第14話 野獣?

 ブレザン侯爵家の領地であるタン村から村長の孫がやって来た。


「ブレザン侯爵様、タン村に毎夜、野獣が出てきて、田畑を荒らすのです。このままでは、今年の収穫はなくなります。どうか、お助けください」


 村長の孫は、深く頭を下げた。


 現村長は、かなりの高齢で、その息子が村長の仕事をしているが、孫もよい青年に育ってきた。


 確か、20歳半ばだと思ったが……。


 長距離を歩くとなれば、若い者が適任だと思ったのだろう。


 気立てのいい息子に育った。


「野獣とは、どんな生き物だ?」


「それが、誰もその存在を見た者はおりません」


「何だと?見たこともないのに、野獣と呼んでおるのか?」


「そうとしか考えられません」


「田畑は、どんな具合に荒らされておるのだ?」


「ある物は、根から倒されて、ある物は、収穫間近な野菜を抜き取られ、木に生っている果物は、地面に落とされております。田園の水が涸れて、水涸れを起こしております。村人で、水やりをしておりますが、翌朝には水は完全に干上がっております」


「川には水が流れておるのだろう?その水を田園に引けばいいではないか?」


 一から十まで教えてやらなければ、村人は考えられないのだろうか?


 今まで作物はよく育ち、水に恵まれた土地であった。


 作物が不作になるなど、今までなかった事だ。


「それが、川にも水が殆ど流れておりません。僅かな水を村人で掬って、運んでいるのです」


「川に水がない?」


「はい、その通りです」


「いつから水が減ったのだ?」


「春の花祭りの後に、嵐がやって来ました。その時、田畑も水害に遭いました。咲いていた全ての花は散り、その後から、徐々に川の水量が減ってきたのです」


「花祭りの後からか?」


「もしかしたら、ミルメルお嬢様が生きていて、闇の力で我々に罰を与えているのではないかと、村人達が話しております。行方不明になった後、捜索もせずに放置致しましたので」


「そんな馬鹿な事があるか?ミルメルは、もう死んでおるだろう。あの深い森の中に迷い込んだのだ」


「そ、そうですか?」


「当たり前だ!」


 全く、くだらん事を言う。


 迷いの森は人を食う。


 ミルメルは、森に食われたのだ。


 愚かな娘だった。


 どのみち、ミルメルは国王陛下の指示で、修道院に入る予定だった。


 我が家の恥。


 我が家の害虫だった。


 やっとその害虫がいなくなったというのに、領民は嫌なことを思い出させる。


 あの時、迷いの森に捜索に出ていたら、私を含めた捜索隊が、迷いの森に食われていた可能性が高い。


 あの地は、昔から近づくなと代々、先祖に言われてきた場所だ。


 迷いの森は、人を食らう……と、亡き父上も言っておった。


 だが、どうして、豊かだった領地の水がなくなる?


「領主様、どうか、タン村に一度、来て戴けないでしょうか?このままでは、タン村は魔物に食われてしまいます。作物も全滅してしまいます。どうか、どうかよろしくお願いします」


 村長の孫は、跪き頭を床に擦りつける。


 このまま放置するわけにもいかない。


 領地の作物が全滅してしまったら、今年の収穫はなくなる。そうすれば、領民は食べる物が無くなり、飢えて死ぬ。


 それだけではない。


 我が家の収入が無くなる。


 我が領地の作物は、品質がよく、王家にも売っているのだ。


 その売り上げは、かなりの金額になる。


「では、明日にでも見に行こう」


「ありがとうございます」



 村長の孫は、また頭を床に擦りつけるように、頭を下げた。



「今夜は、ここに泊まるがいい。食事も用意させよう」


「領主様、ありがとうございます」


「そう、頭を下げると、頭が汚れる。部屋に案内させよう。風呂にも入るがいい」


「なんと優しい領主様でしょう。この先、この命、領主様の物に」



 村長の孫は、また頭を深く下げた。


 髪が禿げるのではないかと心配になるほど、床に擦りつける。


 私は、我が家の宰相に言って、部屋に案内させ、お風呂に入れるように指示を出す。その間に、食事の支度もさせておくように言うと、我が家の地下倉庫にある、過去帳を見に行った。


 代々、日記を書くように言い伝わっている。


 過去に同じような事がなかったか、確認をしておきたかった。


 我が侯爵家は、先祖代々、ブレザン侯爵家として15代ほど経つ、由緒正しい家柄なのだ。


 斜め読みをしながら、初代まで遡ったが、特に珍しい事は書いてなかった。


 だが、昔は、それほど豊作ではなかったようだ。


 川に水は流れていたが、作物のできがよくなったのは、私の代になってからだった。


 王家に作物を売るようになったのは、アルテアが生まれた後からだ。


 そうなると、領地にアルテアを連れて行った方がいいのか?


 アルテアの聖魔法で清めてもらえば、土壌の汚染は収まるだろう。


 魔獣などいるはずもない。


 土地が汚れた可能性はないとは言えない。


 我が家に闇属性のミルメルが、生まれてしまった。


 ミルメルこそ邪悪。


 穢れの根源であった。


 我が家にいなくなって、清々しているのに、我が領地を汚染させるとは、闇属性とは、恐ろしい。


 もう深夜になってしまった。


 アルテアはもう寝ているだろう。


 明日の朝、学園に行く前に、頼んでみるか?


 アルテアの清めの魔法は、我が国一番だと国王陛下も褒めておった。


 我が家の宝。


 遅くなったので、地下室から出て、自室に戻った。


 妻も寝ている。


 埃っぽい体を風呂で洗い、それからベッドに入った。

 


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