祓い屋助手候補のホスト8

 【AGELESS】ではわりと頻繁に目の前をキモくてでかい虫が横切って、思わず悲鳴を上げそうになるハプニングが起こるが、[CRIMSONMoon]はそれがなさそうだ。

 ホストで空気が綺麗で妖がいないのがデフォ、というのはまず有り得ないだろう。――だとすると、何か妖が寄り付かない仕組みがここにあるのだろうか。


(だとしたらぜひとも知りたい)

 

 俺の心の安寧のために。


「……とはいえ、まったくいないって訳でもなさそうだしぃ〜」


 ゆりあがぴ、とテーブルの端を指さす。

 そこには親指の爪大の蜘蛛が這っていた。実際にいてもおかしくないサイズの蜘蛛だったが、すぐにピンとくる。――これは妖だ。


(前は絶対、普通にただの蜘蛛だと思ってただろうな……)


 ささいなことでも自分の霊感のを感じて胡乱な瞳になったところで、蜘蛛がぴたりと止まった。

 赤い目と目が合う。

 思わず息を飲んだその瞬間、――蜘蛛が糸を吐き出した。こちらに向かって。


(うわっ!)

「おっと……」


 ゆりあがこちらに向かって手を出そうとするより先に。俺の顔の前に、誰かの手が差し出された。

 男の手。


「……ッ」

「セイ――」


 蜘蛛の吐いた糸を手のひらに受け、顔を歪めるセイ。

俺とゆりあが驚いていると、セイがぱっと笑顔を作ってこっちを向いた。


「ああ、すまない。虫がいたから」

「……せ、……」

「姫、初めまして、セイです。レイヤとは久々だな」


 指名に応えてやってきたのだろう。

 口の端を持ち上げて、ゆりあに向かってクールに笑ってみせるセイ。


俺は彼のその態度が、俺のであると、すぐに理解する。――これは見えない人間に対する誤魔化しだと。

 心臓がわずかに嫌な音を立てる。

 セイを通して、お前は異端であると事実を突きつけられたような気がして。


(初めて知った。こいつも、視える側の人間だったのか……)


 今までまったく知らなかった。

 東京中央部を代表するホストとして、晴人同様、顔を合わせたことも幾度かあるのに、全然気が付かなかった。


 固まる俺をよそに、ゆりあがさっとセイの手を取った。

 何やら白い光を纏った人差し指と中指で、糸を浴びて紫色に変色している――おそらく一般人にはただの手のひらに見えるのだろうが――箇所を素早く撫でた。

 瞬間、変色が掻き消え、セイの手のひらは元の色に戻る。


「な……っ!?」

(……すごい)


 早業に、俺は素直に感心する。何が起きたのかわからなかったが、驚いたのは目の前でゆりあの力を見せつけられたセイの方だろう。


 セイが、飄々とした態度はどこへやら、愕然とした表情でゆりあを見る。

 ゆりあが片目を瞑ってみせる。


「だいじょーぶだよセイ」

「は……?」

「――れいぴも見える人だから」


 


 ゆりあが言外にそう告げると、セイがさらに目を見開いてこちらを見る。頷いてみせると、奴は――整っているとしか言いようがない、その涼やかなイケメン顔が台無し、と思えるほどにマヌケな表情を晒した。

 そしてさらに、セイは俺から視線をゆりあに移して、



「……もしかして、同業者か……?」



 と、驚きのせいでかすかに震えながら、彼女を指さした。




 *




「え、S級!?! マジかよ!!」

「お前さっきまでのキャラどうしたんだよ」

 

 帰り際。

 送り指名――卓についたキャストの中から一番気に入ったホストを指名して見送ってもらうこと――にて、セイを指名した俺たちは、地下にある店から地上に上がる階段にて、改めて自己紹介をしていた。

 セイの叫び声はゆりあの名刺の表記を見てのものである。


キャラそんなもんとか吹き飛ぶわ! やべー! S級とか本当にこの世に存在したんだ(?)」

「存在するよぉ(?)」

「キャラのことそんなもんって言うな」


 大切だろキャラ作り。

 まあ俺は優しく甘い言葉をかけるようにしてるだけで、キャラ作りとかせずほぼ素だけど。 


 セイはいつものクールさをかなぐり捨てている。

 キャラを投げ捨てたセイを見ていると、キャラの大切さをしみじみと実感させられた。


(こいつの素ってこんなんか……。あんまり知りたくなかったかも)


 俺は落ち着いた態度が売りのはずの、セイのテンションの上がりっぷりを見て、複雑な気分になる。……物静かなクール顔でいてもらったほうが、年間売り上げ成績で負けてることに、多少は――多少は、納得がいく。

 素のセイ、顔がいいだけのただのバカじゃん。


「ていうかそのS級って、そんなに騒ぐようなことなわけ? そりゃ俺だってゆりあが強いのは知ってるけど」

「あったり前だろ。Sは世界でも二十人に満たないほどしかいない。日本じゃ文字通り五指に入るよ」

「二十……」


 それは確かにすごいかもしれない。ゆりあはムンと胸を張っている。

 セイ(本名は正一郎せいいちいろうというらしい)が見せてくれた祓除師の名刺には、Cとあった。雑魚は問題なく祓える、ごく一般的な階級だという。危険度の低い任務を請け負う分収入はそこまで多くなく、セイのように他の職種に就いている者もいるらしい。

 C級だと、霊能力を持っているかいないかは見分けがつきにくいものだとゆりあは言う。一般人にも気配の強い者はいるためだ。


「てことは[CRIMSONMoon]の治安がヤケにいいのは」

「雑魚を自主的に掃除してるから。オレここらへんの雑魚掃除担当なんだよね」

「すげえ……」こいつがいれば、店から雑魚妖が消え去るのか。「なあセイ、おまえ【AGELESS】に移籍しねえ?」

「しねーわ。何言ってんの?」

「あ、つい」


 いかん。気が付いたら勧誘してしまっていた。

 系列店同士でキャストを奪い合ってもグループの利益にはならないし、無駄に店内のライバルを増やしてしまうから、引き抜きの意味は特にないのに。


(けど、綺麗な職場環境にはとんでもなく惹かれる……)

「こっち見んな!」


 未練が拭えず、じ……と見つめてしまっていると、壁際まで後ずさるセイ。

いや、こっち見んなは酷くね?


「でもレイヤはなんでゆりあさんについてきてんの? ゆりあさんがここに来たのって『人皮』とやらの調査なんだろ。オレには情報来てないけど。一応、ここらの短刀なのに……」

「おいくんでもいいから敬称をつけろ敬称を。一応お前、ホスト歴じゃ後輩だろ」

「どういうこと? ゆりあさん」


 苦言を呈しても華麗にスルーするセイ。

 腹立つ……。


「うーん、そうだねぇ。ゆりあもセイたちC級の中には夜職のお店に所属しつつパトロールしてるのは知ってるけど、今回の任務は危なそーだから。国怪対はゆりあに一任して、現場担当のB以下にはかかわらせないようにする方針みたいだよ。何かあったら、A以上の応援がくるかもしれないけど。

 で、ゆりあがれいぴについてきてもらってるのは、れいぴの霊感・感知がSクラスだからだよ。れいぴはゆりあのエス候補なの」

「S級の協力者候補!? レイヤが?!」


 なんだこいつ突然めちゃくちゃ驚くな。

 S級って界隈じゃ水戸黄門みたいな御威光なのか?


「その、助手……協力者ってのも、ゆりあが言ってるだけだけど。俺は別に妖にはかかわりたくないし」

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