第25話 デイジーお姉様の婚約者 (1)
今日の練習は、アクセレラシオン様が驚くほど、完璧に課題を熟すことができた。
わたし自身も実は、驚いている。
昨日は初めてだった事を含めても、全てにおいても完璧に真似をしなければと緊張していたのがよくなかったのだろうと思えた。
自分なりに理解した物を、自分の理屈で考え直して、再現してみたら、そんなに難しくはなかった。
ドッペルゲンガーも色つきで再現できた。
自分自身もアクセレラシオン様のお姿も、鏡を見ているように、そっくりの姿ができた。
「これは驚いた」
「わたしも驚いたわ」
「ナイフは怖かったら、花でも目眩ましになる。ナイフにする必要はないよ」
「どちらも使えたら、なんだか得した気分ね」
「それにしても、ミルメルは魔術の天才か?」
「とんでもないわ。昨日は魔力の爆発を起こした張本人よ」
「だが、魔力を教えたのは、昨日が初めてだぞ」
「それなら、魔力を教えたアクセレラシオン様の教え方がよかったのよ」
わたしはクスクスと笑う。
「なんて賢い婚約者だ。誇りに思うよ」
なんて、嬉しいことを言ってくれるのでしょう。
わたしも最高な婚約者を手に入れたと思っているのよ。
山の練習場で、アクセレラシオン様がわたしを抱きしめてくださいます。
何よりのご褒美よ。
わたしを愛してくれるお方が、わたしを抱きしめてくれるんですもの。
ずっと幼い頃から、欲しくて、願い続けてきた人が目の前にいるんですもの。
とても魅力的で、格好よくて、優しくて、声も素敵なの。
命が尽きるまで、わたしはアクセレラシオン様を愛していくわ。
アクセレラシオン様が頬を染めていらっしゃいます。
わたしの心の中を覗きすぎなのよ。
『大好きよ』そう心の中で囁くと、アクセレラシオン様は、わたしにキスをくださいました。
なんて優しいお方でしょうか。
わたしの願いが叶ったのです。
妖精達が、わたしとアクセレラシオン様の周りを飛んでいます。
カラフルなお花を舞い散らせながら、祝福をしてくださいます。
なんて可愛い妖精達でしょうか?
わたしは神様を信じていませんでしたけれど、いつかわたしを救い出してくださる王子様の存在は信じていました。
本当に現れてくれて、心の底から感謝します。
「今日は戻ろうか?」
「はい、わたしがダークホールを作りますね。庭園にあるガゼボがいいかしら?お部屋だとマローとメリアがお部屋の片付けをしているかもしれないわ」
「どこでも構わないよ」
「では、いつもお茶を飲んでいるガゼボに致しますね」
闇の魔力は、以前より早く集められるようになった。
漆黒の丸い円ができた。
アクセレラシオン様はわたしと手を繋ぎ、漆黒の丸い円の中に飛び込んだ。
現れたのは、王宮の庭園にあるガゼボだった。
そこには、先客がいた。
「まあ、ミルメルとクレラじゃない。どこに行ってきたの?」
「母上、デイジーお姉様、お茶のお時間にお邪魔を致しまして申し訳ございません。魔術の練習に森の奥に行っておりました」
「クレラ、ミルメルに魔法を教えて、戦わせるつもりではないでしょうね?」
「母上、姉上、護衛のために少しだけ教えているだけです。しかし、ミルメルは戦士のように戦いのセンスがあります」
「昨日は魔力の爆発を起こさせて、その翌日まで練習をさせるなど、厳しくはないですか?」
「練習を頼んだのは、わたしですわ。王妃様」
「この国は平和ですから、戦士のような訓練をする必要はありませんよ」
「はい。王妃様、昨夜は魔術の制御ができず、ご迷惑をかけました」
「ミルメル、堅苦しいわ。お母様もそんなに叱ったら、お顔に皺ができますわよ」
「デイジー、貴方は、もう母様をからかうのはおよしなさい。貴方が歳を重ねた分、母様も歳を重ねたのよ」
「お母様、失礼致しましたわ。お詫びに、お母様のお好きなチョコレートを、どうぞ、召し上がって機嫌を直してくださいね」
「まったく、デイジーったら」
デイジーお姉様は、チョコレートの箱の中から、ナッツの飾りが付いたドーム型のチョコレートを、チョコレートを摘まむための器具を使って、お皿に載せた。
「母上の好物なんだよ」とアクセレラシオン様が耳元で囁いた。
チョコレートをこの国に来て、初めていただいたけれど、確かに、美味しい物だった。
王妃様が好物のチョコレートは、食べないように気をつけなければ、嫌われてしまったら、大変です。
「貴方達もお茶を飲んでいきなさい」
「そうね、折角ですもの」
王妃様とデイジーお姉様の側仕えが、既にお茶の準備をしている。
「では、少しお邪魔をいたします」
アクセレラシオン様はわたしの手を引いて、椅子に座らせてくれた。
「どのチョコレートが食べたい?」
「どれでも構いませんわ。どれも美味しいし、初めて見る物ですもの」
「では、姉上の好物を一つと、母上の好物を一つ、いただきますね。ミルメルは好物だと知ると遠慮をしますので、好物を食べても叱らない姿を見せてください」
なんと言うことを、アクセレラシオン様はおっしゃるのでしょう。
わたしが慌てていると、王妃様もデイジーお姉様も「勿論です」と、わたしのお皿を、チョコレートでいっぱいにしてくださいました。
「どのチョコレートも美味しいわ。好物は自分で食べて作って行くのよ。重なってしまった時は、そのチョコレートを二つ用意すればいい事よ」
デイジーお姉様はそう言いながら、お皿をわたしの前に置いてくださいました。
アクセレラシオン様のお皿には、たった一つしか載っていません。
「アクセレラシオン様、もっと食べないのですか?」
「食べた後で、またいただくよ。箱がちょうど空になったようだ。今、準備をしているだろう」
「それなら、わたしの物を食べて待っていましょう」
お皿をアクセレラシオン様の前に置くと、デイジーお姉様が「直ぐに出てくるわ」と笑っている。
「クレラにも好物があるのよ。出てきた箱から取ってあげればいいのよ」
「好物ですか?」
「ミルメルと半分にしてみるか?ミルメルも好きな味なら、今度から、チョコレートを半分にして食べれば、もっと美味しくなる」
「では、このお皿のチョコレートも半分に致しましょう」
「ミルメルちゃん、遠慮はいらないのよ。たくさんお食べなさい」
デイジーお姉様は、自分のお皿のチョコを摘まんで、口に運ぶ。
「ミルメルもお食べ」
アクセレラシオン様は、わたしの口の中にチョコレートを一つ入れた。
甘いお味が口の中に広がる。
「美味しいです」
「そうでしょう。遠慮はいらないのよ。たくさん、お食べなさい」
「はい」
アクセレラシオン様もチョコレートを食べて、お茶を飲んだ。
デイジーお姉様がおっしゃったように、チョコレートは直ぐにテーブルに並べられた。
アクセレラシオン様の好物のチョコレートをご自身で取り、魔力で半分にしてくださった。
「ミルメル。俺の好きな味だ。口を開けてごらん」
口を開けると、半分のチョコレートが、口の中に入った。
苦い味がする。
「苦いです」
「そうか、ミルメルの好物にはならないようだ」
わたしは、なんどか頷いた。
わたしには、苦すぎて、甘いチョコレートが食べたくなる。
「カカオが大量に入れられた、俺専用の特注品だ。俺は甘いチョコレートはあまり食べないからな」
「そうなのですね。わたしは甘いのが好きです」
「チョコレートは精神が安定する。精神が安定すると魔力も安定する。ゆっくり食べなさい」
「はい」
「俺は、どうやら仕事があるようだ。部下が呼びに来ている」
メイドの後ろに、軍服を着た男性が一人立っていた
「お茶会が早く終わったら、部屋に戻っていなさい」
わたしが見ると、軍服を着た男性は、わたしに?お辞儀をした。
王妃様やデイジーお姉様にしたのかもしれませんけれど、二人からは軍服の男性は見えていたはずだ。
アクセレラシオン様は背後にいる部下の存在も分かるのかしら?
そう思っていると、アクセレラシオン様の肩に妖精が立って、耳元で話しをしていた。
なるほど……。
アクセレラシオン様の周りには、たくさんの妖精という視覚があるようだ。
「はい、分かりました」
わたしの肩にも、妖精が座りました。
どうやら、見張りを言い渡されたようです。
さすが、妖精の王様です。
「母上、姉上、ミルメルをお願いします」
「行ってらっしゃい」
二人は、ヒラヒラと手を振っている。
妖精が、数匹、アクセレラシオン様の後を追いかけて飛んでいく。
他の妖精は、わたしのカップに掴まり、紅茶を飲んだり、チョコレートを食べたりしている。
妖精の長閑な姿を見ていると、心が和む。
妖精は、わたしが花を舞わせたのが楽しかったのか、カラフルな花を浮かせて、花を舞わせている。
「ミルメルちゃん、もしかしたら、ここに妖精がいるのかしら?」
「はい、掌くらいの大きさの妖精が、20匹くらい、遊んでいます。お茶を飲んだり、チョコレートを食べたりしている子もいますけれど、小さな花を舞わせて遊んでいます」
「花を舞わせるの?」
「今朝、目を覚ました時に、わたしにできた物ですけれど、それ以来、妖精達が真似をしているのです」
「まあ、ミルメルちゃん、花を舞わせることができるの?」
「はい」
「見せて」
「いいのですか?」
「是非、見てみたいわ」
デイジーお姉様は、ワクワクしたお顔をしている。
妖精のお姿は見えないので、楽しみなのだろう。
そういえば、王妃様はお声が聞こえると最初に聞いた事があったような?
妖精達は、特別な事は言ってない。
ただ、お茶が美味しいとか、チョコレートをもっとちょうだいとか……喜んでいる。
「では」
わたしはカラフルな花を浮かせていった。
妖精達は喜んで、花にしがみつく。
落ちないように、魔力の調節をしながら、20個ほどの花を浮かせて、花を舞わせた。
王妃様もデイジーお姉様も珍しい物を見て、「綺麗ね」と喜んでいる。
褒められると嬉しくなる。
もっと花を増やそうとしたら、
「疲れるでしょう。もういいわよ。我が儘を言ってごめんなさいね」
「いいえ」
花は地面に落ちていき、消えていく。
王妃様に慌てて、止められて、なんだか、悪い事をしてしまったような気分だ。
もしかしたら、アクセレラシオン様がいない場所で、魔術の暴走を起こしたら危ないと思ったのかもしれない。
昨日は魔術のコントロールを失い、魔力の爆発を起こしたばかりだ。
危険よね。
それに、魔術は人に見せる物ではないのだと反省した。
王妃様もデイジーお姉様も魔術は使えないと言っていた事を思い出した。
出過ぎた事をしてしまったのかもしれない。
妖精がしがみつくチョコレートを口に運び、甘い味に癒やされる。
口元から妖精が飛んでいく。
その後、会話が途切れてしまった。
なんだか、居心地が悪くなって、王妃様が、お開きに致しましょうと言われて、お茶会は終わってしまった。
「ミルメル、これをお部屋に持って行きなさい」
「王妃様、ありがとうございます」
王妃様に、新品のチョコレートの詰め合わせをいただいた。
「よかったわね、ミルメルちゃん」
「デイジーお姉様、ありがとうございます」
「お部屋まで、わたくしが送って行くわね。いいですね?お母様?」
「きちんとお部屋まで送ってちょうだいね。ミルメルはクレラの大切な人ですから」
「分かりました。行きましょう」
「はい」
デイジーお姉様が、わたしの部屋に送ってくれるそうです。
「ミルメルちゃんの結婚式の方が早くなりそうね」
「はい、ドレスができたら、結婚式を挙げるとアクセレラシオン様がおっしゃっていましたから」
「わたくしの婚約者は、今、旅に出ているのよ。闇の属性持ちは嫌われる事が多いから、とても心配なのよ」
「どこの国に出掛けているのですか?」
「いろんな国を巡回すると言っていたわね。今はどこの国にいるのかしら?」
「ずっと会えていないのですか?」
「そうね、彼は、教祖になろうとしているの。この国に神はいないとされているのよ。地下神殿は行ったことがあるかしら?」
「はい、魔法の練習のために行きました」
「テスティス王国は、昔から妖精に愛された国です。人々は神様ではなく、妖精に祈りを捧げます。街にも神を奉る教会はありません。妖精を奉る教会はありますけれど、我が国では、妖精に愛される者は幸せになれると言われています。ですが、彼は、妖精を否定しているのです。なので、神と呼ばれる教祖になるために、神がいると言われているヘルティアーマ王国の教祖に弟子入りに行ったのですけれど、ヘルティアーマ王国は、闇属性を拒絶していますから」
「ヘルティアーマ王国では、闇属性は生きづらい国だと思います。わたしは、犯罪者と共に修道院に入れられ、犯罪者と同様に、いつかは殺される運命でした。その国に行くなんて、命知らずだわ」
「やはり、そうね。妖精を拒絶し、神こそ崇拝すべきだと言い、自分こそ教祖になるべきだと言う彼を批判する者は多くいたの。出会った頃は、そんなこと言った事もなくて、お父様もわたくしの結婚を喜んでくださいましたけれど、わたくしと正式に婚約発表を終えてから、彼は突然、変わってしまったのですわ。お父様も説得してくださったのですが、妖精の存在を否定して、この国では不確かな神という存在を崇拝しておりました。誰も彼を信頼しておりませんでしたわ。婚約をした王家を悪く言う者も出てきました。同時にわたくしの友人達も離れていきましたわ。信仰している妖精を悪く言うなんて、それこそ神を冒涜することと変わりませんわ。異国では、教祖は国王陛下と同等の力を持つと、本で読んだ事がありますの。彼は、わたくしと婚約した事で、国王陛下と同等になりたかったのかもしれません。わたくしと婚約した事も教祖になるためだったかもしれませんわ。どうしても教祖になりたいと書き置きをして出て行ってしまったの」
「複雑で、心配ですね」
「ええ、万が一の場合、もう二度と会えないかもしれないと言われていますの。お父様はこの結婚を白紙にした方がわたくしの為だと言っているのよ。わたくしも、洗脳されたように、いきなり教祖になりたいと言い出した彼の心境も理解できないのよ。先ほどもお父様に呼び出されて、正式に婚約解消の話しがありました。その後、お母様とお話をしていたのですわ」
「大切なお話の途中にお邪魔しまして、申し訳ございません」
「いいのよ。もう話すこともなくなっていたところでしたもの」
デイジーお姉様は、沈んだお顔をしております。
婚約者が、自分を利用して、成し上がろうとしていると思えば、そこにはあるのは欲ですもの。
本来あるべき、愛がありません。
悲しくなってもおかしくはありません。
王家にとっても、良くない話です。
婚約を継続してきたのは、国王陛下がデイジーお姉様のお心を案じての事でしょう。
あまりにデイジーお姉様が不憫ですわ。
「ヘルティアーマ王国までは、あの山の洞窟を使ったのですか?」
「あの洞窟は、クレラが勝手に魔力で維持していた物ですから、わたし達家族しか知りません。わたしも彼に心を入れ替えて欲しかったので、話してはいません」
「デイジーお姉様は、彼を好きですか?」
「そうね、わたくしは、捨てられたような気分になりましたわ。もうお顔も思い出せませんわ。婚約解消も受け入れてもいいと考えていますの」
「彼のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「エリン・マスタード侯爵令息よ。国を出て、もう二年くらいかしら?」
「そんなに?」
「この国から、ヘルティアーマ王国までは、歩けば二年近くかかると言われています」
「洞窟の存在がなければ、わたしはこの国に来ることもできなかったのですね」
「そうね、クレラは、信じていたようだわ。魔力を大量に使って、洞窟の維持をして、ミルメルちゃんを待っていたのですから」
「もっと早く、来ればよかったわ。声はずっと聞こえていたのに。聞こえないふりをし続けていたの」
「そう、声が聞こえていたのね。やはりミルメルちゃんは、クレラの運命の相手ね」
「わたしが、探しに行きましょうか?」
「駄目よ。危険すぎるわ。クレラを悲しませる事はできません。ミルメルちゃんは、普通のお嫁さんではないのよ。クレラが生まれた時に、お告げがあったの。妖精の申し子が生まれると。クレラとミルメルちゃんは、ミルメルちゃんが生まれる前から、結ばれる運命だったのよ。ミルメルちゃんが見つかって、わたくし達は喜んでいるの。精霊王のクレラが、一生を共に過ごす相手が見つかってよかったと」
「デイジーお姉様は、婚約者に会えなくて、このまま破談になっても後悔はないのですか?」
「わたくしより、教祖になることを求めた男ですもの。結婚しても、きっと幸せになれないわ」
デイジーお姉様は、どこか吹っ切れた顔をなさった。
国王陛下と王妃様とお話をして、決断されたのかもしれません。
デイジーお姉様とアクセレラシオン様は年子ですから、結婚適齢期ですわ。
女性なら、遅いくらいですわね。
「さあ、お部屋に到着しましたわ。ゆっくり休んでいなさい」
「はい、デイジーお姉様、ありがとうございます」
わたしは、デイジーお姉様にお辞儀をすると、部屋に戻りました。
あら、珍しいわね。
マローとメリアがいません。
洗濯物を片付けているのかもしれないわね。
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