霊感ホストのステップアップ1
*
[CRIMSONMoon]を出ると、そこそこ遅い時間になっていた。
閉店までいたわけではないが、終電が危ない時間である。ホストクラブの終業時間は日付を跨ぐことも多いので、早めに出たと思っても遅くなっているということは普通にある。
(さて――どうするか)
アフターは何度もあるが、ゆりあとは夜を過ごしたこと(※オブラート)はない。
ホストによっては枕営業をゴリ押しでやるやつもいるが、俺は基本的に客とは寝ないし、そもそもゆりあは色恋的な意味では俺への感情は多分は薄い。ドライもドライである。
だからたぶん、これからホテルに行こう、とかいう話にはならない。
とはいえこの時間で現地でバイバイ☆というのも、なんというか、あれだ。ドライすぎる。
(タクシー呼んで帰るか……まあゆりあはエースだし、タク代ぐらいは出してやればいい)
【AGELESS】のある繁華街よりかは幾分かマシとはいえ、ここも治安が悪い。
ゆりあが強いのはわかっているが――変態なんざ文字通り一刀両断だろう――まあ女子一人繁華街に放置で帰るのも色々よくないだろう。危ないものは危ない――
「うっわ」ゆりあがそこそこでかい肉団子もどき(膝くらいまでの背丈の、肌色のかたまり)を一蹴りで塵にし、消え去っていく塵にゴミを見る目で吐き捨てた。「――キモッ。近寄らないでくんない」
(ことは……やっぱりないな……)
強すぎるだろこの女。
いろんな意味で。
俺がげんなりしていると、振り上げていた黒いリボン付きシューズを下ろしたゆりあが、俺を振り返る。
「そだ、れいぴ! もう遅いし、多分今から駅行ったら電車ないしぃ、ホテル泊まらない?」
「あー、そうだな………………は?」
今なんて。
ゆりあからそんなことを言われるだなんて――いやまあ同じようなカッコした他の姫たちからは、そういう誘いなど星の数ほど受けているが――意外すぎて、思わずマヌケ面を晒してしまった。
……ほーん。
ゆりあは俺に恋愛感情なんて持ってないと思ってたけど、そうでもなかったのか?
「……ゆりあの誘いは嬉しいけどさ」ナンバーワンホストらしく、俺は余裕のある笑みを浮かべてみせる。「そんな簡単に寝ちゃうと、まるで俺が軽い男みたいだろ。ゆりあにはそういう風に思って欲しくないから――」
すると。
「寝……?」ぽかんとしたゆりあが、不意にああ! と得心した顔になる。「違うよぉ!」
「は……違……? ???」
「ゆりあは推しのATMになりたいのであってぇ、カノジョになりたいんじゃないから〜」
オタクとしての矜恃だからそこは、と胸を張るゆりあ。意味がわからない。
「だからぁ、ラブ♡な一夜を過ごしたいんじゃなくてぇ、ただ、ちょっと二人きりで試したいことがあるの。
だから――」
――ここに泊まろ♡
と。
そう言って、ゆりあが当日予約でゲットしたのは最寄り五ツ星ホテルのスイートだった。
しかもご丁寧にツインのスイートである。
何故五ツ星ホテルの当日に電話をかけて当日に予約が取れたのか。
……なんかコンシェルジュが俺たちを案内するとき、『わかってますよ』感を出してたのはなんでだ。どんな伝手を持ってるんだこいつは。
――さっきも思ったが。
S級祓除師ってそんなに各方面ででかい顔できる権威があるのか……?
(……けど、マジでついてきてもよかったのかな、これ)
ゆりあの言う『試したいこと』とは何かもよく知らないで来てしまったし。
それに、ベッドが二つあるとはいえ、ここは恋人とかと来る場所ではなかろうか。
(……こんな「パートナーとラグジュアリーな一夜を♡」みたいなところで、本当に何も起こらないなんてことがあるのか? 仮にもホストと姫で二人でホテルに泊まるってのに?
いや別に頑なに客と寝ないと決めているわけじゃないけど、相手がゆりあとなるとなんというか余計にこう――)
ぐるぐると意味もなくただただ悩んでいると、ベッドに腰掛けたゆりあが「それじゃーはじめよー!」と言って拳を突き上げる。
「……何を?」
「修業!」
「……………………なんて?」
突然少年漫画みたいな単語が聞こえたが?
「れいぴはスゴーイ祓い屋である、ゆりあの助手でしょ?」
「違いますけど……?」
「だから〜、やっぱりれいぴにも、れいぴの必殺技を身につけてもらった方がいいと思って♡」
「戦いませんけど……?」
必殺技と聞いて少年の心が疼かないこともないが、そもそも敵と戦わないのであれば必殺技など不要である。
「そんなこと言っちゃっていいのかなぁ〜」
ベッドの上でスカートのままあぐらを組んだゆりあが、ニヤニヤしながら上体をぐいと乗り出してくる。
「れいぴがこれから覚えるのは〜、
式神、だよ……?♡」
「なッ……!?」
(絶妙に少年心をツいてくる単語を発しやがるこの女……!)
諸氏には異能バトル少年漫画を読みふけった、小学生の頃を思い出してほしい。
そういうかっこいいものが大好きな時期には、誰もが式神だとか使い魔だとかを自在に操る「自分」を、一度は夢想したことがあるのではなかろうか。
俺はなまじ霊感があったため、自分のチカラをかき集めて「ハァ!」と言ったら、漫画の主人公のように何かスンゴイ感じの使い魔を使役できるようになるのでは? と――10歳になる頃まで割と本気で思っていた。
さすがに高学年にもなると現実を見始めるのだが。
(ま、まさか。
二十歳をそこそこ超えたこの年で、そ……そんな夢想が……成る、のか……?)
俺はがくりとベッドの前に膝をつき、
「……ちなみにそれはどういう感じの式神でどういう感じの修業なんでしょうか……」
あえなく陥落した。
少年の頃に夢想した、式神でなんか「ハァ!」とやる、という話には、抗いがたい魅力があったのである。
「フッフフ。こういうのを作る修業だよ♡」
ゆりあはそう言うなり。
どこからか羽音を立てながら飛んできた――数羽の烏が、ゆりあの手の甲や肩に降り立った。
俺は少し遅れて、そこにいる全ての烏が、三ツ足であることに気がつく。
三ツ足の烏――八咫烏。
太陽に住むと言われる、霊力を持つ烏。導きの神とも言われる、太陽の化身。
「一部の祓除師は、こうやって自分の霊力から式神を作り出して感知に使うの」
「……感知に?」
「戦いに活用する時もあるみたいだけど、ゆりあはないかなあ。
あのね、気配や霊力の感知って、自分の霊力を広げて、そこに引っかかったものを感じ取るってことなんだよ。……でも、霊力は遠くまで広げられないから、遠くの調査はできないし、感知範囲を広げれば広げるほど、感知の精度は落ちる」
だから式神を使って中継地点を作るのだ、という。
烏のような空を飛ぶ生き物を、式神として遠くまで、あるいは重点的に妖の居所を探りたい箇所まで飛ばして、式神を中心にまた霊力を広げる。
そうすることで、感知の精度を上げるらしい。
「自分の霊力を広げて、そこに引っかかったものを感じ取る――っていうのにもセンスが必要なんだ。……でもゆりあは、広く広げるだけの霊力はあるけど感じ取るセンスがイマイチだから、こういう式神を使ってる。感じ取った情報を式神が整理して術者に伝えてくれるから楽だしね」
「へー……式神が情報処理端末になるってことか……」
「そゆこと。で、れいぴは霊力量は少ないけど、その、『感じ取る』センスがピカイチなの」
ゆひあがパチッと指を鳴らす。
すると、烏の姿が掻き消えた。……かっこい。なんだ今の。
「だけど、ピカイチだからこそ使いこなせてない面もある。感じ取った情報が多すぎて、結局脳が理解し切れてない。
だからこそ、れいぴの感知をサポートとして、かつ情報処理をしてくれる式神を作れれば――れいぴの感知網は唯一無二の巨大セキュリティセンサーになるよ」
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