第5話:ふたりきりのかえりみち

 その日の練習は、曇り空のせいか、いつもより少し早く終わった。

 気温は肌寒く、湿った空気が校庭の土を重くしている。


 「……じゃあ、おつかれー!」


 部長の掛け声とともに、ぞろぞろと下校しはじめる部員たち。

 体育館の裏口で、靴ひもを結びなおしていたみこは、ふと顔を上げる。


 ――あれ? 徠斗くん、おらへん。


 周囲を見渡すと、少し離れたバイク置き場の前で、晴が徠斗と話していた。



---


 「今日は、ちょっと寄り道してこ?」


 「……どこに」


 「ヒミツ。でも甘いもん。しんどい練習のあとって、ちょっとくらいご褒美欲しくなるやろ?」


 晴の笑顔は、いつもよりほんの少しだけ、力を込めた笑顔だった。

 徠斗は小さくうなずく。ふたり、並んで歩き出す。


 その様子を、校門の影から見てしまったみこは、心がきゅっとなった。


 (うち……なんでこんなに、もやもやしてんのやろ……)



---


 甘い香りと湯気に包まれた、駅前の小さなクレープ屋。


 「晴は、昔から甘いもん好きやったな」


 「うん、まあな。でも……今日はちょっと、別の理由で」


 ポニーテールが、ふと揺れた。


 「なあ、徠斗。うちのこと、どう思ってる?」


 クレープの包装紙を持ったまま、徠斗はまばたきをひとつ。


 「どうって……」


 「“バド部の仲間”ってだけなら、それでもええ。

  でも、うちはたぶん、もうちょっとだけ……ずっと、気づいててん」


 言葉に出した瞬間、急に胸が苦しくなる。


 「……うちは、徠斗のことが、好きや」



---


 一方その頃、帰り道。

 ひとり、スマホを握りしめながら歩くみこ。


 【いまからクレープやさん!】


 LINEのグループに流れてきた晴のメッセージと写真。

 映っていたのは、徠斗と、笑ってる晴。


 (……うち、知らへんかった。ふたり、あんなに距離近かったんや)


 指が震える。心が波打つ。

 足が止まったその場所で、空からポツ、ポツと雨が落ちてきた。



---


 クレープ屋の軒下。

 徠斗は、短く息を吐いてから、静かに言った。


 「ありがとう。……でも、すぐには答えられへん」


 「……そっか」


 晴の笑顔は、少しだけ、揺れた。

 けれど、泣かなかった。


 「そんなん、わかってた。でもな、ちゃんと言いたかったんや。

  好きになったんは、うちの勝手やし。……ありがとう、聞いてくれて」


 その言葉に、徠斗はほんの少しだけ、目を伏せた。



---


 翌朝。


 教室の窓辺で、みこはひとり、外を眺めていた。

 空は、また少し曇っていた。


 「みこちゃん!」


 晴の声。変わらない笑顔。

 でも、どこか少しだけ、大人びた顔。


 「おはよう」


 「……お、おはよう」


 返す声が震える。言葉の奥に、あふれそうな感情を押し込める。


 (どうして、こんなに苦しいんやろ。

  恋って、こんなに、しんどいん?)



---


 まだ、だれのシャトルも、着地していない。

 この三角の恋は、まだ、ぐるぐると飛び続けていた。

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