地雷系祓い屋と感知系ホスト1

「レイヤぁ、きーてる?」

「きーてるきーてる」


 

【AGELESS】店内。

 

俺は茶髪の、胸のでかい女――近くのキャバクラに務めているキャバ嬢だ――の普段の愚痴を聞いてやりながら、増えたり減ったりする雑魚妖(といっても俺にとっては)を着実に観測していた。

 

 ――というのも。

 あの日以来、ホストとして働きながら、俺は接客をしながらも霊力を広げる練習をすることにしているためだ。


(まあ練習、といっても……)


 俺はどうやら霊力を広げることはどうやら得意みたいで――感覚を掴めば数日で、特に意識せず霊力を広げていられるようになった。

 もちろんそこそこ疲れるのだが、不意打ちで現れる妖に驚かなくなる、というメリットがすごい。なにせその妖がどんな大きさでどのくらい危なそうなのかが、背後にいてもわかる。


(超高性能360度妖監視カメラになった気分……。

 俺マジで感知のセンスあったんだな)

 

 それに、まだ式神を作る感覚はカケラも掴めていないので、あくまで範囲はホストクラブの敷地内のみ。――なので、疲弊しすぎることもない。

 式神を作れないまま感知範囲を広げすぎると頭痛に見舞われるので、【AGELESS】の店くらいの広さがちょうどいいのだ。出勤中はそうそう外に出ないし。


「でえ、あいつ太ももに無遠慮に触ってきてえ! マジキモおじ死ねって感じ」

「あー、そういうキモイやつっているよな」


 キャバ嬢の太ももを触ってくる男しかり、ホストの身体ベタベタ触ってくる女しかり――そういう客にも笑顔で対応しなければならないのがこの仕事の面倒なところだ。

 

「もーホント、最近そういうのばっかで生きてて辛い……あたし、生きてる意味あるのかなって思う……」

「お前は頑張ってるよ。それに、こうやって俺のところに顔出してくれるじゃん。それだけで俺は元気付けられてるし、生きてる意味あるに決まってる」

「レイヤ……」


 優しい笑顔を作ってそう言い、頭を撫でてやると、その姫は瞳をうるませてしなだれかかってきた。

 ……こんな薄っぺらな言葉くらいならいくらでもかけられる。

 本心の欠片もない、薄っぺらな言葉で、あっさり嬉しそうな顔を見せる姫たちを見ると――少し虚しくなりはするけれども。


 と、その時。


(……あ)


 ビリリ、と、背筋に駆け上る強烈な気配。

 霊力はほとんど完璧に抑えられているのに、それでもなお、ほんのわずか漏れただけの力で、畏怖を覚えるその気配は。


(ゆりあが来たのか)


 思わず、客の頭を撫でていた手を引っ込める。

 見られてないよな、今の。ほかの女を撫でてるところ。


(――って、待てよ)


 なんで俺がゆりあに見られたかどうかを気にしなきゃいけないんだ。


  

「レイヤさん」

「あ、……あー、呼ばれた。じゃ、俺そろそろ行かなきゃだから」


 高額なシャンパンを頼んだ客がおり、そのテーブルについてくれということを、スタッフが伝えにくる。十中八九ゆりあだろう。

 頷いて了承の旨を伝えれば、「え〜、やだ〜……行かないでよレイヤぁ」と客が頬をふくらませて密着してくる。

 

「ごめんな。また高いの頼んで呼び戻してよ」


 そう言って笑うと、さっさとテーブルを離れる。

 

 ――ボーイに案内されたテーブルに行くと、やはりゆりあが座っていた。

 テーブルの上には、いつものように高額シャンパンのボトルが並んでいる。壮観だ。


「やっほ〜れいぴ♡ すごいじゃん、上達してる〜!」

「え、わかんの。俺が感知網敷いてたこと」

「ゆりあも、感知ができないわけじゃないからね」

「ああ、まあそっか」 


 頷きつつ俺はソファに座り、「今、ゆりあが来てまた実感させられたよ」と言う。


「俺が広げてた網は店内までなんだけどさ。ゆりあが入店した瞬間すぐにわかったもんな。やべぇのが来たって」

「えっ」

「え?」

「だ、だってゆりあ――気配消してたよ? いつもみたいに」

「あー、うん」


 それはわかっている。自然体でいたホテルの時よりも、遥かに気配は抑えられていた。

 それでも、別格の存在というのはそこにいるだけでわかるようだ。――ということが、ゆりあのおかげでわかった。


「うん、って……それなのに、感知できたの?ゆりあを?」

「まーね。ビビッと来たよ。そういうもんじゃないの? 感知網ってさ」

「……いや、普通じゃないよ。

 れいぴの網は、網の目の細かさが異常なんだね」


 ゆりあは、ホスクラにいる時には滅多にしない真剣な顔になると、口元に手を当てた。そして何やら少し考え込んだあと、


「……ねえ、れいぴ。お願いなんだけど、もう一回『Rose』に行くのに付き合ってくれないかな」

「え?」

は今、『Rose』の晴人が人皮マーケット関係者じゃないかって睨んでるの。……でもあたしの感知の精度じゃ、晴人が力を抑えて潜伏している霊能者なのか、妖なのか、はたまたただのカリスマ的なオーラの持ち主なだけなのか、わからない」


 確信が欲しいの、とゆりあは続けて、俺の手を取った。そのままぎゅむと手を握られる。

 白くしなやかだが、剣ダコのできた固い手のひら。――ゆりあの努力を示す手のひら。


「れいぴの力なら確信を得られるかもしれない。だからあたしと一緒に来て欲しい」

「……」

「ただの情報収集だった前までとは違って、今回はを絞る段階まで来てる。危険度は上がるけど、必ずあたしがれいぴを守る。

 もちろん、報酬は払うし……それには、ちゃんと姫としてのすべきこともするつもり」


 言うなり、ゆりあはボーイにワインを頼んだ。

 ――ロマネ・コンティワインの王様

 これ一本で、とりあえず今日のナンバーワンは俺に内定、塗り替えられないだろうというような高額注文である。


「どうかな。れいぴ」

「……思ったんだけどさ。お前ってほんとカッコイイよな」 

 

 そこまでされちゃさすがに断れない。

 

 せっかく自分を取り巻く状況が変わり始めてるんだ。


 ――俺も逃げてばかりでいるのは、そろそろやめるべきだろう。



 

 

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