ふえてる。
はな
ふえてる。
増えてる。
直感がした。
何が、かは分からないけれど、朝この部屋を出たときには感じなかった、“何か”の気配を感じる。
気配はあるのに、そのもの、が見つからない。
テレビも、テーブルの上も、ベッドにも、変化は無い、ように見える。
それでも、室内の圧迫感は確実に増していた。
鍵は掛けた。
靴箱の上の鍵を手に取り、通勤用のパンプスを履いて外に出る。
そのまま施錠して、鍵をバッグの内ポケットにしまう。
毎日のルーティーン。
今朝も同じだった。
施錠された部屋の中に何かが増えている。
確認できない違和感の発信源が気になりながら、夕食の準備を始める。
今日は夏野菜のパスタにしよう。
昨日実家から送られてきた段ボールには、母が趣味で育てたミニトマトや茄子が大量に詰められていた。
一人暮らしでこの量を消費するのは至難の業だ。
30も半ばを過ぎて独り身の娘に対する挑戦状だろうか。
野菜室から材料を取り出し、適当に切り分ける。
オリーブオイルを熱し始めて、ふと、ベーコンも入れよう、と思いつく。
冷蔵庫を開け、動きが止まる。
一人暮らしを始めたばかりの頃、実家での感覚が消えず、お得な気がして2個入りパックや20%増量の食材を大量に再起不能に追い込んでしまった経験から、最近では冷蔵庫の中身は自分が把握できる分だけ、と決めていた。
扉を開けてすぐ、冷蔵庫の真ん中の段、中央にマヨネーズが鎮座している。
私はマヨネーズが嫌いだ。
しかも、キューピーとか、見慣れたマヨネーズじゃない。
瓶入りの、英文字が書かれたマヨネーズ。
私の行きつけのスーパーには売っていないはずだ。
明らかな異常事態。
けれど、不思議と人の気配はなかった。
日常を続けることが、心の平穏を保つ唯一の手段のように感じられた。
熱したフライパンに細切りにしたベーコンを入れ、炒める。
脂身に焦げ目がつき始めたタイミングで野菜を投入する。
木べらで具材を混ぜ合わせていると、新たな違和感に襲われる。
フライパンがいつもよりずっしりとしている。
持ち手は赤い。
三年前、キッチン用品を揃えた時に買ったモノと同じ色。
長く使っているせいで加工が傷み、油を引いてもすぐに焦げ付いてしまうのが悩みだった。
そういえば、今、フライパンの上の具材はオリーブオイルを纏い、きらきらと美味しそうに輝いている。
茄子にもベーコンにも余計な焦げは見当たらない。
タイマーがパスタの茹で上がりを告げる。
湯切りしたパスタを具材に絡め、器にもりつける。
インスタントのスープにお湯を注ぎ、リビングに移動する。
ローテブルに並べると、目の前のテレビ台をまっすぐに見つめる。
羊のぬいぐるみ。
初めて違和感を感じた日、テレビ台にコレが増
えていた。
帰宅してすぐ、部屋の空気が違うことに気がついたあの日。
知らない間に部屋の空気がかき混ぜられた気配を感じた。
肌が泡立ち、トイレ、浴室、クローゼットの中まで、全てを確認した。
異変は見つからず、お気に入りのハーブティーを入れ、いつもの位置に腰を下ろした時、明らかな異物が目に入ったのだった。
なんとも言えない恐怖に思わずぬいぐるみを手に取り、ゴミ箱に投げ捨てようとして、手を止めた。
羊の胴体、1番フワフワとしているはずの部分に異質な硬さを感じた。
私はぬいぐるみを元に戻した。
その後も洗面台に見たことのない海外製の歯磨き粉が置いてあったり、買った覚えのない食材が冷蔵庫に入っていたり、度々何かが増えていった。
パスタを一口、咀嚼して飲み込む。
真っ直ぐに羊を見つめて、言う。
とびきりの明るい声で。
「美味しい〜、私、天才かも。」
異変に気づかないフリをしながら、今日も私は、何処かで聞いているかもしれない誰かに向けて声を出す。
だから、私の部屋は、今日も少しずつ、増えていく。
ふえてる。 はな @hana0703_hachimitsu
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