第18話 魔術の練習 ダークホール
「ミルメル、先ずは魔力のコントロールを覚えよう。昨日みたいに魔力が暴走を起こしてしまう」
「そんなこと言われたって、魔力の使い方もよく分からないのに、暴走なんて、もっと分からないわ」
わたしはムスッとしている。
今日のわたしは、ちょっと機嫌が悪いのです。
昨日、魔力の暴走を起こして倒れたわたしは、気を失っていました。
目を覚ましたら、アクセレラシオン様にキスをされていました。
どうやら、わたしの魔力はアクセレラシオン様と同じくらいあるそうです。
それが暴走を始めたら、闇爆発が起きてもおかしくはないそうです。
闇爆発を起こさないために、魔力の強い相手が、暴走をしている患者。
ここは、敢えて患者と呼びます。
患者の魔力を抜いていくそうです。
手っ取り早い方法が、キスだそうです。
暴走をしている魔力を吸い取っても、魔力の暴走を起こさないのなら、わたしとアクセレラシオン様が同等の魔力とは考えられません。
暴走した魔力を蓄えられる余力があるんですもの。
それで、どうして怒っているかというと、朝まで同じベッドで横になっていたのです。
暴走が激しかったと言われても、わたしは未婚の乙女です。
殿方と同じベッドで眠っていたなど、どんな恥知らずでしょうか?
こんなに恥ずかしい思いをするのなら、闇爆発でもなんでも起きればよかったのです。
けれど、闇爆発を起こすと、宮殿を含めた王都が吹っ飛ぶほどの威力があるそうで、とんでもありませんわ。
そんな危険物質は、山の中に放棄するべきです。
もう結婚などしなくてもいいので、山に捨ててください。
一人静かに、闇爆発を起こしますので、近隣住民の方は、速やかに避難してくださいませ。
と、言うわけで、やけっぱちなわたしを、優しく宥めるアクセレラシオン様の優しさに腹を立てているのです。
優しく宥められて、練習にやって来たわたしもいい加減、甘ったれているんじゃないわよと、自分を叱りたくなりました。
最終的に、自己嫌悪に陥っています。
なんと馬鹿な、やはりみそっかすの名は返上できそうもありません。
「まあ、また闇暴走が始まったら、俺が治療してやる。安心して練習しなさい。はい!集中!」
「集中じゃないわよ。何をするか、説明はないのですか?」
「そう、苛々していると、また闇暴走が始まるよ。俺はずっとキスしていてもいいけれど、ミルメルは、どうやら嫌みたいだからな?もしかしたら、俺のこと嫌いになったのか?」
「なってないわよ!なってないから、困っているんでしょう?」
「好きなら困る必要はないだろう?練習もちゃんと手取り足取り教えているだろう?」
「教えてくれているけれど、今度、闇暴走を起こしたら、山に捨ててくれていいから」
「そんなにキスが嫌だったのか?」
「違うのよ。キスはよかったわ。って、違うわよ。甘ったれた自分が嫌いなの」
「それなら、まず、深呼吸だ。落ち着け」
「分かったわ。深呼吸ね。スーハー、スーハー……」
「少しは落ち着いたか?精神が不安定になると、闇暴走が起きやすい。闇暴走の兆候は、分かっただろう?ヤバいと思ったら、深呼吸だ。いいか、冷静になるんだぞ」
「分かったわ」
結局、宥められて、今日も地下神殿に来ています。
「今日は、ダークホールという魔術を覚えてもらう」
「ダークホール?」
「名のごとくだよ。闇の落とし穴だな。その落とし穴は術者が望んだ場所に繋がる。異次元トンネルのようなものだ」
「まあ、凄いわ」
「ミルメルは、いつも俺の所に飛ぶように念じればいい。自分の部屋でもいいが、危険が迫った時は、俺の事を念じろ」
わたしの頬は、また赤くなっていく。
アクセレラシオン様は、天然のタラシだ。
無自覚に、わたしを誘惑する。
「なんだと、無自覚に誘惑はしていない。誘惑はしているから、意識的だ」
「あああ!もう、アクセレラシオン様、いい加減に心を読むのは止めてください。それに、意識的にわたしを誘惑するのも、止めてください」
わたしは頭を抱えて、深呼吸を繰り返す。
このままでは、新しい魔術を学ぶ前に、闇暴走が起きてしまいそうだ。
「そうだ、興奮するな。深呼吸をして落ち着くんだ」
よしよしと、頭を撫でられて、心拍数が上昇する。
ドキドキが増してくる。
まるで、わたしの気持ちを弄んでいるようで、ちょっと憎らしくなる。
わたしだけが、動揺しているみたいだ。
好きになった方が負けだと誰かが言っていたような気がするが、確かに好きになった方が負けだ。
こんなに心を揺すぶられているのに、こうして、逃げずに、ここにいる。
昔のわたしなら、とっくの昔に逃亡しているはずだ。
「ダークホールの作り方だが、魔力を溜めて、闇を深くするんだ。ミルメルは闇を吸うのが上手いが、その逆をするのだ。闇の魔力を吐き出していくと、漆黒の闇が深くなる。一点集中で、魔力を注いでみろ」
アクセレラシオン様は、簡単に言うが、魔力の循環が下手なわたしが、簡単にできる物ではない。
アクセレラシオン様は、地下神殿の床に、白い粉で小さな丸を描いた。
「この丸の中に、闇の魔力を押し出していけ」
「できなくても、笑わないでね」
「笑わない。俺にキスする時と同じ要領だ。魔力をぶつけろ」
「分かったわ」
わたしは何度か深呼吸を繰り返して、それから、両手を開いて、その手の上に重ねた掌を白い穴に向けた。
意識としては、掌から魔力を放つ感じだ。
体の中で、魔力が動く気配がする。その魔力を掌から、白い丸にぶつけるようにしてみる。
いつもアクセレラシオン様と練習しているときは、アクセレラシオン様に魔力をぶつけるようにしているから。
同じようにしてみた。
白い丸は、徐々に黒い丸になっていく。
すごい、できている。
「もっと大きな丸だ」
「はい」
体の中の魔力を黒い丸に放つようにしていると、「そこまで」と止められた。
「初めてで、よくできた。そのまま維持して。魔力のコントロールだ」
「はい」
わたしの苦手なコントロールだけれど、黒い丸の大きさの維持ならできた。
大きくならないように気をつけながら、小さくならないように気をつける。
「ちゃんとコントロールできるようになったな」
「この丸はコントロールしやすいのよ」
「そうか、ミルメルに合った魔術だったようだ。自分に合う魔法を身につけていくと、扱いやすい」
「合うとか合わないとかあるの?」
「単に、相性のようなものだ」
「相性ですか?」
確かに相性は大切だ。
闇を吸う魔力は、偶然できた物だが、相性が合ったから上達できたのだと思う。
30分くらい、黒い円を維持していたら、アクセレラシオン様は、「宜しい」と教師のような口調で、褒めてくれた。
褒められて、わたしは嬉しかった。
今まで、自分の魔法で褒められたことはなかったから。
「ミルメルの部屋をイメージして」
「わたしの部屋ね」
「中に入れ」
「入ってもいいの?」
「異次元トンネルだ。一緒に入る。大丈夫だ」
重ねた手を離しても、黒い円は維持できている。
「行くぞ」
「はい」
アクセレラシオン様は、わたしの手を繋いで、一緒にその穴の中に落ちた。
ハッとすると、わたしはアクセレラシオン様と手を繋いだまま、部屋の中に立っていた。
「まあ、凄いわ」
ミラクルだ。
まさに魔法。
不思議がいっぱいだ。
「一度でできるとは、なかなかの魔力だ」
「偶然かもしれないわ」
「ならば、ここで、ダークホールを作って、地下神殿に戻ってみろ。そうだな、あの白い印の上だ」
「やってみる」
わたしはアクセレラシオン様と手を繋いだまま、片手を床に向けた。
白い印の上に、黒い丸。
体の中で魔力が動く。
その魔力を床に向けると、黒い丸がだんだん大きくなっていく。
さっきは、ちょうど二人が入れる大きさだった。
溢れ出る魔力を注いで、二人分の大きさの黒い丸を作ったところで、わたしはアクセレラシオン様を見上げた。
「行くぞ」
「はい」
二人で穴の中に落ちる。
ハッとすると、そこは地下神殿だった。
「できたわ」
「上出来だ。どうだ?難しくはないだろう?」
「はい、魔力をぶつけていくと、黒い丸が大きくなります」
「これはダークホールだ。闇の魔力を集めて、次元を歪めるワープホールだ。ミルメルが歩いてきたトンネルの小さな物だ。主に、瞬時に転移するときに使う。危険が起きたら、逃げるように」
「逃げるための魔法?」
「戦争は最終段階だ。戦わなくてはならないときもあるが、争いをしないことも正しい選択である事が多くある。戦争をしなくても、話し合いで解決できる事が多くある。無駄な争いはするべきではない」
確かに、アクセレラシオン様の言っていることは正しい。
直ぐに戦争を起こして、無駄な犠牲者を出す必要はない。
話し合いで解決できた方が理想的だ。
テスティス王国の考え方なのだろう。
わたしは、テスティス王国の考え方が好きだ。
母国の国王陛下は、好戦的だ。
光の魔術師を集めて、強い魔法を作ることを常に考えておられる。
お姉様も新たな魔法を作ろうと、常に考えていた。
戦争が起きたときに、風魔法の術者や火魔法の術者も直ぐに動けるように、属性ごとに集まり、戦術の訓練をしていた。
お母様とお兄様は風魔法の術者だったが、時々、泊まり込みの訓練もあった。
わたしは争いが嫌いだった。
闇属性は誰もいなかったので、わたしは使い物にならなかった。
だから、修道院に入れられる運命だった。
ヘルティアーマ王国の修道院は、罪を犯した女性が収監される所であった。
わたしは何の罪も犯してはいない。
ただ闇属性で、魔術のコントロールが苦手で、魔力の暴走を起こしそうだからと説明された。
わたしは修道院に入れられたら、きっと数年も生きてはいなかったと思うのだ。
修道院に入れられた者達は、いろんな術者の訓練のために攻撃される楯になるのだ。
生きたまま、ただ攻撃をされることもあるし、森に放たれ、狐狩りのように、狩られるのだ。
一度きりで死ねねば楽かもしれないが、傷を負い助けられても、傷の手当てをされて、命さえあれば、腕がなくなっていようが、また狐のように森に放たれ、また狩られるのだ。
それは死が訪れるまで繰り返される。
他国の修道院とは違うと知ったのは、学園の図書室で本を読んで偶然目にした。
それから、わたしは未来が怖くなった。
どうして、わたしは黒いのだろうかと、苦しんだ。
他の生徒のように別の色だったら、他の生徒のように、闇属性以外だったら、修道院に入れられる事はないのに、わたしは学校さえ卒業できないかもしれないと思った。
アルテアお姉様が羨ましく思っていた。
家族でいられる間は、愛されたかった。
その望みは、叶えられることはなかったけれど、今は、愛する人に巡り会えた。
「ミルメル、どうした?」
「アクセレラシオン様、わたし、今まで魔法は使えなかったのよ」
「使えるではないか?いいか、ダークホールはどこかに行きたいときにでも使える魔法だ。俺の所に直ぐに来たければ、ダークホールを使って、俺のことを念じれば、瞬時に俺の所に来られる」
「ええ、便利ね」
「そうであろう」
アクセレラシオン様は、爽やかに笑って、わたしの頭を撫でてくださいました。
今は愛されています。
人として扱ってくださいます。
「ダークホールを相手の足下に作り、穴に落とす方法もある」
「まあ、落ちた方はどこに行かれるのでしょう?」
「落ちた者が行きたい場所であるだろう。我が家であるかもしれぬし、会いたい者の場所であるかもしれんな」
「危害は与えられないのね?」
「怪我することはないだろう」
「なんて素晴らしい魔法かしら」
人を傷つけることもなく、排除できるなんて理想的だわ。
わたしには、戦う意思などないんだもの。
「ミルメル、今日はダークホールをマスターするぞ。今度は別の場所に飛んでみよう」
「はい」
わたしの手は、ずっとアクセレラシオン様が握ってくださっています。
なんて、心強いのでしょう。
今日、わたしはダークホールをマスターしました。
闇の丸を作る速度も速くなりました。
いろんな場所に飛んで現れても、王宮の誰もが、皆さん微笑んでいらっしゃいます。
飛び立つときは、「行ってらっしゃいませ」と声をかけてくださいます。
わたしは生まれてくる場所を間違えてしまったのかもしれません。
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