第20話

片山中学校・3年。


長田 洋介(おさだ・ようすけ)は、“クラスの情報屋”と呼ばれていた。

誰が誰を好きだとか、テストでカンニングしたとか――

小さな秘密を握っては、ニヤリと笑ってこう言う。


「言いふらされるのが嫌なら、わかってるよな?」


本人はそれを「頭の良さ」だと思っていた。

情報を集め、優位に立つことで、誰にもバカにされない場所を作っていた。


でも、洋介には――誰にも知られたくない“弱点”があった。


---


ある放課後、洋介はこっそり図書室で雑誌を読んでいた。

表紙には、美しい40代の女性モデルが微笑んでいる。


(……やっぱ大人の女って、最高やな……)


目線を泳がせ、雑誌をリュックに隠す。

(クラスでこんなんバレたら、終わりや)


人の秘密を弄ぶくせに、自分の秘密には誰よりも臆病だった。


---


ある日、うっかり落としたスマホを、後輩の男子に拾われた。


そのとき、画面に表示されたのは――熟女系の検索履歴。


「えっ……先輩、これ……」


一瞬にして、洋介の顔色が変わる。


「誰にも言うなよ。言ったら、あのことバラすからな。お前のLINEのあれ……」


後輩は怯えて黙る。


けれど、洋介の心には、今までにない“ザワつき”が走っていた。


(バレたら終わる。俺の価値が崩れる……)


---


その夜。

洋介は、自販機横のベンチでジュースを握りつぶす勢いで飲んでいた。


「……チクられたらどうしよう。

でも、バレるってことは、俺も人のこと言えんってことになるやん……」


そのとき――


「自らの秘密を守るために、他者を脅す。

それは、剣を逆手に握るに等し」


草履の音。

声の主は、着流し姿の――**宮本武蔵**だった。


「なんや、おっさん……説教しに来たんか?」


「拙者はただ、己の剣がどこに向いているかを問う者なり。

お主の剣は、他人に向き、自分に怯えている」


「……何が悪い。バレたら終わりや。俺がバカにされるんや。

だから人の弱みを握って、自分を守ってんねん」


武蔵は一歩、踏み出した。


「それは“守り”ではなく、“隠れ”なり。

真の強さとは、**他人の弱みを責めぬ心**。

そして、自分の弱さを、誰かに委ねずとも立つ誇りなり」


洋介は、唇を噛んだ。


「でも……本当の自分がバレたら、

誰も俺を、認めてくれへんかもしれんやんか……!」


「されど、それを恐れて斬った信頼は、戻らぬ。

今、お主が斬っているのは――他人の秘密ではなく、“自分の未来”だ」


---


次の日。


洋介は、後輩を屋上に呼び出した。


「……昨日のこと、謝るわ。脅したのも最低やった。

でもな、俺も、ちょっと……恥ずかしい秘密があってさ。

ばらされたら、終わると思ってたんや」


後輩は一瞬驚いたが、言った。


「……俺、あのこと誰にも言いませんよ。

でも、長田先輩、そんなに怖がる必要ないんじゃないですか?」


洋介は目を見張った。


(……ばれても、死なへんのか)


---


昼休み。


洋介は、情報を集めるのをやめた。

代わりに、自分から話しかけて、少しだけ素の自分を見せた。


「なあ、あのドラマ、意外と面白くね? 主演の女優、俺めっちゃ好きやねん」


クラスメイトの女子が笑った。


「珍しくフツーの会話するじゃん、長田。何かあったの?」


「まあな。剣の持ち方、間違えてたって気づいたんや」


---


放課後、武蔵は屋上でつぶやく。


「人の弱みを握る剣は、いつか自らを斬る。

されど、己の弱さに向き合う者の剣は、折れぬ。

“許し”という技こそ、もっとも強き武なり」


風が、彼の羽織を静かに揺らしていた。


---


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る