第4話 邸?宮殿じゃないの?
馬車が止まり、御者が扉を開けると、クレアはわたしを抱き上げて、馬車から降りた。
辺りは暗く、扉の横にランプが掛けてある。
暗闇の中から「お帰りなさいませ」と声が聞こえた。
「ああ、ただいま。扉を開けてくれるか?」
「畏まりました」
騎士は扉を開けてくれた。
「どうぞ、お入りくださいませ」
「ありがとう」
クレアは騎士に礼を言った。
わたしを見ている騎士に、わたしは軽く会釈をした。
騎士はわたしに敬礼をした?
敬礼はクレアにしたのかもしれないわね。
「父上と母上は戻っているか?」
「まだ、帰宅されていません」
「そうか」
今度は、本当に騎士はクレアに敬礼をした。
礼儀正しい騎士だ。
我が家の騎士も、それなりに訓練された騎士が揃っているが、これほど親しみのある表情はしなかった。
そもそも我が家の騎士は、わたしを軽視していたから、わたしに敬礼はしなかった。
アルテアお姉様には、媚びへつらっていたけれど。
お父様はアルテアお姉様には、護衛騎士を付けていたけれど、わたしには護衛騎士は付けられていなかった。
自由で良かった。
でも、同時に、両親からの愛情はないのだと感じた。
それは寂しい事だった。
王都では貴族学校に通っていた。
今、やっと3年生になったところだ。
貴族学校では人脈を作るために入っていた。
わたしは人脈どころか友達さえできなかった。
皆さん、アルテアお姉様に興味を持ちますもの、仕方がありませんわ。
勉強は家庭教師が付いて、教わりましたけれど、アルテアお姉様は一度聞けば、理解できることを、わたしは何度も説明されてやっと理解できるというていたらく。
自分でも努力はしましたが、アルテアお姉様を追い抜く事は、一度もできませんでした。
でも、成績順のクラス分けで、わたしは、いつもアルテアお姉様と同じ上位クラスに在籍していたのよ。
アルテアお姉様は毎回、一位で、わたしは毎回、二位でした。
どうしても抜けない姉。
魔法の試験があれば、同じクラスになることはなかったかもしれません。
魔法には、属性がありますから、皆が同列に試験を受けることはできません。
殿方は、攻撃魔法まで学んでいましたが、令嬢は、あるかないか……だけでしたわね。
アルテアお姉様は、攻撃魔法も学んでいましたけれど、アルテアお姉様は、もはや、次元が違うお方でしたから。
皆様は、殿方を見るような熱い眼差しで、アルテアお姉様を見ていらしたわ。
どちらにしても、もう学校にも戻りません。
騎士が灯りを点したら、なんて立派な邸でしょうか?
うむむ?
クレアはスタスタと先に進んでいきます。
邸と言うよりも、もっと大きな、どこかで見たような建物ですわね。
そう、宮殿でしょうか?
「クレア、ここは、宮殿ですか?」
念のために聞いておかねばなりません。
「我が家だ」
「うん。クレアのおうちだと分かりました。でも、この建物、とても綺麗だし、とても広いわ」
「普通だろう?」
「普通ですか?」
わたしは首を傾けます。
「わたしの王都の邸よりも領地の邸よりも、凄く立派だと思うの」
わたしはヘルティアーマ王国の宮殿には行ったことはありませんが、パーティーには参加した事はございますのよ。
ダンスを踊ってくれる殿方は、いませんでしたけれど。
アルバお兄様が、一度だけ踊ってくださった時もありました。けれど、アルバお兄様に許嫁ができてからは、アルバお兄様は許嫁様と踊っていましたから、わたしは壁の花に徹していましたわ。
ダンスパーティーはつまらない。
出たくないと言うとお父様は、怒ります。
『ブレザン侯爵家の恥にならぬように、壁の近くで立っていなさい』
もはや、命令でしたわね。
「貴方は、誰ですか?」
「アクセレラシオンだと何度も言っておるが」
「うむむ」
長い。名前が長すぎるのだ。
早口で告げられる名前を聞き取ることは難しい。
「名前が分からぬのか?ゆっくり言うぞ。アクセレラシオンだ」
「アクセレラシオン?」
「そうだ、やっと分かったか?」
「お手数をおかけします」
わたしは頭を下げたけれど。
そうじゃない。
ここはどこ?
この宮殿に見える造りの説明を聞きたいのよ。
「あの、わたしの父は侯爵の位を戴いておりますの。それよりも立派な邸ならば、公爵様ですか?」
公爵家でも、こんなに広くて立派だと思えないのだけれど。
「爵位が知りたいのか?ミルメルは侯爵令嬢なのだな?」
「そうは見えないかもしれませんけれど、侯爵令嬢ですわ」
「アクセレラシオン様はどちらの貴族様ですの?」
少なくとも我が家よりは格上だとは思うのよ。
赤い絨毯が敷かれた階段をゆっくり上がっていきます。
使用人が駆けてきた。
「アクセレラシオン様お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。カロル、いいところに来た。至急、特別室の準備を頼む。風呂も沸かしてくれ。怪我もしているようだ。侍医も呼んでくれ。あとは、食事だ。たぶん、朝から食べていないはずだ」
「畏まりました」
カロルという使用人は、素早く立ち去っていく。
「食べていないだろう?」と聞かれて、わたしは頷いた。
「腹が減ったであろう?先に食べるか?」
「いいえ」
わたしは、かなり汚れている。
灯りの下で見て、驚いた。
勿論。お腹は空いているけれど、森色だったドレスは、土色に変わっていた。
アクセレラシオン様の洋服まで、汚れが移ってしまって、申し訳がないわ。
できれば、お風呂を借りて、綺麗にしたいのですけれど、着るドレスもないわね。
困ったわ。
階段を上りきって、二階の廊下に上がりました。
使用人が、忙しそうに、けれど優雅に行き来している。
ここの使用人は、ランクが違う。
とても品がある。
それにしても、広い。
左右を見て、その広さに驚く。
「アクセレラシオン様、お部屋は整いました。お風呂も入れます」
「そうか、綺麗に洗ってやってくれ」
「とんでもないわ。わたしは自分で洗えますわ」
「怪我をしたのであろう。かなりの距離を歩いたはずだ。たぶん、歩けまい」
「歩けるわ」
「ならば、試してみればいい」
アクセレラシオン様は部屋の方に歩いて行く。
使用人、メイド達がいる部屋の中に入って、わたしを脱衣所に下ろした。
フラリと体が揺れた。
「あれ?」
「ほら見ろ。立っているのもやっとであろう。侯爵令嬢であるなら、メイドに洗ってもらっていたであろう。恥ずかしがる方が不思議だ」
「……」
わたしにはメイドは付けられていなかった。
いずれ修道院に入れられる身であった。
自分でできることは、全て自分でする。
これは、幼い頃からわたしを産んだ母親が決めたことだった。
反面、アルテアお姉様は、メイドが付き、世話される立場の人間として育てられていた。
この格差は大きい。
ブレザン侯爵家に勤める者が、アルテアお姉様に傅き、わたしには、それこそ自分の仕事を押しつけようとする者までいた。
両親はその事を知っても、使用人を叱らなかった。
わたしは使用人以下の存在だったのだ。
笑える。
こんなわたしが、花馬車に乗り舞を舞うことなどあり得なかったのに。
馬鹿なわたしだ。
「綺麗に洗ってやってくれ」
「畏まりました」
アクセレラシオン様は脱衣所から出て行った。
「俺も風呂に入ってくる。ゆっくり入るといい」
そう言って、声が聞こえなくなった。
「お嬢様、ドレスを脱ぎましょうね」
メイドは優しく声をかけてくれる。
「はい」
どっちにしろ、この汚い姿ではいられない。
わたしは諦めて、メイドがするように従った。
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