きっと愛した人達

@kiyo358

第1話 始まり

どこか大人びた派手な顔立ちと、すらっとした体型の彼女は人を寄せ付けない雰囲気を持ちながらも、人の目を引く不思議な子だった。

顔からは想像のつかない天然さに誰もが驚く性格がより愛らしさを感じ老若男女に好かれる事が多かった。

そんな私の知っている彼女は、心が壊れていたのかも知れない。


あれは彼女が16歳になった年の事。


「最悪、めちゃくちゃ吹雪いてるんだ…寒過ぎるし前見えないや」吹雪の中、仕事帰りに1人呟きながら歩く彼女の横を通り過ぎた車が少し離れた所に停まり、2人の男が車から降りて後ろの席から車のトランクルームに荷物を移してる。

「邪魔くさい所に停めて嫌だなぁ」そんな事を思いながら通り過ぎようとした彼女に男性の1人が声を掛けて来た。

「送って行こうか?寒いでしょ?」その言葉に立ち止まった彼女。

考え込んでる彼女に「近くのセイコーマートにコイツ先に降ろしてからなんだけど、そこの息子なんだよねコイツ」と「だから大丈夫だよ送るだけだこら!寒いでしょ?乗りなよ」更に1人早口で話す。

そのコンビニは彼女のよく行ってるコンビニだったのと、何より吹雪で寒かった彼女は何も喋らず頷いた。

その男性は彼女に後ろのドアを開けて「どうぞ!」と笑顔、もう1人の男性は助手席に乗った。

「寒かったでしょ?凄い吹雪だよね!歩いてるの見てて可哀想になったんだよね、急いで積んでた布団トランクに移したんだよ」と運転しながら1人話しをする彼は背が高く筋肉質なんだろうなと見てわかる人だった。

助手席の大人しい彼は少しぽっちゃりとした優しそうな人、早々に自宅のセイコーマートに着き、2人は積んであった布団を降ろして戻って来たのは運転手のみ。

運転席に戻った彼は「家どこ?」と彼女に聞いた。

彼女は少しホッとして「さっき通り過ぎちゃったんだけど、清掃工場の並びの大きいマンションなの」と申し訳け無さそうに教える彼女。

余りの近さなのか、通り過ぎたからなのか彼は「なんかごめん…そっかぁ…ねぇ少し時間ある?ダメ?」と後ろの席の彼女に問いかける。

「あぁ…少しなら」諦めた彼女はそう答えた。ドライブくらいなら良いか…と吹雪に乗せてもらった事と愛想の良過ぎる彼に嫌だと言えなかった彼女だった。

嬉しそうに彼は「前に乗らない?」と言うと彼女は即答で「後ろで良いよ」そう答えると「お嬢みたいだね」そう言いながら笑う彼が続けて「何して遊ぶ?」と彼女に聞くと彼女は突拍子も無く「お手玉」と一言。

彼が驚いた様子で、でも誇らしげに彼女に何かを放り渡した。

「えっ!お手玉⁉︎何で持ってるの⁉︎」驚いた彼女は思わず大きな声で叫ぶ様に聞いた。

「ミスド買ったら貰えたの!凄くない?お手玉って言うのも驚きだけど、持ってる俺も凄い!運命だね!」嬉しそうにする彼を見て彼女は「お手玉しないけどね」そう言いながらも、お手玉を触りながら懐かしい気分に浸り彼の問いに、全て曖昧に答える彼女だった。

その間も車は走り続けていて彼女にも見覚えのある景色が広がって来た。

心の中で彼女は「あぁデートスポットだ…初めて男の人と来るのが知らない人ってどうなの私…」そう考えてた。

いつの間にか外は晴れてて夜景が綺麗に見える「来たことある?夜景綺麗だよ!前に来ない?」そんな彼に彼女は無碍にまた「後ろで良い面倒だし」と終わらせる。

「お嬢、名前は?教えてくれないの?」と少し寂しそうに聞くが「お嬢で良いよ、皆んなそう呼ぶし」笑顔なのに口にする言葉は少し冷たく突き放す様に答える彼女は、彼の名前を一度も覚えて無いのである。


程なくして家路に向かって走り出す車…彼の会話は彼女にとって少し心地良く、冷たく答える彼女に嫌がる事もなく楽しそうに話す彼は彼女の家の近くの変わった入り口のラブホテルの話しをし出した。

「あそこのホテルの入り口の螺旋ってどうなってるんだろうね?知ってる?」そんな問いに彼女は「知らない…興味無いし」そう答えると、既に慣れたかの様に笑いながら「ちょっとだけ通って見て良い?入らないから登って見るだけで帰るから」と彼女にお願いをする彼に「見るだけなら良いよ」仕方ないと思い承諾した。


そう…彼女は大人びた顔立ちと身体だが、16歳になったばかりで実は生娘である。

思考回路が少し人と違い、優し過ぎるところに付け加え世間知らずな彼女。

人を疑う事を知らずに信じてしまうのに、人の愛情は信じない不思議な彼女。

普通に考えると彼の思惑は見るだけで帰るはずが無いのである。

案の定「あっ…バック出来ない、一回部屋に駐車しても良いかな?」と…頷く彼女に安堵したのか部屋に駐車すると更に「あっ…やばっ!入室になっちゃった⁉︎一回ちょっと入ってお金払って出ても良い?」と困った顔の彼に無言で頷く彼女…しかし降りようとしない彼女に「一緒に行ってくれる?」と彼が言うと、眉間に皺を寄せながらも仕方ないと言わんばかりに頷き重い腰を上げ開けられたドアから降りた。


そこからは大人の思考回路がフル回転だったのであろうか?彼女の諦めの良さなのか?彼の思惑通りに進展して行く。


「折角だからシャワー使っても良い?お金だけ払うの勿体ないよね?良いかな?」そんな彼に彼女は「私は入らなくていいから自分入って良いよ…」そう…彼女は勿体ないと言われると弱いのである…見た目と違い根は違うのだ。

本当にお風呂に入りさっぱりとして来た顔の彼は彼女に「凄い広くて良かったよ!入っておいでよ見ないから!」と…やはり大人の思考回路なのか?何やかんやと彼女を促す。

ご丁寧に上着まで脱がすお手伝いだ…

彼女は仕方ないと諦め上着を脱がしてもらってる…


そこで彼女の天然ボケが炸裂する事となった。


上着を脱がす彼の目に飛び込んだのは彼女の職場の制服姿と…ご丁寧に胸元にはネームプレートが付いていた。

それは巷では名の知れた靴屋さんの名前が入った彼女のネームプレート。

彼は彼女の職場だけでなく何度も聞いてははぐらかされてた名前を手に入れたのである。


「めちゃくちゃ有名な会社じゃん⁉︎夏子ちゃんって言うんだ?でもお嬢が似合うね!」と言うと夏子は「うわっ!制服だったんだ…」そう言い上着を閉じた夏子の手を抑えて「もう見ちゃったよ」と抱きしめた。


男性に抱きしめられたのはこれで2度目の夏子。

1度目は初めてのバイト先の忘年会で可愛がってくれる大好きな先輩と皆んなに囃し立てられ初めてチークダンスを踊った時…途中、苦しくなる程、抱きしめられ変な感覚を味わい恥ずかしい気持ちが先走ったのと、本当に苦しくて「敏ちゃん苦しいよ…」そう呟いた時を夏子は思い出していた。

「敏ちゃん…あの時何で困っちゃうな…って呟いたんだろう…」頭の中で違う男性に抱きしめられながら考えていた。

敏ちゃんが辛そうな感じで呟いた言葉が夏子はずっと気になっていたのだ。

敏ちゃんが誘ってくれた遊園地は職場で皆んなが怒り大問題に発展して無くなってしまったり…何かと夏子は敏ちゃんを気にしてしまってた事もあり…思わず目の前に居る彼に重ねてしまい、本当は敏ちゃんにしたかった抱きしめ返す…そんな行動をとってしまったのである。

そして夏子は促されるままシャワーに入り出て来た。濡れると天パの可愛らしさと、化粧を落とすと色白な肌が彼を慎重にさせた。

夏子が「家に電話したい心配するから」そう言うと彼に教えてもらい電話を掛け「しおちゃんと遊ぶから遅くなる」そう言って電話を切った。

彼に聞かれるまま…職場の話や恋人がいるのか?帰り道は何処を通るのか?そんな問いに…何も考えてない夏子は嘘をつくこともなく答えていた。

何気ない会話をしていると「少し仮眠とって良い?」彼が言った。

相変わらず夏子は何も考えてない…運転するから大変だよな…そんな風に考え頷く夏子。


そして彼は夏子の初めての男性になり…夏子から避けられる事となる可哀想な彼

そして夏子は致命的な失敗をしている…彼の顔を夏子はまともに見ていなかったのだ…名前も覚えてない…後ろ姿を何となく覚えてるくらいで


多分彼が職場に来た時も…帰り道の途中に車を停めて待ってた時も…夏子は「この前の人?かなぁ?わかんないや」と心の中で呟きながらも話しかけられない様に他の人を接客したり、帰り道に車を見つけると避けて違う道へと…


そう夏子は頭に過ぎるのだ…最初は優しさに溢れて心地良かったのに…あの痛かった行為に…

その時は耐えたが後々も痛くて、彼のせいでは無いと頭では理解しても身体が覚えてしまったのである。


夏子はその彼の顔も名前も覚えて無い事、その時の思いを語る時、少し恥ずかしそうに話す。

「自分でも驚くよ、初めてがあんなに痛いと思わなかったし…あんな痛い思いを何度もするのかと思うと彼は無理だと思ったんだよ…顔もまともに見てなかったから、お店に来た時、多分そうなんだろうと思ったけど…私…顔もちょっと二枚目風で照れてしまったんだよね、名前も覚えて無いのに話しかけられないし」と…逃げ回った割には屈託も無く笑顔で話す。


夏子は自分が究極の「人見知り」だと言うことに気が付いて居ない…。

彼女が顔をまともに見て無いのは、恥ずかしがり屋な夏子だからである。

彼女は慣れ親しむと、大きな目で視線を外す事なく見つめて来る。

恥ずかしさからなのか時折上目遣いになるのが愛らしい。見つめられると女の人も魅了するくらいだ。

彼は…寧ろ彼女に見られなくて良かったのかも知れないと夏子の話しを聞きながら思った。

いや…きっと夏子の仕草や見た目とのギャップに惹かれてしまったからお店や帰り道に待ってたのであろう…真実を知ったら彼はどう思うのだろうか?果たしてどんな行動を取ったのか?…夏子の天然振りを知った彼が…夏子と付き合う事になったら夏子も少しは変わったのだろうか?


夏子は大好きな人を重ねながら…初めて会った人に初めてを捧げてしまった事を全く後悔してないと言い「初めては好きな人じゃ無くて良かったよ…」と最後に一言で終わらせる。

きっと後悔してるのであろう…彼を覚えて無いことも、顔も見れなかった事も、避けた事も…。

夏子は天然で天邪鬼である…可愛らしい仕草や綺麗な顔立ちにすらっとした身体を持ちながら、自分を可愛いとも美人とも思わない…愛されないと心に深く刻んでしまってる子だ。


そして…この事をきっかけに…夏子はどんどん壊れていく…

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