初めてのアジト①

蓮美の親との手続きをすませ、自宅に帰る時間すら惜しいほど俺は高揚していた。俺は迷うことなく車中で電話をかけた。


「君ならわかってくれると思っていたが、まさかこうも早いとはね。私の提案を拒んだのはたった半日前じゃないかな?」


電話越しの大熊が少し呆れたように言った。少し恥ずかしいが仕方がない。俺だってこうも自分の気が変わりやすいとは知らなかった。


「これは余談なんだがね」


つらつらと言い訳を並べていた俺を遮るように、大熊が言った。


「私がこのプロジェクトを発足した最大の理由は、老いを超越するという究極の挑戦がしたいからだ。ただそれとは別に、この日本で完璧なヒューマノイドロボットを作りたいからでもある。なぜだか分かるかな」


「さあ、愛国心かなにかですか」


そう答えた俺に、大熊がふ、と笑う。


「もちろんそれもあるにはあるが。君は世界で初めてヒューマノイドロボットを作った国が日本というのは知っているかな」


「ええ。加東史郎(かとうしろう)という偉大な研究者が70年も前に成し遂げたと伺っています」


これは義肢師にとっては常識だ。加東教授が発足したバイオメカニズム学会が義肢の発展にもたらした影響は大きい。義肢師なら加東教授についても多少は詳しくなる。


「その通りだ。完璧ではないにしろ、加東氏は人間を作るという人間の限界を初めて達成した。その栄光は語り継いでいくべきであり、その夢を継ぐのは私たち日本人であるべきだと考えている。加東氏の輝かしい成果に日本人としての誇りと自負を持って、私は完璧なヒューマノイドロボットを日本でこそ作りたい、と考えている。ゆえに」


そこで、大熊はもったいぶって無言でこちらの反応を伺ってきた。やっていることが子供だ。どうやら、気分が高揚しているのは俺だけではないらしい。


「ゆえに、何ですか」


先を促すと、電話越しの大熊が重々しい口調で言った。


「ゆえに、私はこのプロジェクトを、加東教授への敬意を表し『プロジェクトKATO』と命名した」


そんな勝手な、と思った。加東教授はすでに亡くなられてはいるが、ご家族に許可は取ったのだろうか。取っているはずがない、法律違反のプロジェクトだ。こんな名前、許されるはずがないと思った。だが、不思議と納得している自分もいた。結局、異議を唱えることはしなかった。


こうして、俺は禁断の研究に足を踏み入れることになった。父を超えるため。義肢師の意義を見出すため。そして、「人間とは何か」という問いの答えを得るために。


2週間後、大熊から再び連絡がきた。活動拠点と人材の確保が完了したので紹介したいということだった。夏もピークに入った、雲一つない快晴の日だった。


大熊に指定された場所に到着する。そこは東京都内にある中学校だった。車を回送モードに設定して外に出る。車はしばらく停止した後、次の利用者の下へ運転手不在のまま去っていった。


「さて、どうしたもんかな」


ぼやきながら辺りを見回した。大熊や関係者らしき人はいない。まさかこの中学校が拠点という訳ではないだろう。校庭では子供たちがユニフォームを着て走り回っている。


「待っていたよ片西君。2週間ぶりだね」


途方に暮れて突っ立っていると、不意に大熊の声が聞こえた。慌ててその姿を探すが、どこにも見当たらない。しばらく探して、ふと電柱の横で私を見上げる小鳥が目についた。


いや、鳥じゃない。鳥を模したロボットだ。まさか。


「ようやく見つけてくれたね」


鳥型ロボットから大熊の音声が流れ、その機体が宙に浮いた。空高く舞い上がったかと思うと、私の右肩にふわっと降り立つ。その一連の動作の滑らかさに俺は思わず見とれてしまった。


「こんなロボット、一体誰が作ったんです」


あまりに精巧に作られたロボットを見て、思わず聞いてしまった。小型のロボット(マイクロロボット)は普通のロボットよりも高い技術が要求される。このロボットを作った人物はただものではない。


私の質問に、誇らしそうな大熊の声がロボットから聞こえてくる。


「また後で紹介するがね。須田茂(すだしげる)という機械屋に作ってもらった。君ならもしかしたら知っているかな?」


「須田茂というと、ムーンショットプロジェクトの須田ですか? まさか彼もKATOプロジェクトに?」


「そのまさかだよ。まあ、私の思想に共感してくれたというより、利害の一致という感じだがね」


そう答える大熊だが、その口調から機嫌のよさがうかがえる。俺はというと思いがけないビッグネームの登場に驚いていた。


須田茂は群体ロボットやマイクロロボットで数々の功績を残してきた人物だ。造人禁止法施法以降あまりその名前を聞く機会はなかったが、まさかこんな所で聞くとは。


呆気に取られている俺をよそに、ロボットは話を続けた。


「我々のアジトへ案内しよう。ここから10分ほど歩いたところにある。直接来てもらってもよかったんだが、車の走行履歴からアジトを特定される可能性もあるのでね。気休め程度の対策だが、なるべく我々の研究の痕跡は残しておきたくない」


なるほど、まさか学校が拠点ではないと思っていたがそういうことか。しかし、アジトという子供っぽい言葉をこの年齢で聞くとは。老いを超越するという壮大な夢を持っているだけあって、大熊にも童心はあるようだ。もったいぶる大熊の顔を想像し、思わずにやけてしまった。

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