第18話

片山中学校・2年4組。


放課後の教室、女子たちが残って雑談しているところに、

黒田 陸斗(くろだ・りくと)がドアを蹴るようにして入ってきた。


金髪混じりの髪、だらしない制服、腰にジャラジャラとチェーン。

学校一の“問題児”として知られる少年だ。


「おい、聞いてんのか? 俺、昨日ヤバかったんだぞ」


女の子たちが苦笑まじりに視線を向ける。


「また武勇伝? どうせウソでしょ~?」


「ちゃうわ。ホンマやって。昨日、駅前でヤンキー4人に囲まれたんよ。

“ケンカ売ってんのかコラァ”って。で、俺が一発で――ドカーンって!」


両手を振り上げる仕草。

そのうち一人の女子、**吉沢 美羽**が、少しあきれたように言った。


「へえ、黒田くんって、いつもそんな強いのに、数学のテストだけは敵わないんだ?」


「ちょ、お前なぁ……」

一瞬ムッとするが、すぐに笑いに変えてみせる。


「まあ俺、ケンカはできるけど、数字には弱いからよ~」


女子たちは笑った。けれど、**誰も本気で信じていないことを、黒田はわかっていた。**


---


夕方、学校裏の公園。

黒田はひとり、缶ジュースを飲みながらベンチに座っていた。


(……結局、俺のこと、誰も本気で見てくれへん)


(誰かにすげぇって言ってもらわな、俺の存在なんて、どこにもない気がしてくる)


ポケットの奥で、小さな傷がついた携帯の画面をつける。


未読のLINEはゼロ。

家には、話しかけてくる親もいない。


「……ホンマは、誰にも勝ててへんくせにな」


---


そのとき、公園の砂を踏む草履の音が響いた。


「強さを語る者よ。なぜ、その目は、寂しさに濡れておる?」


ふり向くと、そこには着流し姿の剣豪――**宮本武蔵**が立っていた。


「……なんやねん、あんた。コスプレか?」


「いや。拙者は、剣に生き、剣に死んだ者なり。だが今は、人の“闇”を斬るため、現れた」


「ふん。人違いや。俺は闇になんか囚われてへん」


「ならば問う。“語られし武勇伝”の数々――それは、誰のための剣だった?」


黒田は、返せなかった。


「お主は、他者の“驚き”にすがり、虚構の力で己を飾る。

だが、“強さ”とは――**“一人で立っている自分”を受け入れる力**なり」


「……じゃあ、見せたるわ。俺が、本物のケンカ、したるわ」


「待て。敵は他者にあらず。“自分の空虚さ”と向き合う覚悟――それこそが、剣の道」


---


次の日。黒田は武勇伝を語らなかった。


代わりに、苦手だった図書室でこっそり勉強していた。


そこに、美羽が通りかかる。


「あれ? 黒田くん、もしかして……数学やってんの?」


「……別に。誰にも勝てへんから、ちょっと練習してんねん」


彼はぶっきらぼうに答えたが、美羽はニッコリ笑った。


「それ、ちょっとカッコいいかも」


「は?」


「うん。ケンカより、そういうののほうが、私、好き」


黒田は耳まで赤くなった。


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夕暮れ、空っぽの教室の黒板に、誰かが書いていた。


> 「誰かにすげぇって言ってほしかった。でも、

> 自分が“すげぇ”と思えるような人間になるほうが、たぶん、かっこええよな」


---


武蔵はその黒板を遠くから見つめながら、木刀を肩に語る。


「語られし武勇伝よりも、語られぬ勇気こそ、真の強さなり」


夕日が、彼の背に赤く差していた。


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