食道楽の旅日記 ~補助術師お爺ちゃんと、微量回復術師の孫娘~
くろぬか
1章
第1話 年寄りの一人旅
日が落ちてから随分経った深夜、街道の端。
焚火がパチパチと耳馴染みの良い音を上げる中、鳥の皮を……焼いていた。
恐らく傍から見れば、「何をしているんだあの爺さんは」と思われた事だろう。
行商人には見えない荷物の量だろうし、冒険者に見える程若くも無い。
かといって、旅人に見えるのかも怪しいだろう。
もう今年で……いくつだったか。
忘れっぽくなった訳ではないと思いたいのだが、あまり自分の事に興味がないので。
若い頃なら~なんて言い始めれば、本当にジジィと言われてしまいそうな歳になった為、あまりそういう言葉は使わないようにはしているのだが。
まぁなんだ、そんな訳で旅人に見えるのかも怪しい。
昔の仲間達と一緒に居れば、こんな時に「お前は今○○歳だろうが!」なんて怒られていた事だろう。
しかしながら、こんな歳になれば皆良い大人……というか年寄りになるもので。
今でも各地をフラフラしている私と違って、皆腰を落ち着けたというもの。
では、そんな放浪ジジイが何をしているのかと聞かれると。
酒のツマミを、作っている。
鶏皮は良い、実に良い。
モッチモッチとした食感が好き、またはソレが嫌い。
人によって色々と感想が分かれる部位ではあるが、鳥の串焼きがある酒場に足を運べばほぼ間違いなく存在する酒のツマミ。
しかし、だ。
やはり調理法によって色々と好みが分かれて来るというもので。
焚火の近くに串を立て、じっくりゆっくりと火を通していく。
七輪やら専用の網焼きセットなどがあればまた違うのだが、旅する身の上としては流石に邪魔になってしまうので持っていない。
いや網くらいなら買っても良いのだが……アレ、汚れを落とすのがなかなかに面倒なのだ。
専用の洗い場がある訳でもない根無し草にとっては、そういうモノだって料理の味に致命的なダメージを与える。
だからこそ、街中で食べる物よりかは質が落ちるのは仕方ない。
しかしながら……それもまた、野営料理の醍醐味と言えるだろう。
「なんて、言い訳で。大容量の“マジックバッグ”……欲しいものだねぇ……壊しちゃったのが、何とも痛い」
見た目に反して沢山入る魔法の袋。
そういう魔法の道具だって、世界には存在する。
しかしアレ等は希少であり、金があれば手に入ると言う訳ではない。
まず売っている所を見つける事が大変なのだ。
そして私は旅人。
各地に赴いては姿を消す様な老人に、商人の信頼など得られる筈もなく。
代わりの物が見つかるまでは、大荷物を背負って移動中と言う訳だ。
まぁ、良いけど。貴重な物は小さいバッグに保管してあるので。
「さてさて……どんな具合かな?」
ジリジリと焼いていた鶏皮の串を一本手に取り、フーフーと息を吹きかけた。
脂が垂れて串を随分と熱してくれており、アチアチッと意味もなく声に出しつつどうにか吐息で温度を下げる。
そして未だに火傷しそうな程熱いソレに対し、おもむろにパクッと喰い付いてみれば。
おぉ……コレは良い。
下味を強めに付けた影響で、タレやら何やらが無くてもこのまま食べられる。
そして何より……このパリッとする食感。
歯触りが良いとは、まさにこの事を言うのだろう。
私の場合は、“かなり”と言って良い程に良く焼きが好きだ。
他の人からすると「残りカス」なんて言われた事もあったが。
馬鹿を言っちゃいけない、このパリパリサクサクの食感がとても強いのが何より素晴らしいんじゃないか。
柔らかい鶏皮も好きだし、確かにコレは水分やら脂などが抜け過ぎてパサついたりはするのだが。
酒のツマミなのだ、あまり煩い事を言うつもりはない。
ただ好きだから、こう食べる。
自分で作るのなら、理由なんてのはそれで十分だろう。
という事で口の中で鶏皮を噛みしめながら、大きなバッグから酒瓶を一つ取り出した。
普段飲んでいる物だとこれが最後の一本なのだが……まぁ、次の街は目と鼻の先なのだ。
今日飲み切ってしまっても構わないだろう。
という事でコルク栓を引き抜き、グイッと一口。
ふぅぅ……なんて、年寄りくさい深い吐息を零してから鶏皮をもう一口。
うん、実にうんまい。
この為に生きていると言っても過言ではない。
いや、過言か。
とはいえ、私に出来る事なんぞたかが知れているので。
老後の生活としては、まぁコレをやる為に生きていると言っても良いのかもしれない。
「もう少し酒を冷やすか……いやぁでも、この酒なら別にそこまででもないか。あぁ……街に着いたら冷えたエールでも飲みたいものだねぇ」
とか何とか一人でぼやきつつ、孤独な晩酌を続けている訳だが。
これがまた、意外と楽しい。
などと感じて来てしまっているので、私も本当に良い歳なのだろう。
旅をする様になってから、独り言も多くなってしまったし。
周りに人が居る時は気を付けないと、なんて思ったりもするが。
「うんむ、旨い」
旨いモノを食べた時ばかりは、口に出してこの言葉を言いたいというものだ。
静かに食べるのがマナー、という場所でないのなら。
美味しいと感じた時は美味しいと口にした方が、気分も上がるというものだ。
これで仲間達でも居れば、場も盛り上がるのだが。
今はまぁ、年寄りが一人居るだけなので。
いくら呟こうが、静かな夜に声が溶けていくだけなのは仕方ない。
しかし孤独を辛く感じないのは、慣れたせいなのか年の功か。
ガブッと串焼きに齧り付き、何度でも噛みしめたいと思えるパリパリ食感を味わった。
噛みしめ噛みしめ、じんわりと溢れて来るウマミを感じ取ってから、最後にクイッとお酒でしめる。
どんな人間であろうと、生きているのなら“食べる”事を止める事は無い。
食えれば良い、腹が満たされればそれで良い。
そんな風に言う人も、数多く見て来たが。
そういう人間にこそ、“旨い”と言わせてやりたくなる。
なんて、お節介が過ぎる性格なのは昔からなのだが。
というのも、私は補助魔術師。
戦う事に特化している訳でもないし、コレと言って誇れる様な特技がある訳でもない。
昔の仲間達と一緒に居た時だって、冒険者を名乗りながらもやっていたのはサポートばかり。
戦闘でのバッファー、生活面での補助……というか、お手伝い。
こんな事ばかりやっていたら、いつの間に皆引退する様な歳になってしまった訳だ。
今更街中で何かの仕事に就く、というのも技術や専門の知識が足りない上に。
雇う側だってこんな爺さんじゃ、老い先の方が心配で喜んで迎え入れたりはしないだろう。
という事で、昔稼いだ金を使って旅を始めてみたと言う訳だ。
しかし使うばかりではそれこそ心配なので、たまに冒険者の仕事を請け負ったりして多少稼いだりはするが。
まぁこんなにものんびり暮らせるのは、仲間達が最後まで私をサポーターとして雇ってくれていたからこそ。
パーティを解散すると決めたその日には、養ってやるからウチに来いと冗談でも声を掛けてくれたメンバーだって居た程だ。
いやはや、本当に良い仲間達だった。
また何処かで会ったら、その時は酒の一杯でも飲みかわそうと約束しているので。
今のところ私の目的は、世界を旅して仲間達に旅の話を聞かせてやる事くらいだ。
「さってと……今から歩けば、開門の時間くらいには到着するかな?」
鶏皮の最後の一本を豪快に齧り、モグモグと噛みしめてから仕上げに酒を一口。
ソレを済ませてから串を一本だけ咥え、焚火を消してから大きなバッグを背負って立ち上がった。
歳は取ったが、これでも補助魔術師だ。
弱った身体も、補助魔法の効果でこの通りってなもんで。
まだまだ日が昇らない、真っ暗な街道をテクテクと歩き始めるのであった。
バフで一時的な強化は出来るけど……たまに腰痛が来るんだよなぁ……。
こういうのばかりは、回復術師の才能も欲しかったなぁと思うが。
なんて言っても、人間欲張り過ぎは良くないというものだ。
手持ちの札で、どうにか生きていくしかない。
なので今夜も。
「歩きますか、次の街に美味しいモノがあると良いけどねぇ」
明るい月を見上げながら、まったりと旅を続ける老人がここに一人。
千里の道も一歩から。
老骨に鞭打って、旨いものを探しに行きますかね。
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