星のまにまに

きた

第1話 予言者

三年前の十一月、パソコンを壊してしまった。

自分の不注意でそうなってしまったパソコンは、とても自分の手には負えなかった。せめて中のデータだけでもなんとかならないかと、半泣きになりながらスマートフォンの画面とにらめっこし、何とか探し出した近所の中古パソコン屋へ持ち込むことにした。


現代の占星術師にとって、パソコンは必須の持ち物である。

なぜ古典回帰主義、方向でいうと超右向きの占星術師が、時代の英知とも呼べるパソコンを使用しているのかと不思議に思うかもしれない。

今の時代、ホロスコープを作成するのも、文章を書いて保存するのも、スカイプやズームで顧客や師匠と連絡を取るのも、すべてパソコンで行われる。現代の占星術師でパソコンを使えないなんて占星術師と呼べないだろう。それくらい占星術にとってパソコンとは切っても切れない関係である。

ましてやパソコンが壊れるということは、もう占星術師として機能していないに等しい。私たちは自分の計算能力を頼りに、天文暦を読み解き、貴重な紙とインクを使ってホロスコープを一から書くなんてことできないのだから。


壊れてしまったパソコンを持っていくと、男性が対応してくれた。

名刺を渡される。人の良さそうな、そろそろ中年期に差し掛かるだろう男性、Мさんという方のようだ。彼は慣れた手つきで私の壊れたパソコンを触り、しばらくののち、もう駄目ですねと首を振った。

ほら、ここ。もう破損しているでしょ?ここがこうなるともう動かないですよ。液晶もダメになっているし、これは買い換えてもらうしか方法はありません。

パソコンが役目を終えていることを淡々と私に伝え、店の中に並んでいるパソコンを指さし、このスペックであればこの辺りがお勧めです。中古ですが良く仕事してくれますよ。動作は問題ないです。

私は彼に言われるがまま、そのパソコンを買った。更にМさんはこう続けた。

初期設定があるので、しばらく時間が欲しいです。もしかしたら壊れたパソコンからデータも救出できるかもしれません。今立て込んでいるので、一週間後に新しいパソコンを取りに来てください。

そして一週間後、再びパソコンを取りに来た私に、作業は終わっていますよと伝えた。

まだ大丈夫そうなデータがあったので、取れるところは取ってまとめておきました。ですがアプリなんかはもう一度取り直してもらわないといけません。ワードやエクセルは入れておきました。その言葉に私は救われた。

そういえば今使っているOSはやがてサポートを終えるだろうから、その時はどうしたらいいのだろう。Мさんに尋ねると、多分あと三年は使えるはずとのこと。そのパソコンは中古ですのでOSのアップデートは難しいでしょう。寿命も大体三年だと思います。そのまま持ってきてくれて新しいものを買ってくれれば、きちんと使えるようにします。

よかった、これで後々のことは大丈夫だ、私は安堵し家路についた。


しかし、私の災難はこれからである。今買ってきたパソコンは、初期設定こそ終わっており、ワードやエクセルも使えるようにしてくれてある。救出データもまとめて入れてくれているらしいが、肝心の占星術ソフトはおそらく入っていないだろう。

占星術のソフトというのは、ホロスコープを作成するためのもので、種類も様々あり、その性能もピンからキリまである。

私は古典西洋占星術とホラリー占星術という、世の中のマイナーな占星術を使用しているため、他の方々と少しだけ使用するソフトが違う。

使用している占星術ソフトはアストロログとモリナスの二つ。

アストロログはフリーソフトで、その版元は海外である。当然主になる言語は英語で、それをまず読み解いてダウンロードする。更に仕様を自分で変更しなくてはならない。

モリナスに至っては、もうダウンロードの方法からして難しい。うまくダウンロードできず、運よくパソコンに納まったとしても、そこからホロスコープを作成するまで手間がかかる。

私は今まで、師匠にそれらのダウンロード方法を教えてもらっていた。授業の合間、通話しながらの作業なので、パソコン作業を苦手とする私にとって骨の折れる作業である。

師匠はジェントルマンなので、機械音痴な弟子をむやみに叱責することはない。しかし、たびたびパソコンでのホロスコープソフトのダウンロード方法を尋ねる物分かりの悪い弟子を、内心やれやれと思っていたに違いない。

困った、また師匠を困らせてしまう、どうしよう。めんどうくさくなった私は、考えるのを止めた。ちょうど本業も忙しく立て込んでいたこともあり、そのパソコンをあろうことか放置したのだ。また時間ができた時にゆっくりダウンロードすればいい。部屋の隅で放置されるパソコンを横目に、その後はスマートフォンの占星術アプリを使用してなんとかやり過ごした。

そうしてしばらく時間が過ぎた。苦手なことを放置したはいいが、やはり弊害がある。スマートフォンの占星術ソフトでは対応できないことが増えてきたのだ。そろそろ本腰を入れなければならない。これから過ごす時間の事を考えるとゾッとする。泣きそうになりながら初めてパソコンに電源を入れると、私は予想を裏切られた。

立ち上がった画面には、すでにアストロログもモリナスも並んでいたのだ。アプリを動かしてみるが問題なく使える。初期の設定こそ行われていないが、目の前で動くそれは紛れもなくホロスコープだった。

何者なのだろう、Mさん。ソフトのダウンロード元は全て英語表記なのに。あのどうしようもなく分かりにくいホームページから、どうやってピンポイントでアプリを手に入れたのだろう。当たり前のように開き、動かすことのできるモリナスを見つめながら思った。

その仕事の出来栄えに感動した私は、後日改めてМさんの勤める中古パソコン屋へ伺った。お礼を伝えるためである。対応したМさんは、私の顔を憶えてくれたが、彼が行った仕事の内容までは把握していなかった。ちょっと憶えていないのですが、お役に立てたのならばよかったですと言い、私の差し出すお礼のりんごを受け取り、戸惑った顔をして私を見送った。


そういえば、今年はМさんの言う三年目である。Мさんの予言?通り、今のパソコンのOSは十月にサポートを終了する。パソコンはまだまだ現役だが、そろそろ彼のところを尋ねる必要がありそうだ。

Мさんは自分の仕事で一人の哀れな占星術師を救った。それは紛れもない事実である。私のことはきっと記憶の彼方だろうが。彼はうだつの上がらない占星術師よりも予言者であることに違いない。そんなことをパソコンのデータに救出データとしてきれいに納められた、途中で半分聞き取れなくなった救出データであるクリスティーナ・アギレラの曲を聴きながら、ふと思ってみたりしている。

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星のまにまに きた @northpole-horary

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