超短編小説集 No.1

幻霞空 氷澄(げんかく りす)

春風はまだ、僕に届かない

 電車に乗ったら、正面に座る人に目を奪われた。よく見れば、中学校の時の同級生だったような気もする。


 自分の後ろの桜並木が飛んでいくことなどお構いなしに、端の席に脚を組んで座り、手でスマホを弄んでいる。


 周囲にはあまり関心がなく、いつも飄々としていた男。それは高校生になった今も変わっていなかった。


 昔は、ちょっと周りとは違った奴だないう印象だった。それは今も同じだ。


 ……しかし、中学のダサい制服がなくなるだけで、彼の格好良さが際立っているのは事実だろう。


 色白な肌に、どこかの私立高校のお洒落な制服。はっきり言おう。彼は生粋のイケメンだ。


 電車を降りて改札を出ると、彼はスタスタと遠ざかっていった。


 風に髪が揺れるのも、少し斜めに引っ掛けたリュックも、肘くらいまである長めの袖も、様になっていた。


 あの、ふわふわした歩き方さえ、ローファーを履けば様になるってものである。


 何も変わっていない自分は、行き場のない感情を抱えてゆっくりと歩き始めた。

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