地雷系祓い屋と感知系ホスト5

――しかし。

たどり着いた[CRIMSONMoon]には、俺たちが探している相手はいなかった。

 

 そしてその探している相手というのは、 

C級祓除師でありながら[CRIMSONMoon]のナンバーワン、セイのことだった。

 人皮を作り出した呪具師――今ごろゆりあが呼んだ他の祓除師が捕縛している――みれいが、セイこそが人皮を卸した相手だと白状したため、マーケットを仕切っていた売人が奴であることはほぼ間違いない。

  

 だが。


 

「は? セイが来てない?」


 

 [CRIMSONMoon]に駆けつけてセイの行方をスタッフに尋ねてみれば、なんと無断欠勤をしているらしい。

 ならばどこにいるかの心当たりはあるかと尋ねても、スタッフからは実のある答えは帰ってこなかった。


「おかしいんです。セイくん、こんなこと今までなかったし……我々も困ってるんですよ。行き先なんてこちらが知りたいと、店長は言ってます」 

「今日は出勤日なんだよな?」

「そうなんです。やっぱり人気ホストが突然来なくなると……どうしても損失が……セイ目当ての女の子たちも怒っていて」

(それは当然だな)


ナンバーワンだからこそ許される勝手もあるが、ナンバーワンだからこそ、穴を空けられるのはホストクラブにとって大きな損失となる。

 セイの客はもちろん、店長がキレるのも無理はない。


「けど、店長ってことは……オーナーは怒ってないんだね? むしろあんまり問題にするなって言ってたりする?」


 ゆりあが口を挟む。

 スタッフは、どうしてわかるのだという驚きの顔をして、ゆりあを見た。……図星のようだ。


「んー。となるとやっぱりインフィニス仕切ってる奴にも、人皮のこの件に絡んでる奴がいるなあ……」

「嘘だろ。うちの上、真っ黒かよ」

「まあもともと危なそうなオーナーだったけどね。こりゃ確定だぁ」

 

「……あ、あの、どういうことで……そっちは【AGELESS】のレイヤさんですよね」こちらの会話を聞いていて思わずといったように、スタッフ――後で知ったが副店長だったらしい――が俺の顔を覗き込んでくる。「うちのセイが無欠している理由とか、まさかご存知なんですか」 

「まあ、ちょっとな。行先はさっぱりだけど」

 

 遅刻もほとんどしないというセイの、突然の無断欠勤。

 その理由には当然、俺たちは簡単に見当がつく。逃げたのだ。ゆりあが来るのを察知して。


「それにしても行動が素早すぎる。誰かが知らせたな……」


 とりあえず、店の誰もセイの居場所がわからないのであれば、[CRIMSONMoon]に用はない。

 二人で店を出たところで、ゆりあが低い声で呟いた。


「知らせる? あの状況で? 少なくともみれいには無理だろ」

「うん。だから多分、協力者が『Rose』にいたんだと思う。それで、みれいがゆりあたちに無理やり連れていかれるのを見て、セイに逃げるように言ったんだよ」

「……だとしたら」


 うん、とゆりあは難しい顔のままで頷いた。


  

「――まだ遠くには逃げてないはず」



「だな」



 とはいえ、だ。

『Rose』と[CRIMSONMoon]の間にはそこそこの距離がある。電車に乗っていけば20分程度ではあるが、みれいの尋問ののちすぐに[CRIMSONMoon]に来たとはいえ、時間は与えてしまった。すぐに見つかるような距離のところへは逃げていないだろう。


「……ちょっと、動いてくれてる同業者に連絡してみるね。セイの行方を知らないか」

「わかった」


 セイは祓除師でありながら、人皮なんていう呪具を妖に売りさばいていた。

 国怪対に認められた祓除師という身分があれば、祓除師には疑われにくく、また、祓除師という仕事の関係上妖とは否応なくかかわることもある。そういう意味では、祓除師とはもっとも妖との距離が近い仕事なので、交渉はしやすかっただろう。――よく考えてみれば、セイの立場は非常に潜伏に適しているものだった。


(みれいの動機は金だったらしい。みれいは、セイの目的は知らないらしいけど……)


 セイはなぜ、人の皮などを妖に売りさばこうと考えたのか。

 考え込みそうになった時、同業者に電話をかけたいたゆりあが、「ダメか」と言ってスマホをしまった。


「セイの居場所、わかんないや。祓除師は個人主義者が多いからかもだけど、セイと付き合いのある祓除師はほとんどいないらしいしぃ……」

「人海戦術で虱潰しに、って訳にはいかないのか?」

「虱潰しに、セイがいそうなところを調べられるほどの人数はいないんだよねぇ。逃げ出したホストが安易に潜伏できる場所なんでそうそうないし、ならさすがに都内からはまだ出てないとは思うけど」 

「都内だけか? 神奈川とか、埼玉とか、隣接する県に脱出してる可能性は?」

「無きにしも非ずだけど、駅は同業者が張ってるからぁ。怪しい奴がいたら捕まえるはずだよ」 

「そっか……」


 なら、セイは東京のどこかに隠れているってわけか。

 

 ……だが、東京とひと口で言ってはみても、範囲が広すぎる。

 その中から呪具の売人一人の気配を特定して見つけろなんて無茶ぶりもいいところだった。


ゆりああたしの霊力なら、一応東京全域を覆える」

「……は? マジで?」

「マジだよ。でもそんなに広げたら、それだけ網の目も荒くなるから、敵の位置なんてわからない。式神カラス使って遠くのものを感知しようにも、大雑把な居所くらいはわかってないとダメなの。ゆりあの式神は強いけど、多くない」

「……」

「れいぴは霊力をできるだけ広げても、感知の網の目は細かいままっていうセンスがある。でも霊力量が少ないから、東京全域の感知は無理。……だよね?」

「無理だ。というか、仮にそれだけの霊力があっても俺には無理だよ」


 拾い上げる情報が多すぎてパンクする。


「……どうする……時間がない……」


 ゆりあが難しい顔で呟く。

 ツインテールにした黒髪が、周りのギラギラとしたネオンライトに照らされて淡く光っている。


 時間がない、か。

 たしかにここでモタモタとしていれば、せっかく見つけた売人を逃すことになるな。


(俺が式神を作れれば何か変わるのか……?)


 式神作りはまだできていないが、足りないものはわかっている。――イメージだ。のか、のか、まだ自分でもわかっていない。だからできない。


 俺の弱点は、霊力そのものが少ないこと。

 だから、感知の精度はよくても、広範囲の感知が不可能だ。

 逆に強みは、うっすらと広げた網に過ぎなくても、対象が俺の霊力に引っかかれば、その気配がはっきりとわかる。

 

(だとすれば式神は……力の不足分を補いつつ、多くの情報を集めつつ、情報の整理もできるような……)


 そこまで考えて、脳裏にひらめきが走った。


「ゆりあ」

「何? れいぴ。もしかして、何か思いついたの」


 ゆりあが俺の顔を覗き込んでくる。

 ――期待をしている目だった。現状を打破する案を、俺が持っているのでは、と考えている目。


(……マジでおかしいのかも、俺)


 初めて、ゆりあに俺のとやらを知らされた時には、あんなに『関わりたくない』と思ってたのに。

 ――いつの間にか、『ゆりあの役に立ちたい』と思うようになっている。


「ああ」


 だから、俺は頷いた。


「適した式神を思いついた。

 今から、その式神を




 

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