第9話 渡せなかった手紙
いよいよ、キューブモールのロプトの入り口。
大きく深呼吸をした。
ここから広がる、好きなものに囲まれた時間。
ボールペン売り場には、いろんな種類のペンがほぼ全色、整然と立て並べられている。
「なんでこんなに色あるん?」
「うーん、昔は黒、青、赤くらいだったんだけど……ゲルインクのボールペンができてから、いろんな色が増えていって……色鉛筆の色っぽいのだけじゃなくて、蛍光とか、金銀、ミルキー色とか。それでここに並んでいるのはペントルベーシックのセカンドシリーズ、ロイヤルブルーが大ヒットしたの」
説明が長かったかな、とは思ったけど姫路君はうなづいて聞いてくれている。
「青でも今までただの青だけで、水色に近いやつとか、黒みがかった青とかがあって……このロイヤルブルーはとにかく鮮やか」
「ふーむ……でも、これとこれは同じじゃない?」
「ううん、それは、太さが違うの。ペンの横に、「.5」とか書いているでしょ? .7、.5、.38 と違ってて……そうそうこの『ロイヤルホワイト』、1.0っていう太いサイズがあって、これは修正液の代わりにもできるのよ」
「……なんかすごいな……夢、詳しいな」
「これは--ビビッドカラーズシリーズの、ブルーグリーン! わあ、実物をみたのは初めて!」
試し書きをしてみると、制服の色に似ていた。
「これ、買う」
棚のそばに小物用の買い物かごが積んであったので、私はもう決めることにした。
「--じゃあ俺も」
「姫路君も?」
「うん、ブレザーのポケットにさしといたらカッコいいかなって」
ということで、私は0.38mmを、姫路君は0.5mmの太さのそれらをカゴに入れた。
それから、ふつうのボールペンやシャープペン、3色や5色のペンなど、いろんなものを試し書きしたり、姫路君に説明したりして、本当に充実した時間を過ごせた。手帳やノートも、たくさんの種類があって、うっかりいろいろ買いこみそうになったけど、俺が持ってもいいけど重いぞ、と姫路君につっこまれて苦笑いした。
「ご自宅用ですか?」
久しぶりにレジで自分の財布からお金を払って、記念にロプトの紙袋も買ってそこにペンやノートを入れてもらった。
「帰りにブルーグリーン渡すね」
「ああ」
広いキューブモールのフロアのもう片側に、スポーツショップのザビーがある。こちらもまあまあ人がいて、このまま人込みを通り抜けていいかちょっと迷ったけど、
「夢、こっち」
姫路君がさりげなく手をとってくれて--(生駒さんもしっかり見守ってくれていて)無事に歩くことができた。
ザビーの入り口には、行列ができていた。
「やっぱり、みんなパスス狙いだな」
並んで待てば、パスス選手の等身大パネル(サイン入り)と写真が撮れるらしい。
「俺らも撮ろうぜ」
「えっ」
姫路君はすっと行列の後ろに向かう。迷わず進めるのはすごいなとあらためて思った。
「生駒、写真とって」
「あいよ」
順番がきて、姫路君は等身大パネルと同じ、パスス選手のフォームでピッチャーを待ち構えるかのように立った。私はふつうに笑顔で並んだのだが……
「生駒、もう一枚! 夢も! これ!」
「ええっ」
つられて私もパスス選手のまねをして、写真におさめられてしまう。
いろいろな店を見て回って、お茶を飲もうということになって、モジルシカフェに行った。ここにはロイヤルミルクティがある。
「おいしい!」
「空いててよかったな」
4人掛けの椅子に3人座って、残りの椅子にショッパーを置いた。ロプトと、ザビーと、いろんな色の紙袋が並んだ。
モジルシカフェはハルパスのデパートにもある。私はお年玉をチャージしていたモジルシカードでみんなの分のお茶やおやつをおごった。
***
「夢が、楽しそうでほんとよかった」
「坊っちゃんはもっと、いろんな人と交流して、お嬢をどうやればもっと喜ばせられるか勉強したほうがいいっすよ」
「な、何言うねん?!」
私ものどがつまりそうになった。
「いやあでもショッピングデート、初々しいですねぇ」
にやにやしてメガネごしに私たちを見て、生駒さんは笑う。
「だからデートちゃうって」
強く否定するけど、姫路君はそのとき私と目があって、照れくさそうに「……違う」とすごく弱く繰り返した。
「あー、今電車行ったとこかー」
「車呼びますか?」
「うーん、次待つわ、あんまかわらんやろ」
生駒さんがここにいてください、と指定した待合室で、私は、ブルーグリーンのペンと、忘れていたわけじゃない、けど--バッグからあの手紙を出した。
「あの、これ--」
「--?!」
姫路君は、自分のスマホを見ていて、ペンはそのまま受け取ったけど、封筒に気づくと、びっくりして椅子から弾かれるように立ち上がる。生駒さんが気にしてちらっと見る。
「え!!? 俺に!? 夢が??!!」
(あ……)
心の底が、ちくりとする。
だから先に謝った。
「ごめんなさい、これは--」
まっすぐに姫路君を見られない。さっきまでロプトやザビー、モジルシカフェで何度も自然に目があって、笑いあっていたのに。
「あの、クラス委員の、上狛さんが--」
「上狛--クラス委員の?」
ダンス三人組の、バズった動画の真似をする。いつもなら、おどけるけど、全く笑っていなかった。
「…………ダメだ」
小さな待合室の空気が張りつめる。
「受け取れないって、言っといて」
「あ……うん……」
路面電車が近づいて来た。あわてて手紙をしまう。まるで自分が手紙を書いてて、それを断られたみたいで、苦しい。姫路君も苦い顔でさっと待合室から出て行って--それからオーサカ駅でそれぞれの車に乗るまで、一言も話ができなかった。
***
月曜日。
少し早い電車で投稿して、教科書を見たりしていると、すごい勢いでダンス3人組が教室に飛び込んできた。
「--阿倍野橋さん、阿倍野橋さん?!」
教室に入るなり、私を呼ぶ上狛さんと、ついてくる山城さんと木津さん。ダッシュしてきたからか、前髪もぐちゃぐちゃになっている。
「おはようございます、上狛さん。あの、実は……」
手紙のことを話さないと、と言い終わらないうちに上狛さんがきつい声を出す。
「何しれっと挨拶するつもり? --姫路君とつきあってるんだったら、最初っから手紙なんて預からないで!」
私が丁寧に鞄から出した、上狛さんに預かった封筒は、ひったくられるように取られる。
机がずれる音が大きく響いて、教室にいた人たちがこちらを振り向く。
「夢さんはこれまだ見てない? 姫路君とキューブモールでデートしてたでしょ」
「--?!」
木津さんが見せてくれたスマホの画面には、SNSで誰かが流した写真。
”これってセントラルの姫路君?”とか、”ハルパスグループのお嬢様?”とか、そういったのが何枚かバズっていた。どれもブレてたり、金髪の人が映り込んだりしてたから(きっとこれは生駒さんが気づいて撮影者を注意したのだと思う)、誰かははっきりしなかったけど、知っている人が見たら私と姫路君だとすぐにわかった。
「いや、これは……ただ、二人で買い物に行っただけで……」
「それをデートって言うんじゃないかな~?」
山城さんがそう言う。すぐに言い返しにくかった。クラスの中が静まってしまう。
こういうとき、どうすればいいんだろう……
困っている私と、怒っている上狛さんの間に入ってきたのは……羽響野さんだった。「えっと……あ、これ、じゃまだね」 と、さっきまでプレイしていたゲーム機を脇の机に置いて。
「ええと、夢さんと姫路君は幼なじみだから、一緒に遊びに行ったりすることもあると思う。でも、それだけじゃ好感度ポイントが上がるわけじゃない」
「コーカン、ポイント?」
「翔さん、それもしかして……恋愛ゲームの話?」
「そう!」
これには全員がずっこける。
「えっとつまり、手紙のことなんだけど、……勇者が」
『はい?』
さらに羽響野さんは続ける。
「
さらに聞いている人たちが、私も上狛さんも含めて、目を点にする。
「つまり! 絶対に離れられない用事がないんなら、やっぱり預けないほうがよかったなって」
ドヤ顔で羽響野さんはキメるものの……みんなはあぜんとしていた。
「……意味わかんない……」
上狛さんは、木津さんと山城さんを連れて……教室から出てしまった。たぶん朝のホームルームまで帰ってこないだろう。だんだん、クラスメートもいつもの雑談をしはじめた。
「翔さん、--ありがとう」
「あ、夢さんは勇者じゃなくて聖女とか
「いやもうそのたとえはいいよ……でも、ありがとう」
「てへへ……あ、夢さん、そのブルーグリーンのペン、キューブモールのロプトで買ったの?」
***
それから、私と上狛さん(たち)は特に仲良しというのでもなければ、無視しあうこともなく、普通に会話をしていた。素直にバズった動画にいいねもしたり、体育のダンスの授業でコツを教えてもらったりもした。
(上狛さんがきちんと、姫路君に告白したのは、もう少しあとの話である。)
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