第5話

次の朝、綿が最初に起きた。


理由は簡単で、暑かったからだ。


寝ていた畳の上に、じわりと背中の汗が染みていた。 タオルケットを蹴っ飛ばして寝ていたせいもあるけど、もう朝の七時半なのに、室温はすでにかなり高い。 蝉の声はまだ本気を出していないが、空はもう夏の光を遠慮なく落としていた。


隣を見れば、沙綿が仰向けで寝ていて、鳥森は俯せで腕を枕にしていた。 二人とも、なんとなく寝苦しそうな寝相だった。


綿はそっと立ち上がると、襖を静かに開け、台所の窓を開け放った。 風が抜けていく。麦茶の残りが少ないことに気づいて、冷蔵庫の横に手を伸ばす。


その音で、沙綿が目を覚ました。


「……あつ」


「ね。なんか今日、すごい暑くない?」


「暑い……あと、背中がべたべたする……」


沙綿はぼんやりと座り直し、うすい寝間着の背中をひっぱっていた。


その後、少し遅れて鳥森もむくりと起きる。


「……うわ、寝汗……ひど」


「ねー。これ、絶対布団にも染みてる」


「干す?」


綿の提案に、沙綿が黙ってうなずいた。


「じゃ、布団……全部出そうか」


三人で手分けして、畳の上に敷いていた布団やシーツをはがし始める。 しわくちゃになった敷き布団。寝汗でしっとりした枕。ぺたぺたしたシーツ。


それを折り畳んでいく途中、鳥森が突然「うわ!」と声を上げた。


「なに?」


「シーツの裏、めっちゃびしょびしょ……これ、あたしのせい?」


「それは……まあ、お察しということで」


「うわ、やだー! このシーツ、沙綿のじゃん!」


「いいよ別に、どうせ今日洗うし」


沙綿は淡々と言ったが、鳥森は「なんかごめん……」と縮こまっていた。


3人がかりで布団とシーツを抱えて、縁側から裏庭に出る。 物干し竿は2本。少し曲がっていて、片方の高さがちょっと足りない。


「うわ、背伸びしないと届かない……よいしょ……」


「あー、そっちの竿ゆがんでるから、綿が持ってて」


「ん、こう?」


「いや、それだとこっちが落ちる。……あーもうっ、どこ持ってるの!」


「沙綿、指つめないでよ!」


シーツがばさっと広がったまま、3人がもたもたしている様子は、まるでコントのようだった。


そのうち、沙綿が笑い出す。 鳥森もつられて吹き出す。 綿だけは口をへの字にしながら、真面目に布団を持ち上げ続けている。


ようやくすべてを干し終えたあと、3人は縁側に座って、扇風機の風を交互に浴びた。


「……めっちゃ汗かいた」


「せっかく布団干したのに、また汗かいて戻るってオチ?」


「それはやだなあ……でも、風気持ちい」


「うん……」


麦茶のコップが、ちゃぷん、と静かに揺れる。


一瞬だけ、言葉が止まった。 でも、それは沈黙じゃなかった。 なんでもない時間が、静かに息をしているだけだった。


風が、洗いたてのシーツを揺らす。


まるで、空の中で誰かの笑い声が残っているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る