第22話 魔力の枯渇
体が温かくなって、わたしは目を開けた。
アクセレラシオン様と白衣を着たコスモス医師が立っていた。
「目が覚めたようだ。目は眩しくないか?」
「眩しくありません」
「怪我は治したが、魔力を暴走させないように、気をつけなさい」
「はい」
「コスモス医師、ありがとうございます」
「アクセレラシオンも、怪我をしないように気をつけなさい」
「はい」
アクセレラシオン様は、コスモス医師にお辞儀をした。
わたしも起き上がって、お礼をしなくてはと思ったけれど、体が動かなかった。
どうしてしまったのだろう?
コスモス医師は部屋から出て行った。
「ミルメル、気分はどうだ?」
「わたし、また魔力の暴走を起こしたのね?ごめんなさい。アクセレラシオン様も怪我をしたのね?本当にごめんなさい」
「気分はどうか聞いているんだよ?」
「うん」
わたしは自分の手を持ち上げた。
とても重い手だ。
自分の体の一部だとは思えない。
ドレスの袖が裂けて、ドレスに血が滲んでいた。
重い手をベッドに投げ出す。
アクセレラシオン様の素敵な洋服も、服が裂けて血が滲んでいた。
わたしが作ったナイフが、アクセレラシオン様を傷つけてしまったのだろう。
初級魔法なのに、ナイフを浮かせて飛ばすこともできない。
情けない。
大切な人を傷つけたくないのに、わたしが一緒にいると傷つけてしまう。
わたしは、どうしたらいいのかしら?
大切な人を守る力は欲しいけれど、その力を使う事で大切な人を傷つけてしまうなら、こんな力など要らない。
「もう、魔法は使わなくてもいい」
アクセレラシオン様にそう言われて、わたしは泣きたくなった。
わたしは、要らない子?
初級魔法すら使えない、役立たず者だから、不要になったの?
尊いアクセレラシオン様を傷つけてしまうから、もう、ここにいたらいけないの?
「ミルメル、そうじゃない」
「心を読まないで」
わたしはアクセレラシオン様に背を向けた。
苦しい。
少し動くだけで、どうして、こんなに苦しいの?
呼吸をするだけで、苦しい。
「先ほどは、ミルメルは魔力の爆発を起こしたのだ。直ぐに、それを止めた。怪我はコスモス医師に治してもらったが、魔力が枯渇しておるのだ。苦しいのも力が入らないのも、魔力不足だ」
「暴走するより、魔力不足の方がいいわ。誰も傷つけないもの」
「今日は一度に、色々教えすぎた。あまりに覚えがいいから、調子に乗っていたのだ。暴走し魔力の爆発まで起こしたのは、俺の教え方が悪かったのだ。自分を責めるな」
「デイジーお姉様のドレスを台無しにしてしまったわ。お詫びをしなくては」
「そのドレスは、もうミルメルの物になったであろう?」
「でも、きっとお気に入りだったはずよ」
「では、姉上にドレスをプレゼントすれば気が済むのか?」
「……どうかしら?それで、許していただけるかしら?嫌われてしまったら、わたしはどこに行けばいいのかしら?」
「姉上は、そんな些細な事で怒りはしない」
「でも、わたしのお姉様は、ほんの些細な事で怒っていたわ。毎回、外の物置に閉じ込められて、食事ももらえなくなったわ。怖いのよ、あの暗闇が、あの孤独が、誰にも愛されないことが……」
涙がポロポロ零れていく。
目覚める前に夢を見た。
幼い頃に実際に起きたことだ。
あまりにもショックで、わたしはこの夢を何度も見る。
誰も味方のいないわたしは、いつも孤独で、いつも寂しくて。
「この国には、ミルメルの姉上はいない。家族もいない。ミルメルの心を傷つける者はいない」
アクセレラシオン様が背中を撫でた。
アクセレラシオン様が触れた場所から、アクセレラシオン様の魔力が流れ込んでくる。
「嫌、魔力を入れないで」
「しかし、ここまで消耗したら、発熱してしまう」
「いいのよ。暴走するよりマシよ」
わたしはアクセレラシオン様の優しい手を拒んで、ベッドの端の方まで、転がって移動した。
「今は、一人になりたいの」
「一人でいることは嫌なのだろう?心が寂しいと言っておるのに、どうして拒むのだ?」
「一人で反省したいの」
「なんの反省だ?ミルメルは、俺が言うようにやってみただけだ。教え方が悪かったのだ。悪いのはミルメルではなく俺だ」
「アクセレラシオン様は、悪くないの。言われたようにできないわたしが悪いのよ」
「それならば、二人で反省会をしよう」
「二人で反省会?」
「俺は教え方が悪かったと思っている。ミルメルは、上手く魔力を扱えなかったから、反省をしたいのだろう?」
「わたし、アクセレラシオン様を傷つけてしまったわ。その事が一番辛いの。わたしが近くにいたら、同じ事が起きるかもしれない。わたしはアクセレラシオン様から離れた方がいいと思うの」
「それは、絶対にさせない」
アクセレラシオン様は、わたしを強引に抱きしめた。
幼い頃、メイドがわたしを抱えた抱き方とは違う。
優しく包み込んでくれる。
わたしがそうして欲しいと思っていた方法で、わたしを包み込んでくれる。
なんて、幸せだろう。
アクセレラシオン様は神様より尊い人だと思った。
「ミルメルは俺の妻にすると言ったな?忘れてはいないな?」
「でも、わたしが一緒だと危険だわ」
「危険がないようにするのが、俺の勤めだ」
「はい」
「恐れるな。俺を神以上の存在だと思えるのなら、俺を信じろ」
「はい」
「魔力を与えるよ?発熱したら、体が弱ってしまう」
「うん」
アクセレラシオン様は、わたしを抱きしめたまま、ベッドに横になった。
背中を撫でられ、甘美な魔力が少しずつ、体内に送られてくる。
いつもアクセレラシオン様の魔力は、優しくて、甘くて、温かで、気持ちがいい。
呼吸が楽になってきた。
「キスをするよ?」
「うん」
唇が重なって、舌が絡み合う。
徐々に強い魔力が送り込まれてくる。
枯渇していた魔力が、注がれていく。
わたしは魔力を注がれながら、泣いていた。
こんなに優しい人を傷つけてしまった事が悲しくて仕方がなかった。
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