第21話 みそっかすのミルメル

「ちょと、ミルメル、わたくしのドレスを汚してただで済むと思っているの?」


「アルテアお姉様、すみません」


「謝れば、直ぐに許されると思っているの?」


「違うの。汚そうとしたんじゃないの。守ろうとしたの。でも間に合わなかったの」


「何よ、言い訳?」


「本当に、違うの。急に風が吹いてきて、洗濯物を干す、物干しが倒れそうになったのを見つけて、走ってきたの。受け止めようとしたら、転んでしまったの」


「それは、本当の事なのね?確かに、物干しは全部倒れているわね」


「アルテアお姉様のお気に入りのドレスですもの。汚したらアルテアお姉様が悲しむと思ったの」


「もういいわ。そんなに汚れて、スカートの裾は破れているんですもの。そんなドレスは着られないわ。捨ててちょうだい」


「ごめんなさい。もう少し早く走れたら、転ばなかったら、ドレスを守ることができたはずよ」


「みそっかすのミルメルに、ほんの少しも期待などしてないわよ。物干しが倒れても、ドレスは汚れて、きっと破れていたわよ。目障りだから、焼却場に捨ててらっしゃい」


「はい、アルテアお姉様、今すぐに行ってきます」


 わたしは立ち上がって、フリルのたくさんあるドレスを抱えた。


 まだ幼い身で、フリルのたくさんあるドレスを抱えるのも大変で、立ち上がったら、裾を擦ってしまった。


 もっと汚してしまうと思って、ドレスをぎゅっと抱きしめた。


 もっと身長があれば、もっと腕が長ければ、そもそも、もっと早く走れたら、ドレスを守ることができたはずなのに。


 アルテアお姉様、ごめんなさい。


 わたしには持っていない素敵なドレスだった。


 綺麗で、キラキラしていて、可愛いリボンが付いていて、羨ましかったドレスを焼却場に捨てるの?


 洗って、繕えば、まだ、きっと着られると思うわ。


「アルテアお姉様、このドレス、綺麗に洗ってもらいましょう。破れた裾を繕ってもらいましょう。わたし、このドレス、とても好きだったの。アルテアお姉様にもとても似合っていたもの」


「このわたくしに、破れたところを繕ったドレスを着ろと言うの?なんて恥知らずなのかしら?」


「でも、破れたところは、きっと目立たないわ。わたしのドレスより綺麗なのに、捨ててしまうなんて、勿体ないわ」


「それなら、そのドレスは、ミルメルにあげてもいいわ」


「アルテアお姉様、いいのですか?」


「いいわよ」


「ありがとうございます」


 わたしは、アルテアお姉様にお辞儀をした。


 アルテアお姉様は、本当にドレスに興味がないのか、さっさと離れていった。


 わたしは、アルテアお姉様の背後を見送った。


 わたしとアルテアお姉様は、双子。


 先に生まれたので、アルテアお姉様が長女になったのだと、お父様が言いました。


 お母様は、わたしを嫌いだとおっしゃって、わたしと一緒に食事はしてくださいません。


 お話もしてくださいません。


 わたしは要らない子だったとお母様が、おっしゃっていました。


 お話は、時々、アルテアお姉様とお父様としますが、話し相手はいません。


 なので、独り言が増えています。


 アルテアお姉様のお姿が見えなくなったので、わたしは、お部屋に戻ろうとしましたが、わたしの手を、メイドが掴んでいます。


 痛いので、もっと優しく掴んでください。


 あなたは大人でしょう?


 わたしは、小さな子供よ?


「ミルメル様、貴方は、なんて悪戯をしたのでしょう。物干しを全部倒してしまうなど、なんと悪質な悪戯をなさるのですか?この事は奥様にお伝えしなくてはなりません」


「違うの。風が吹いて倒れてしまったの」


「どうして、アルテア様のドレスを持っていらっしゃるの?」


「アルテアお姉様の大切なドレスを守ろうとしたのですけれど、転んでしまったのです。汚れて、少し破れてしまったの。アルテアお姉様に謝罪したら、このドレスをくださると言ってくださいました」


「本当かしら?」


「ドレスが欲しくて、物干しを倒したのかもしれませんわ」


 メイド達が騒いでいるけれど、


「物干しは、風が吹いて、倒れてしまったの」


「取り敢えず、奥様にお伝えしましょう」


「待って、違うの」


「ミルメル様、さあ、こちらにいらしてください」


 そんなに引っ張ったら、ドレスが地面を擦ってしまって、益々、汚れてしまうわ。


「ドレスが汚れてしまうでしょう?」


「それなら、そのドレスは私が持ちましょう」


 ドレスはメイドが持った。 


 背の高いメイドは、さっさとドレスを畳んでしまいます。


 まだ小さなわたしは、メイドに手を引かれて、本宅のサロンに連れて行かれました。


 転んだ時に擦りむいた膝小僧から血が出ていますけれど、メイドは洗ってもくれません。


 ズキズキと痛みますが、我慢します。


 メイドに言っても、怪我の処置などしてくれた事はありません。


 我慢するしかないのです。


「奥様、先ほど、洗濯物を干していた物干しをミルメル様が倒してしまい、アルテア様のドレスが汚れ、破れてしまったようです」


 お母様が近づいてきました。


「ドレスを広げていなさい」


「畏まりました」


 メイドはアルテアお姉様のドレスを広げて、お母様に見せています。


「土埃だけでなく、血まで付いて、汚らしい。破れたドレス等、アルテアに着せられませんから、それは廃棄してください」


「畏まりました」


「ミルメル、悪戯はいい加減になさいと言っているでしょう。ドレスが欲しくて、物干しを倒したのね?」


「違います。お母様、風が、強い風が吹いて、物干しが揺れていたのです。アルテアお姉様のお気に入りのドレスが見えたので、大変だと思ったのです。急いで走って、ドレスを守ろうとしたのですけれど、転んでしまったのです」


「そんな戯れ言を誰が信じますか?今日は晴天ですわ。強い風など吹いてはいませんでしたわ。嘘をつく子は、食事はなしです。反省するまで、外の物置に入れておきなさい」


「お母様!」


「畏まりました」


 メイドの力強い手が、わたしを掴んで抱えます。


「ドレスは燃やしてしまいなさい」


「とても残念ですわ。わたくし、そのドレスは特別に気に入っていましたのよ。燃やしてしまうなんて、悲しいわ」


 アルテアお姉様は、目元をハンカチで拭いました。


 泣いているの?


 わたしがドレスを守れなかったから。


「ごめんなさい。アルテアお姉様」


「ミルメルの顔など見たくはないわ」


「アルテアお姉様」


「うるさい。出て行きなさい」


「さっさと、外に連れて行きなさい」


 アルテアお姉様もお母様もお怒りになっているわ。


「畏まりました」


 メイドは、わたしの腹部に腕を回して、体を持ち上げました。


 この抱っこは、お腹が押されて、とても痛いの。


 もっと優しく抱っこしてくれたらいいのに。


 わたしはそれほど小さいのですもの。


 アルテアお姉様のドレスを守ることなどできるはずもなかったのです。


 物干しを倒した犯人にされてしまったわ。


 どうしたら、許していただけるのかしら?


 メイドは、邸の外れにある焼却場の蓋を開けると、アルテアお姉様のドレスを投げるように捨ててしまいました。


 アルテアお姉様は、最初は、わたしにくださると言ってくださいました。


 悲しくて、気が変わってしまったのかもしれません。


 わたしもとても悲しいですわ。


 アルテアお姉様のドレスは、どのドレスも素敵ですけれど、あのドレスは特別に可愛らしかったのです。


 わたしは、ずっと羨ましかった。


 わたしには買ってもらえない新しい素敵なドレスが燃やされてしまう。


「離して」


 わたしはそこで身を捩って暴れました。


 ストンとわたしは落とされました。


 体が地面に叩きつけられました。


 痛いです。


 呼吸もできません。


 でも、ゆっくりしている暇はありません。


 手も足もお腹も痛かったけれど、立ち上がって、焼却場の蓋を開けようとしましたが、わたしには届きません。


 もっと身長が高かったら、届くのに、指先すら触れません。


 メイドは、焼却場の中に火を放ちました。


 パタンと扉が閉じられました。


 煙突から、煙が出ています。


 わたしは煙突を見上げました。


 燃えているのです。


 わたしは悲しくて、声を出して泣いていました。


 あのドレスは、アルテアお姉様がくださったドレスです。でも、お母様が捨てろと言ったので、燃やされてしまったのです。


 仕方がないと分かっていても、悲しい物は悲しいのです。


「疚しい、泣くな。ウザい」


 メイドに頭を殴られ、転んで、わたしのドレスは、土で汚れて、益々薄汚くなっています。


 元々、お古のドレスなので、綺麗な色はしていませんでしたけれど、体の痛みとドレスが汚れてしまった悲しみで、もっと涙が零れてしまいます。


「早く、外の物置に入れておきましょう」


「そうね」


 わたしは、またメイドに、荷物を持つようにお腹に腕を回されて、持ち上げられました。


 お腹が圧迫されて、苦しくて痛いよ。


「痛いよ。痛いよ」


 お腹も足も腕も手も痛いの。


 助けて、誰か助けて。


 でも、わたしは知っている。


 この邸で、わたしを助けてくれる人がいないことを、ずっと昔にアルテアお姉様が教えてくれたのだ。


 わたしは、この国にいてはいけない闇属性の持ち主で、アルテアお姉様は、この国に必要な、光属性の持ち主で、将来、王子様と結婚すると、生まれた時に決まっていると。


 わたしは大きくなったら、囚人が入る修道院に入れられると。


 だから、わたしを愛する人はいないと、アルテアお姉様が言っていた。


 お母様もお父様もお兄様もアルテアお姉様も、わたしの事が嫌いだって、教えてくれたのです。


 外の物置の中は、暗くて、まわりはよく見えない。


 その中に放り込まれて、わたしは暫く泣いて、そうして、諦める。


 今夜のご飯は、なしだとお母様が言っていたわ。


 スープとパンだけでも欲しいの。


 それさえもらえなくなったら、わたしのお腹はぺったんこになってしまう。


 美味しいご飯が食べてみたい。


 綺麗なドレスを着てみたい。


 痛いのは嫌なの。


 優しく抱っこされたい。


 わたしは自分の傷の様子を見るために、暗い闇を吸い込む。


 体一杯に、闇を吸い込んでいくと、少し明るくなる。


 膝小僧の血をドレスで拭って、掌の血もドレスで拭って、肘の血もドレスで拭って、わたしの汚れたドレスは赤いシミができた。


 今度ドレスを買ってもらえるなら、赤いドレスにしてもらおう。


 赤いドレスなら、拭った血も目立たないと思うの。


 闇をいっぱい吸って、疲れた体は、柔らかそうな場所で横たわる。


 眠れば痛くないよ。


 起きたら、きっと治っているよ。


 いつか、わたしを好きだと言ってくれる人に出会えますように。


 わたしを好きになってくれる人を、わたしは大切にするよ。


 命をかけても守るから、どうか好きになってくれる人が見つかりますように。


 わたしは眠る前の祈りをする。


 神様はいないと知っている。


 神様がいたら、小さなわたしをこんなに虐めないはずだ。


 だから、神様には祈らない。


 いつかわたしを助けてくれる人に祈るの。


 毎日、祈っているけれど、まだ巡り会えない。


 願いが叶いますように。


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