話しが通じやすいような気がして、頼ることにしました。


 髪は淡いピンクのストールで隠しております。


 ドレスは、アクセレラシオン様が買ってくださいました赤いドレスです。


 ちょっと派手ですが、着替えるのも迷ってしまいます。


 漆黒の円の中に入ると、そこには、マクシモム王太子とアルテアお姉様がお茶を飲んでおりました。


 ハッと二人の視線が、わたしを射貫く。


 わたしは、まずお辞儀をした。


「お久しぶりです、マクシモム王太子、アルテアお姉様」


「あら、ミルメル、あなた生きていたの?」


 アルテアお姉様は驚いたお顔をしておいでです。


 マクシモム王太子もポカンとしております。


「山の中を歩いておりましたの」


「もう何ヶ月も、何を食べて生きていたの?」


「霞ですわ」


 わたしは、嘘を並べる。


 テスティス王国の事は秘密にしておきたいのです。


 争いが起きたら大変ですもの。


「そのドレスはどうしたの?」


「貧しいわたしに、くださった人がおりました」


「山の中にドレスを売る行商人がいるのかしら?」


「あの山は、不思議な山なのです。いろんな場所に辿り着き、ハッと思うと、また山の中に戻っているのです」


「まあ、それが本当の話なら、不思議な話ね」


「ええ、本当の事ですので、こうして、わたしは生きているのです」


「それで、どうして、マクシモムの部屋にいるの?」


「マクシモム王太子にお話がありまして、どうにか行けるように、森の中で祈っていましたら、こうして、辿り着いたのです」


「本当なのか?嘘なのか?」


 アルテアお姉様は、全力で疑っております。


 当然ですわね。


 霞を食べて生きているなんて、仙人でもあるまいし。


「アルテア、こうして突然現れたことが、真実ではないのか?」


「マクシモムは、いつもミルメルに甘いわね。ミルメルが危険物質だとヘルティアーマ王国では言われているのよ。ここ何ヶ月も姿を消して、以前より顔色もいい状態で、わたくしより素敵なドレスを着ているのが、まず不思議な話ね。ミルメルの話しなど、どこまで信じていいやら」


 アルテアお姉様は、以前より毒舌になられたわね。


 なにか気に触ることがあったのかしら?


 マクシモム王太子と喧嘩でもなさったのかしら?


「マクシモム王太子にお尋ねしたいことがありますの」


「話してごらん」


「ミルメル、不敬ですわ。マクシモム王太子の部屋に不法侵入して、話がしたいなど」


「アルテア、少し黙ってくれないか?僕はミルメルと話がしたいのだ。邪魔をするなら、この部屋から出て行ってくれ?」


「マクシモム、わたくしよりもミルメルを選ぶのですか?」


「そうではない。さあ、出て行きなさい」


 マクシモム王太子は、アルテアお姉様の背を押すと、部屋の扉を開けて、部屋から追い出した。


 強引に扉を閉めると、わたしの横を通り、ソファーに座った。


 アルテアお姉様が飲んでいたカップを片付けると、わたしにお茶を淹れてくれる。


「ソファーに座りなさい。僕もミルメルと話しがしてみたかった」


「マクシモム王太子、感謝いたします」


「さあ、こちらに来なさい」


「はい」


 わたしは、ソファーに座った。


 アイを抱いているので、怖くないと自分に言い聞かせる。


「可愛い仔猫を抱いているのだね」


「ええ、わたしの旅の友達ですわ」


「森の中で、その子と一緒に暮らしているのか?」


「ええ、あの森は不思議な森ですから、人は入らない方がいいと思いますわ」


「人食いの森だったか?」


「そう言う者もおりました」


「それで、話しとは何だ?」


「他国に繋がったときに、耳にしたことです。ヘルティアーマ王国に、テスティス王国から神の教祖になりたいと弟子入りしたい者がいると聞いたのですが、その者はどうなったか知りたくて」


「確かに、旅人が神の御許で修行をしたいと来た。テスティス王国は闇属性の国だとか。だが、我が国は闇属性を拒絶している。確か、エリン・マスタードという名だったと記憶している。まだ最近の話しだったからね。当然、断られた。だが、彼は引き下がらなかった。困った教祖は、父上に相談に来た。その者は、不敬罪を命じられて、今は地下の牢屋に投獄されている。来週には、光の魔術師の実験台になり、たぶん処刑される。実験台になることは、彼は受け入れているが、我が国で実験台になることは、その身を好きなように扱っても良いと言うことだ。最後は殺されるであろう。当然、その事を本人は知らない」


「やはり、そうなのですね?」


「ミルメルも危険だ。今、我が国は、そこら中で水不足と土壌が穢れている。田園も畑も立ち枯れを起こしている。ミルメルが姿を消した直後からだ。こんな状態にしたのは、ミルメルだと言われている。すぐに逃げた方がいい」


「そんな、ブレザン侯爵家の領地も同じ状態なのですか?」


「ブレザン侯爵家の領地から、始まったのだ。川は涸れて、毎年、王家に出荷していたコメも野菜も枯れてしまった」


「そんな……」


「僕はミルメルとは関係がないと考えているが、ミルメルの両親が、ミルメルがいなくなった頃から土地が変化したと父上に話した。その事からも、ミルメルが土壌を穢して、水源を穢したと言っているのだ。闇属性の闇が、土壌を穢して、その土地から我が国の全土に、穢れが広がっていると言われている」


「そんなの、わたしとは関係ありませんわ」


 あ、でも、わたしが妖精の申し子だったから、この土地が潤い、この国が豊かになっていたとしたら、わたしの責任かもしれません。


 わたしは、もう両親の元には戻らないつもりですし、この国にいれば、いずれは殺される。そうなれは、遅かれ早かれ、この現象は起きるはずだったのですから。


「僕もミルメルとは関係ないと思っているが、父上もミルメルの父上も、ミルメルの責任にしている。誰よりもアルテアが真っ先に、ミルメルの仕業だと進言したのだ。ここにいることが、知られれば捕らえられる。アルテアが父上に報せに走っていれば、直ぐに、ここに騎士が来るだろう。できれば、直ぐに消えた方がいい。祈りで移動ができるならば、移動した方がいい」


「マクシモム王太子、親切に案じていただき、感謝致します。事情は分かりましたわ。では、失礼致します」


 わたしは祈る姿勢をしながら、足下に闇を作り出す。一人分なら、それほど大きくなくても大丈夫なはずだ。


 思った通り、スッと体が消えた。


 行き先は、地下の牢屋だ。


 アイを抱きしめながら、暗い闇を歩く。


 足音はさせないように気をつけて。


 灯りが見えてきた。


 見張りがいるのだろう。


 わたしは自分の姿を闇の中に沈めた。


 闇の使い方を覚えたら、応用もできるようになった。


 わたしは闇と一体化した。


 アイは緊張しながら、わたしの腕の中にいてくれている。


『人が三人』


 アイの声が心の中に聞こえる。


 わたしは闇を深くした。


 灯りが点滅をしている。


「どうした?」


「オイルが切れかかっているのか?」


「新しいランプを持って来いよ」


「ああ、そうする」


 見張りの一人が、新しいランプに灯りを点し、走って行った。


 ここにいるのは、見張りが二人になった。


 わたしは、その見張りに闇の魔力を注いでいく。


 この宮殿に勤めているのは、光の魔術師のはずだ。


 光を闇に染める。


 死なない程度に、魔力を注ぎ込む。


 ダークミストだ。


 大気が闇に包まれて、見張りの二人は、床に倒れた。


 今のうちに、鍵を探す。


 男のベルトに鍵はあった。


 その鍵の束を取ると、わたしは走った。


『ミルメル、奥から二つ目よ』


『ありがとう、アイ』


 アイが場所を教えてくれる。


 わたしは、牢屋の前に立った。


「貴方は誰だ?」


「わたしは、デイジーお姉様の妹になる者です。貴方は、近々、殺されます。ヘルティアーマ王国の国王陛下を含めた国民、全てが闇属性を拒絶しています。光属性の実験台になることは、死を示します。闇属性と光属性は相性が悪いのです。闇属性に光の魔力を与えられると最終的に死にます。それでも、エリン・マスタード侯爵令息、貴方は婚約者がいながら、無駄死をしたいのですか?」


「どうして、その名を」


「初めて話しました。デイジー・テスティスをご存じではないのですか?」


「ああ、名ばかりの婚約者であったな。もう二年ほどになるか?私は神を崇拝したいと思っていた。妖精などいるかどうかも分からぬ者に、祈りを捧げるなど馬鹿げていて、子供の頃から、嫌で仕方がなかった。神を崇拝し、私が教祖になれば、私は国王陛下と同等の力を持つ。いい考えであろう。テスティス王国はアクセレラシオン王子が王太子となっているが、私はアクセレラシオンを好きではない。どこか人を見下した視線が気に入らなかった。ならば、私が布教をすれば、神の存在も広がっていくのではないかと考えておったのだ。アクセレラシオンの姉、デイジーは人懐っこく、人気があった。ならば、デイジーを妻にしたら、デイジー信者も、私の物になると考えた。だから、婚約を申し込んだ」


「デイジーお姉様を愛していたのですか?」


「愛だと?神を崇拝する私は、神その者であるぞ。一人の女性を愛するはずもない」


 愛がないと言われて、悔しくなった。


 デイジーお姉様を罠にかけて、利用しただけだったのだ。


 なんと憎らしい。


 けれど、罰を与えるのは、わたしではない。


 わたしは、鍵を開けた。


 大量にあった鍵だが、わたしに着いてきた妖精が、鍵を探し当てていた。


 わたしは、牢屋の中に入った。


 その時に、アクセレラシオン様が現れた。


「ミルメル、無茶をする」


「アクセレラシオン様、この人は」


「ああ、ミルメルを通して、全て聞いていた。先ずは、戻ろう」


「はい」


 アクセレラシオン様は、エリン・マスタードを闇の鎖で拘束すると、わたしの肩を包み、大きな闇の円を作った。


 到着したのは、国王陛下の執務室だった。


 エリン・マスタード侯爵令息は、呆然と立っている。


「久しぶりだな、エリン」とアクセレラシオン様がエリン・マスタード侯爵令息に声をかけた。


「俺の姉を利用した件について、話しは聞かせてもらった。父上、この男は、どんな神か分からない神を布教して、自分は教祖になり、国王陛下と同等の力を持ちたくて、ミルメルの故郷である、ヘルティアーマ王国に捕らわれていた。来週には死刑にされていた所を、ミルメルが助けた」


「ほう、貴様は、私の大切な娘を利用したのだな?」


「本人がそう言っておりました」


 アクセレラシオン様は小さな妖精を、国王陛下の机の上に座らせた。


「この妖精は、俺の幼い頃から側に仕えていた妖精だ。名は秘密だ。だが、人の声を話す。ミルメルとマクシモム・ヘルティアーマ第一王子との会話。地下でミルメルとエリンが話していた会話を全て記憶しておる。話してくれるか?」


「いいぞ!」


 妖精は人の言葉で、わたしとマクシモム王太子の会話。わたしと地下で話した会話を、全て話した。


「以上だ」


 妖精は、飛び上がると、アクセレラシオン様の肩に座った。


「さて、貴重な話しをしていただき、妖精様感謝致します」


 先ず初めに、国王陛下はアクセレラシオン様の肩に座っている妖精に頭を下げた。


 この妖精だけは、人にも姿が見える。


 初めて妖精を見たエリンは、口をパクパクしている。


 まるで、川にいるお魚のようですわ。


「ミルメル、どうして、こんな害にしかならない男を危険を冒して助けに行ったのだ」


 この部屋には、いつの間にか、王妃様とデイジーお姉様がいらしていた。


「わたしはデイジーお姉様の婚約者の本来の姿を知りたかったのです。デイジーお姉様に愛がないのに、婚約を申し込んだのならば、わたしは許せないと思いました。罰を与えるならば、光の魔術で殺されるのではなく、デイジーお姉様がいるテスティス王国で受けるべきだと思ったのです」


「危険な事をしたことは叱らなければならないが、デイジーの父親としては、感謝する」


「いいえ」


 わたしはお辞儀をした。


「デイジーは、エリンを愛せるか?」


「とんでもありませんわ。わたくしを利用しようとした時点で、不敬ですわ。神とは、どんな神ですの?神にも色々ありますわ。エリンが招いた神は死神だったのではありませんか?やっと辿り着いたヘルティアーマ王国で、喜んで死罪になろうとしていたのですか?死神など、布教されては困りますわ。この国は精霊に愛されております。精霊王もおりますのに、他の神などいりませんわ」


「精霊王など、戯れ言だ」


「勝手に言っていなさい」


「デイジーの言うとおりであるな。国王陛下と同等だと?夢を見るのも大概にした方が良かろう。不敬罪に加えて、反逆罪であるな?」


 エリンは左右に上級刑務官が拘束している。


 そのエリンの顔色は、蒼白になっている。


「どうか、世迷い言だと思い、お許しください」


「デイジーと婚約までした身であるぞ、デイジーの評判も落とし、王家の評判も落とした。責任を取り、国にて罰を与える。マスタード侯爵家もただでは済ませるわけにはいかない。処罰は追って伝える。漆黒の牢へ閉じ込めておけ」


「はっ!」


 国王陛下直属の上位刑務官が、エリンを連れて、部屋を出て行った。


「さて、ミルメル。勝手な行動は許しがたい。まだ魔法も覚えたばかりで、魔力も不安定だというのに、一人で危険な場所に乗り込んで、万が一の事があったら、どうするつもりだったのだ?」


 怒りだしたのは、いつも優しいアクセレラシオン様だ。


「ごめんなさい」


 わたしには、謝罪しかできません。


 アクセレラシオン様が言った事は、全て正しい。


 万が一、アルテアお姉様に光の聖魔術を当てられたら、わたしは死んでいたかもしれない。


 アルテアお姉様が、わたしに魔法をかけたくてウズウズしていたのは、なんとなく気づいていた。


 だから、アルテアお姉様の婚約者であるマクシモム王太子を訪ねたのだ。


 そこに、アルテアお姉様がいたのは予想外であった。


「今回は無事に戻って来られたが、二度とヘルティアーマ王国には行ってはいけないよ」



「はい、会いたい人もいません。二度と行きません。わたしの母国は、テスティス王国になりました。お父様とお母様は、国王陛下と王妃様です。お姉様は、デイジーお姉様です」


「ミルメル、罰として、明日、結婚式を行う」


「罰で結婚式を行うのは嫌です。ご褒美に替えてください」


 わたしはアクセレラシオン様に抱きついていった。


 走って抱きついていったわたしを、アクセレラシオン様は抱き留めて、しっかり抱きしめてくださいました。


「一日でも早く、結ばれなければ、ミルメルをなくしてしまう」


「もう無茶をしません」


「約束をするか?」


「必ず、約束は守ります」


 アクセレラシオン様は、わたしから髪を隠していたストールを取ると、ストールをぽいっと捨てた。


「黒髪を隠すことも許さない」


「はい」


「他の男の元を訪ねるのも許さん」


「はい、でも、マクシモム王太子はアルテアお姉様の婚約者なのよ」


「ミルメルは、まだ人の心の声が聞こえないだろうが、あの男は、姉よりミルメルを愛していた」


「そんなはずはないわ」


「今回は許す。心の声が聞こえるようになったら、分かるだろうが、二度と、ヘルティアーマ王国に行かないと誓うなら、許そう」


「ありがとうございます。ところで、心の声は聞こえませんが、聞こえるようになるのですか?また修行ですか?修行なら、頑張ります」


「聞こえないように修行をしなければ、うるさくて仕方なくなる。修行であるな?」


「うるさいのですか?よく分かりませんが、修行は致します」


 わたしは一生懸命に、アクセレラシオン様にしがみつき、素直に返事を返していく。


「アクセレラシオン、そろそろご褒美にしてやったらどうだ?ミルメルがこの国から出て行った事にすぐに気づいて、後を追っていたではないか?ミルメルがどんなに不安に思って出て行ったのか、その仔猫を見れば分かるであろう。肌身離さず、まだ抱いておる。それほど、まだ怖くて、不安だったのではないか?」


「国王陛下」


 わたしは、優しい国王陛下のお言葉に、アイをギュッと抱いていたことに気づきました。


 アクセレラシオン様はアイの名前を皆さんに知らせないように、話しておいでです。


 アイも猫の鳴き声を出しております。


 わたしにはちゃんと言葉は聞こえますけれど。


「ミルメルをよく守ってくれた」


「にゃぁ(わたしの任務でございます)」


「では、戻ってもいいよ」


「にゃぁ(畏まりました)」


「ミルメル、さあ、離してあげなさい」


「ありがとう」


 わたしはアイを床に下ろして、乱れた毛並みを撫でて治した。


「にゃぁ(どういたしまして)」


 仔猫はスッと姿を消した。


「ミルメル、私からはお礼を言いたい。デイジーのために勇気を出してくれて感謝する。それから、私の事を父と呼んでくれた事が嬉しい。お父様でも父上でも父様でも好きな呼び方で呼びなさい」


「はい、ありがとうございます」


「ミルメル、私を母と呼んでくれて嬉しかったわ。今日のお茶会で、不快にさせてしまったのに、デイジーのために勇気を出して、馬鹿な男をこの国で裁かせてくれる事を感謝します。

 私は魔術も使えません。妖精の声も少し聞こえるだけなのよ。ミルメルを見ていたら羨ましくなってしまったのよ。でも、我が子にそんな力があるなら誇らしいわね。私の事もお母様でも母様でも母上でも、好きなように呼んでくださいね。本当の親子になりましょう」


「ありがとうございます」


 わたしは、頭を下げた。


「ミルメルちゃん、まさか、ミルメルちゃんがエリンの元に行くとは思っていなかったのよ。わたくしのために命をかけてはいけません。ミルメルちゃんはわたくしの、本当の妹よ。とっても心配していたのよ」


「デイジーお姉様」


「怪我はしてないわね?」


「はい」


「もう無茶は駄目よ」


「もうしません」


「クレラ、わたくしのミルメルちゃんを虐めたら、許しませんからね」


 アクセレラシオン様は、笑っている。


「ミルメルは、そもそも、俺の妻だ」


「わたくしの妹よ。泣かせたら、許しませんから」


「ああ、分かった」


「では、ご褒美をあげてくださいな」


 デイジーお姉様は、わたしの背中を押して、アクセレラシオン様の胸に戻した。


 わたしはアクセレラシオン様のお顔をじっと見る。


 ごめんね。


 もう危ないことはしないわ。


「もう危険な事はしないでくれ」


「はい」


 アクセレラシオン様は、今度は優しく抱きしめてくださいました。


 やっとホッと力が抜けてきました。


「では、父上、ミルメルは疲れているようです。今にも眠りそうですから、部屋に戻ります」


「ああ、おやすみ」


 おやすみなさいと言う前に、自室にいた。


 わたしはアクセレラシオン様を見上げた。


「わたしもおやすみなさいって言いたかったのよ」


「俺は、ミルメルにキスをしたかったのだ」


 アクセレラシオン様は、わたしを抱き上げて、ソファーに座ると、唇を合わせて、優しいキスをしてくださいます。


 甘い魔力が注がれてきます。


 疲れた体が癒やされていきます。


 もっとちょうだい。


 わたしは自分が思っていた以上に疲れていたようです。


 アクセレラシオン様にしがみついて、必死に魔力をもらいました。


 部屋の中にトルソーがあり、黒衣のドレスが飾られています。


 目の端で、それを見つけたら、嬉しくて、アクセレラシオン様の胸を押さえて、ドレスを見ました。


「わたしのウエディングドレスですか?」


「ああ、大至急作ってもらった。ミルメルは自由にしておくと何をするか想像も付かない」


「心が読めるのに?」


「突拍子もない事をし始める。急いで動いても、間に合わせるのは難しい」


「そういえば、言葉の話せる妖精がいるのね?わたしにもいるのかしら?」


「ああ、ミルメルはまだ気づいていないのだな?ミルメルが生まれた時から、片時も離れたことのない妖精が、ここに」


 アクセレラシオン様は、わたしの頭の上から両手で掬うようにした。


 その掌の中に、わたしに似た妖精が眠っている。


「妖精の申し子は、妖精王と結ばれて、本来の力を発揮するが、どうやら、ミルメルの子は、ミルメルの幼い頃から力を発揮していたようだ。この子と俺の子は繋がっている。ミルメルが生まれた時も俺は分かった。俺の子がミルメルの子を探していた。ミルメルが生まれた頃から、あの洞窟の前に俺を連れて行った。だが、俺も幼かった。魔力の制御、魔術を覚えてからでは、あの洞窟の中に入ることは不可能だった。ミルメルの泣き声がよく聞こえていた。俺は焦っていた。早く魔術を使いこなさなければ、俺の大切な人を亡くしてしまうと。ミルメルの子と俺の子が対面したのは、ミルメルが6歳の誕生日の時だ。名前を教えてもらった。ミルメルがどんな生活をしているのかを知った。だが、誘拐をすれば、国同士の争いごとになる。それは避けなければならない。ミルメルに声をかけていたのは、俺の子だ。俺は遠隔で洞窟を守っていた。俺の子とミルメルの子は、既に繋がっていた。だから、声が聞こえたはずだ。その声に応えてくれるのを待っていた。ミルメル自身が、洞窟の中に入る勇気を持たなければ、会うことは難しい。2年かけて、経路でヘルティアーマ王国を訪ねるのは、国柄難しい。万が一、洞窟に入ってこなければ、俺が入っていくつもりだった。だが、16歳の誕生日に、ミルメルは自分で洞窟に入ってくれた。ミルメルを案内したのは俺の子だ」


「妖精は何人かいたわ」


「俺の子は、妖精王の付き人となる。名は直に分かるだろう。俺の付き人は、妖精の中で特別な力を持った妖精だ。その妖精を守るための妖精もいる。ミルメルの子はミルメルの付き人となる。妖精の申し子は、妖精王と会うまで覚醒しないが、ミルメルは闇の魔力も強かったが、妖精の力も強かった。ミルメルが住んでいた地域は、土壌も肥えて、水も抱負にあったはずだ。だが、ミルメルが国から出て行った今は、以前とは違うと思う。マクシモム王太子が言っていた事が全てだ。国は衰えて行くだろう。ミルメルに関係があるともう気づいている。負の方向に進めば、ミルメルは殺される。崇められれば、国は栄える。だが、俺はミルメルを手放すつもりは微塵もない。やっと巡り会えた相手だ。これからは、俺と、精霊王の妻として、生きて欲しいのだ」


「はい、生ある限り、共にいさせてください」


「共にあろう。精霊王は滅多な事がなければ、不死だ。前王がどうして精霊王を辞めたのかは俺には分からないが、俺はミルメルを初めて見た時から、共にあろうと思っていた」


「ありがとう」


 アクセレラシオン様は、疲れ果てて、眠っているわたしの子を、わたしの頭に戻した。


 そこが、この子のベッドだったのなら、ずっとそこで眠らせてあげたい。


「明日は地下神殿で結婚をしよう。ミルメルは結婚をしたら、いろんな事が変わると思う。慣れるまでは、ゆっくりするといい」


「大変なのですね?」


「だが、幸せだと思えるはずだ」


「はい、楽しみにしています」


「眠るか?まだ起きていられそうなら、食事をするか?それとも風呂に入るか?」


「魔力をいただいたので、目が覚めました。食事もお風呂も入りたいです。そうだわ、頭の上で眠っている妖精は、お風呂の時は大丈夫かしら?」


「湯にでも浸かっているかもしれぬし、一緒に泡まみれでいるかもしれん」


「普通にお風呂に入っても大丈夫なのね?」


「ミルメルの子は賢い。妖精は自由に生きておる」


「良かったわ、お湯で流されたら、可哀想だと思っていたのよ?」


「では、先に食事にしよう。ダイニングに行くか?それともここで食べるか?」


「ダイニングに参ります」


「では、行こうか?」


「はい」


 わたしは、アクセレラシオン様の腕にしがみついた。


 愛おしい人と、共にある事はとても幸せだ。


 わたしの祈りは叶った。


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