稲田との出会い①

デミヒューマンに関連する論文の閲覧は規制されているため、ひとまずニュース映像や当時のニュース記事からデミヒューマンの機構を考えることにした。


ニュース記事によれば、筋肉はほとんど化学繊維ワイヤで再現し、モータでワイヤを巻き取りことで動かしていたらしい。ただし動かしたときに大きな遠心力がかかるような場所はワイヤではなく直接モータで動かしていたらしい。


跳躍もデモンストレーションでは行っていなかったが、達成してはいたようだ。跳躍はバランスを取りながら行わないと転倒してしまうため、人間ほどスムーズには行えない。デモンストレーションで跳躍を行わなかったのはそれが原因らしい。


しかし分かったのはこれだけだ。具体的にどのような機構をとっていたのかを知ることはできなかった。


そこでワイヤという単語をヒントに、新しく腕を作ることにした。化学繊維ワイヤは用意できなかったので、ひとまずホームセンターでワイヤを買ってきた。


結論から言うと、かなりいいものができた。肘部のモータを無くして滑車に取り換え、肩から滑車を通じて手首に繋げた2本のワイヤを肩のモータで巻き取って動かすことに成功した。これで肘部分の形状はかなりましになる。


しかし新たな問題も生じた。手首にワイヤを固定するため、手首を回転させるとワイヤがねじれて滑車から外れてしまうのだ。それに、この方式ではあまり高い出力は達成できない。


モータと滑車が回転するときに生じる音も問題だった。モータは高速回転する時にジッ、と音が鳴ってしまう。滑車もワイヤで押さえつけられることで回転時にカラカラと音が鳴る。このままでは動作音のせいで人間と思えなくなってしまう。


そこで次に油圧で動かすことを考えた。日本では加東教授の流れを汲みモータなどを使用した電動ロボットが多い。しかしアメリカでは油圧を使うことが多い。流し込んだ油の圧力でロボットを動かす。油圧の方が高出力で、脱力も再現できるなど扱える力の幅が広い。


しかし油圧にも問題はあった。油を流す時の音はモータよりも格段に大きく、これならまだモータの方がマシとすら思える。あとは、油を流すためのチューブだ。油を貯めるタンクは胴体に隠せるとして、油を各部位に流すためのチューブはどうしても外に飛び出してしまう。


チューブを外部に取り付けることで動作が制限される問題もある。なかなか理想的な動かし方は見つかりそうにない。


段々と手詰まりを感じながら、どうにか今あるものを組み合わせて解決できないかと悩んでいた、ある日のことだった。


「みんな、少しいいかな?」


大熊に呼び出され、俺たちは作業を中断し中央の机に集まった。その日来ていたのは俺と須田、黒井だ。


「進捗を訊きたくてね。調子はどうかな?」


そう言いながら大熊は俺たちの顔をじっくりと見た。


「……正直、順調ではないです」


口調に悲壮感を漂わせてしまったか、大熊がほほ笑む。


「気を落とすことはない。まだ2か月だ、こんなにすぐに成果が出るとは私も思っていないさ。他の2人はどうかな?」


「俺も順調とは言えねえな。胴体は片西との兼ね合いがあるんである程度で留めて今は頭部を作成してるが、表情を自然に再現するのはかなり難しい」


「私は一応順調かな。小型でスーパー持久力なモバイルバッテリーは完成したよ。あと、片西さんと須田さんに頼まれて静音モータも作ってるけど、2人が出す条件が結構厳しいからそっちは時間かかりそう」


「なるほど、ありがとう」


そして大熊は満足げにうなずいた。黒井以外めぼしい進捗はないが、何が嬉しいのだろう。


疑問に思っていると、大熊がもったいぶった様子で言った。


「実はね、君たちに報告したいことがあってね。デミヒューマンの稲田君と連絡が取れた」


「本当ですか!」


思わず大声を出してしまった。他の2人も同じような反応をしている。


「本当だとも。デミヒューマンの件以来彼には監視がついているのでなかなか苦労したがね。私の資金力があればできないことはない」


この人には絶対に逆らわないようにしよう。心の底からそう思った。


「話を聞いたところ、どうやらデモンストレーションに使っていた機体は没収されたが、その前の機体はうまく隠しているようでね。状態はわからないがまだあるらしい。頼み込んで、我々に譲ってもらえることになった」


「なんてこった……」


柄にもなく須田が声を漏らす。その気持ちもわかる。目の前の男は一体どんな交渉をしたのだろう。


「機体の場所を教えてもらったので、信頼できる何人かを派遣して回収してもらってる。s1週間後にはこのアジトに届くはずだ。あと、彼にこのアジトの場所を教えたのでね。監視がある以上直接は来ないだろうが、もしかしたら何らかの接触があるかもしれない。彼は間違いなく味方だ。安心して話してくれていい」


俺の心に、プロジェクト参加当時の高揚感が戻ってきた。まるでロボットの神が味方についてくれた気分だ。

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