霞を越えて、花は咲く

小鳥遊 澪

第1話 花の便りに託されて

 春浅き都の朝――


 白くけぶる霞の向こう、御簾の奥で香を焚く少女がいた。名は優夜ゆや。十八の春を迎えたばかりの姫君である。


 姫といっても、華やかな装いよりも、薬草の香に包まれていることを好んだ。花を煎じ、葉を干し、根を蒸して、病に苦しむ者へと差し出すその姿は、まるで白き薬師のようだった。

 

 心根が優しい、と人は言った。だがそれは、彼女が痛みに敏いだけのことだった。誰よりも傷つきやすく、だからこそ誰よりも癒し方を知っていた。


 結婚の話など、過去に何度もあった。けれど優夜は、頷くことも、断ることもせず、ただ柔らかく笑って言った。


 「今は、まだその時ではないのです」


 それが変わったのは、春の初め。庭に梅がほころぶ頃、父君に呼ばれて座した日だった。


 「唐国より使いが参った。宰相殿のご縁談、そなたにとのことじゃ」


 唐国。


 遠き異国。風も香も、言葉すら違う場所。けれど、宰相・天陽てんようという人は、幼き頃より帝の側にあって、今や国政を司る人物だと聞く。淡麗な方で、人柄も誠実であると。


 優夜はふと、梅の花を思った。冬を越え、寒さに咲くその花の、強さと気高さを。


 「はい。……承ります」


 それは決して、誰かに従ったのではなく、誰かに捧げたのでもない。


 自らの意志で選んだ、新しい道だった。

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